先日、母から誕生日のプレゼントにステキな絵本をもらいました。
『ミリーのすてきなぼうし』 きたむら さとし(BL出版)
想像力をはぐくむ!立春を過ぎましたが、雪も降って大変寒いですね。
昔の人々は気温が最も低くなる立春に近い新月の日を、
一年のスタートとしました。
春を迎え入れるために、新たな気持ちになるには身を
引き締めて進む必要があるからでしょうか。
ミリーが手に入れた
自分の想像しだいでどんな帽子にもなるステキな帽子。
人は誰でも自分だけの帽子をもっています。
似ているところがあっても、思うことや好きなものでやはり違う。
世界でひとつだけの私だけの帽子・・・。
大切にして生きていきたいですね。
想像することから、たくさんのステキなものが生まれてきました。
読んでみてはいかがでしょうか?
心があたたかくなれる絵本です!
ぜひ読んでみてくださいね!
自分で考えるということ! 母は子どもの頃に、私が落ち込んだりするたびに、
すっと私の前に本を差し出しました。
私の年齢やその時の心情にあった本を与えてくれました。
ただ一言だけ母は言いました。
「まずは、よんでみてね!」
周囲から見たら、私と母は風変わりな親子関係でした。
親だけど姉妹のようでもあり同志でもありました。
母は決して私に考えを押し付けることを一度もしなかった。
“自分の力で答えを見つけ出すこと”
その重要性をそっと教えてくれていたんだと思います。
母は教育に生涯を捧げ、障害を持つ子ども達、児童養護施設の 子ども達に愛を与え続け、一生懸命に子ども達と向き合っていました。
※昨年の私の一般質問の際は、母と一緒に子ども達の教育に取り
組んできた児童養護施設の園長先生も傍聴に来てくれました。
園長先生には私もご指導をいただき、大変お世話になっております。
私は児童虐待問題について、研究を続けてきました。
質問してきたことの詳細については、過去ブログをご覧ください。
↓
過去ブログ:書庫 児 童 虐 待
母は小学校で子ども達に勉強を教え、40歳過ぎてからチャレンジした
一輪車は特技ともなり、指導法も上手でした。
太陽が山に沈むまで、校庭で子ども達と一緒にやっていました。
また、母は想像力豊かな人でもありました。
きれいな色彩で絵を描き、折り紙をつくり、歌も上手でよく歌っていました。
本の読み聞かせや舞台に立つのも得意でした。
演技力もあったので、時にはミュージカルになっていました。
祖母は母のその姿を見て、大変喜んでいたことを思い出しました。
ちなみに、祖母はココアが大好きでした。
倒れる直前の夜も、母がいれたココアを飲んでいたそうです。
しばらく、私はココアが飲めなくなりました。
ココアを供養と思って、いま飲んでみました。
あたたかい湯気と共に祖母の顔がココアの中で笑っている気がします。
無為にして化す(老子の言葉)毎晩パソコンに向かっていると、ふいに脳裏に浮かんでくるもの。それは・・・・・、
ほのかな灯りのもとで、懸命に教材研究をしながら、
教育指導案を作成していた母の姿。
離婚してから母は懸命に私をひとりで育ててくれました。
母は仕事が忙しくて、私はあまりかまってもらった記憶はな
いのですが、日常の生活の中で、さりげないほど自然な形で、
私は母からステキなプレゼントをたくさんもらい続けてきたん
だと思います。
そのことに、大人になってから気づかされる瞬間、瞬間に、
心底有難さを実感します。
母の姿がまぶたに浮かぶたびに、私も弱音を吐かずに、
明日も頑張ろうと思うことができます。
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祖 先/家 族
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今、おばあちゃんとの思い出を歌った歌「トイレの神様(植村花菜)」が
ヒットしていますね。
今日ランチの際にたまたまテレビで流れていた「トイレの神様」。
私はギターを弾けないので、祖母に「ありがとうとごめんなさい」を伝えた
い思いで、今ブログを綴っています。
祖母が楽しみにしてくれていたのは、私の文章なので・・・。
いつでも私の一番の理解者であり、はじめての読者が祖母でした。
私は今も祖母と会話を続けているんだと思います。
祖母が自らの命を削って私を育ててくれたのに、ちっとも恩返しできない
まま祖母を見送り、早いもので2月3日で祖母の一周忌を迎えます。
祖母は私に、常日頃から社会貢献の重要性を、魔法の呪文のように唱
え続けていました。
祖母の遺志を継ぐ私の伯母の温子(祖母の長女で私の母の姉)に
よって、天賞文庫に書籍寄贈の記事(平成22年3月18日 朝日新聞)
が掲載されました。
県内最古の公立図書館 大多喜図書館 天賞文庫
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混迷の現代に問う 1月は私の誕生月でもあり、祖母の叔父にあたり、私の尊敬する
祖先である江澤譲爾先生の亡くなった月でもあります。江澤譲爾先生
の命日は昭和50年1月23日でした。
私はその2年後の昭和52年1月25日に誕生します。祖父母は私の誕生
を祝うと共に、譲爾先生を偲び、お墓に手を合わせて、私の健やかな
成長を祈ったそうです。
江澤 譲爾
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早咲きの梅を探しにいくことを「探 梅」といいますね。
本日墨田区内を自転車で走っていたら、
白 梅 が咲いているのを発見してうれしくなりました!
寒い日々が続いていますが、着実に春の足音を感じました。
皆様はお元気でお過ごしですか。
1月25日は私の誕生日でした。
私の誕生を祝って、祖母が庭に植えた 白 梅。
そろそろ咲き始める頃です。
私が小学生の頃に、祖母は「春告草の梅が咲き始めたよ」
といって喜びながら、「暗香浮動(あんこうふどう)」
という言葉を教えてくれました。
「暗香浮動」とは、暗闇の中でも梅の香りをつい探し求めてしまう
探梅の様をさす素敵な言葉です。
もうすぐ昨年亡くなった祖母の命日を迎えます。
2010年2月3日でした。
祖母は亡くなる前にこう私に言い残しました。
「梅の花は寒さの中で小さくても芳香を放ち、人々に冬の
厳しさの中に微かな喜びを与える存在であり、春の訪れを
最初に伝えてくれる貴重な存在でもあるんだよ。
暗香浮動して探し求めずにはいられない梅の花。
人として生を受けたからには絶えず襲いかかるであろう
絶望や戸惑いの瞬間があったとしても、凛として生き続け、
人々に幸せな香りを届けられる存在となってほしいと思い、
梅の花を植えたの。
毎年、梅の花が咲く頃にふと私を思い出してね。
私の肉体が滅びても、魂は永遠に生き続ける。
私はあきちゃんが生き続ける限り記憶の中に残り続ける。
いつでもあきちゃんの傍らにいることを忘れないでね。」
区内に咲き誇る白梅を見るたびに、つい物思いにふけり、
決意をかためる私です。
祖母が私に託してくれた思いを少しでも、社会還元していけるように
がんばっていきたいと思います。
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季節はあっという間に過ぎゆき、田植えの始まる時を迎えました。 イネ科植物の穂先の細い毛の部分を「芒(のぎ)」といいます。 この芒のある穀物を蒔く時期が「芒種(ぼうしゅ)」ですね。 青時雨のみずみずしさに初夏の訪れを感じます。 皆様はいかがお過ごしですか?
祖母は私が誕生した時に庭に白梅を植えました。 小学校、中学校、高校に入学した時には牡丹桜を植えました。 大学に入学した時にはオオデマリ(大手毬)を植えました。 私の区議当選記念樹としては、 バイカウツギ(梅花空木) を植えました。 バイカウツギは別名 「水晶花」とも呼ばれています。
祖母は私のことをよく真っ赤に生まれて、次第に色白の赤ちゃんに
変化していったことから、
「この花は水晶花とも呼ばれるから 晶子の“晶” と同じだね」
と生前に語っていました。
花言葉は 「気品、品格、思い出」。
バイカウツギは凛々しさと可憐さを感じさせてくれますね。 梅の花に似ている姿からその名がついたといわれていますが、 梅とはまた違う風情を 醸し出しています。
白い花が咲き誇る姿は本当に可憐です
甘いお菓子のような芳香の花です
庭にはバイカウツギをはじめとして、アヤメ、オオデマリなどが 咲き誇っています。 もうすぐユリも花開くことでしょう。
ちなみに、バイカウツギは向島百花園でも咲き誇っています。 向島百花園では、ユスラウメの実やニワフジ、ホタルブクロ、 コアジサイ、 シモツケ、スイレン、 テイカカズラ、 エゴノキ など 見ごろですね。 その他にもたくさん咲き誇っています。 祖母とは夢の中でしか会えませんが、元気な姿となり、 私に 色々と教えてくれます。
ちなみに母の夢にも登場しているそうです。 母がたくさん贈ってくれた写真と手紙を見ていたら、 いつの間にか夜が更けていました 。
追憶の彼方に香る卯の花に青時雨こぼれ未来を示す 晶子 あそう あきこ |

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