四月のことを卯月(うづき)というのは、
一般的に「卯の花が咲く季節」という説があります。
「卯の花」は別名で「空木(うつぎ)」です。
空木の花の写真は撮れませんでしたが、野に咲く「なずな」の写真を撮りました。
子どものころから身近にいた花です。
見るたびになつかしさを感じる花です。
なずなは、いつも野原で謙虚に咲いています。
私も気を引き締め「謙虚の心」を忘れずに頑張りたいと思います。
本日は 私が好きな絵本 菊田まりこ著『いつでも会える』
についてご紹介したいと思います。
簡単なあらすじを述べますが、もし未読でしたらぜひこの絵本を読んでもらいたいです。
シンプルなかわいらしい絵で、誰の身の上にも平等に訪れる 「死」の問題について
犬のシロの目を通して、ゆっくりと心の奥底に響いてまいります。
私は今も読んでいくうちに、涙が止まらなくなりました。
菊田まりこさんの素晴らしい感性で表現された一冊です。
今日一日の疲れを洗い流し、心が安らかになれました。
【あらすじ】
犬のシロはみきちゃんという女の子が大好きです。
でも突然の不幸がシロに襲ってきます。
大好きなみきちゃんが死んでしまったのです。
シロは寂しくて寂しくて、ずっとみきちゃんを探し続けます。
シロは夢でみきちゃんのなつかしい声を聞きます。
いつでも心の中で生きるみきちゃんに会えるのだということに気づき、
シロの悲しみは少しずつ癒されていきます。
★シロ:「ずっといっしょにいられると思った」
★シロ:「シロって呼んで。あたまをなでて」
★みきちゃん:
「シロシロ。もう、いっしょにあそべなくなったね。
いっしょにごはんもたべられなくなったし、あたまもなでてあげれない。
でもね、そばにいるよ。いつでも会える。
今もこれからもずっとかわらない」
★シロ:
「とおくてちかいところにいたんだね。
まぶたの裏でぼくらはかわらない。ぼくらは、あの時のまま」
生まれたからには死は避けてとおることができません。
一日一日、死に向かって歩み続けています。
愛する人たち、愛する動物たちと別れる苦しみは、
胸がつぶれるという表現がありますが、
本当に息ができないかと思うほど辛いです・・・・・・。
今こうやって息をしていられることは当たり前ではないんですよね。
とてもラッキーで不思議なことなんですね。
日々の暮らしに追われる中で、自分の存在について考えたり、
自らも死ぬ定めだということに気づくことはできません。
常に他者の死を通して、「死」の存在を感じますが、
自分も死ぬ定めだと自覚することはなかなかできません。
だからこそ、他者の死を通して、
私たちは自分の死への旅路までの
予行練習をしているのかもしれません。
シロがみきちゃんを探す姿は、
私が祖父を追い求めた姿と重なりました。
祖父は脳梗塞で倒れ、長い間の闘病生活の後に亡くなりました。
私が生まれた時から、ずっと一緒だった人でした。
初めての肉親の死でした。
祖父との思い出は、あとからあとから溢れ出てきます。
一緒に遊んだこと、海に連れて行ってくれたこと、
学校から帰ってくると笑顔で出迎えてくれたこと、
一緒に時代劇をみたこと・・・・・・。
祖父は右半身が不自由になりうまく話すこともできなくなりました。
でも、ただ傍にいてくれるだけでよかった。
祖父がお気に入りのソファーで座っていてくれるだけでよかった。
祖父がいなくなった後の部屋はポカンとした空洞ができました。
私の心にも冷たい風が吹き抜けている感じがずっとしていました。
私のことを大変かわいがってくれたすばらしい祖父でした。
祖父が教えてくれたことを、これからの私の人生において活かして
社会のために尽力していきたいと思います。
祖父とも、目をつぶればいつでも会えます。
祖父と出会えたかけがえのない縁。
現在の私があるのも、祖父のお陰と心から感謝しています。
☆高校時代に死別した長年の闘病生活を共にした祖父への鎮魂歌
出会いとは 別れのことの はじまりと 教えし祖父の 冷たき唇
☆様々な私の悲しみの遍歴より
紺碧(こんぺき)の 嘆きの中に 光さす 愛別離苦(あいべつりく)に 隠された幸(さち)
あそう あきこ
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