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先日、私は政務調査で写真を撮影していたら、
区民の方とそのお友達に声をかけられました。
「あそうさんですよね。
寒い中でご苦労様です。
ブログ拝見しています。
いつも見るたびに、勉強になります。
更新を楽しみにしています。
応援していますので、絶対にがんばってくださいね!」
声をかけていただき、本当に涙が出るほどうれしかったです。
寒さも吹っ飛んだ瞬間でした。
ありがたいことです。
その際に、
「和菓子をお土産に買って帰りたいのですが・・・!?」と
たずねられました。
墨田区には、たくさん、おススメのお菓子があります。
詳しくは墨田区観光協会の「墨田区の美味しいお店」の一覧をご覧ください。
↓
そこで、本日はご要望にありました「和菓子とその歴史」
について述べます。
「すみだの和菓子」 について和菓子は、江戸に文化の中心が移ると、京都から、いわゆる
高級品の“下り物”のひとつとして入ってきた。
社会が比較的安定した享保〜天命年間(1716〜1789)は、 庶民文化が花開き、和菓子も白砂糖の普及に伴って、茶道に
加え、様々な祭事、料亭などに広がり、製造技術が向上、食材
も多様化して品質は格段とよくなった。
文化・文政年間(1804〜1830)には、江戸独自のものが、
多種登場し、今日の製菓業の基礎が作られた。
特に江戸随一の繁華街の両国や寺社仏閣、料亭が多く桜の名所
でもある向島には名店が生まれた。
出典:一般社団法人 墨田区観光協会より http://visit-sumida.jp/
※過去ブログで「桜 餅」について書きました。
ご覧くださいね。
↓
根気強く、丁寧に・・・和菓子の材料はといえば、砂糖・豆・豆の粉・小麦粉が主ですね。
調味料(塩、白味噌、しょうゆ、海苔)、香料(ゴマ、ニッキ、柚子、抹茶など)、
また、寒天やきな粉、重曹、卵、栗やサツマイモなど、そのほかにも季節に
あわせたものがたくさんありますね。
また、色々な道具や多くの作業が必要ですね。
あんを煮る、材料を練る、生地をのす、だんごやもちをこねる、晒しあめを
のばす、羊羹や錦玉羹などを流して固める、どら焼きの皮を焼くETC.
繊細な心と創造力が大切ですね。
本当にすごいです!!
食べるのがもったいない芸術作品です。
墨田区には素晴らしい技術を持った方々がいらっしゃいます。
そして、お菓子の背景にはステキな物語が存在しています。
少しずつ、またご紹介していきたいと思います。
お菓子をつくるところを見ていると、自分でもつくりたくなりますよね!
高校時代は料理クラブだったので私も色々と挑戦しました。
当然ですが、職人の皆さんの技や味には到底及ばない・・・。
下手の横好きでしたが、みんなで作った楽しい記憶は残っています。
特に私はオリジナルレシピ集を作るのが好きでした。
家庭科の授業のレシピは家庭科の先生が、
「とてもきれいに出来ているので、後々の見本にしたい」
と言われたので差し上げました。
コメント書いたり絵を描くのは楽しかったな!
時間的余裕がないので、なかなか描けなくて残念・・・。
今も暇を見つけると、色鉛筆で絵を描き、エッセイを書いて
楽しんでいます。
墨田区のお土産にぜひ和菓子をどうぞ〜!!
美味しいお菓子とお茶でひとやすみもgoodですし、
まちを散策しながら気軽に食べられるお菓子も必要ですね。
色々と夢はふくらんでいきます。
楽しくなってきました。
参考文献 ・『和菓子の絵本』平野恵理子(著)あすなろ書房
・『和菓子のものがたり』中山圭子(著) 新人物往来社会
・『別冊太陽 和菓子風土記』平凡社 ・『縁起菓子祝い菓子』亀井千歩子(著)淡交社
・『日本のお菓子』入江織美・亀井千歩子・ひらのりょうこ(著)山と渓谷社
・『祝いの食文化』松下幸子(著)東京美術選書
・『全国和菓子風土記』中尾隆之(著)昭文社
・『和菓子の世界』中山圭子(著)岩波書店
・『人と土地と歴史をたずねる和菓子』中島久枝(著)柴田書店
・『和菓子 技とこつ』堀 正幸(著)柴田書店
・『プロのためのわかりやすい和菓子』仲貢(著)柴田書店
・『和菓子風土記』楠本憲吉(著)レモン選書
・『伝統の銘菓句集』中村汀女 (著)女子栄養大学
・『日本の菓子』(著)藤本如泉(著)河原書店
・『ふるさとの菓子』中村汀女 (著)アドスリー
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墨田の歴史と文化/戦争と平和
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もう少し先になりますが、墨田区の香取神社「香梅園」で、 |

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10月2日(土)・3日(日)にかけて錦糸公園で「すみだまつり こどもまつり」が開催されました。 |
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啓蟄を過ぎ、寒い日が続いています。 皆様はお元気ですか? 雨から雪に変わり、寒さにふるえています。 春の訪れを体感するのはもう少し先ですね。 墨田区議会では予算特別委員会が開催されています。 本日は総括質疑でした。 私の質問等につきましては、後日ブログにて連載させていただきます。 墨田区では、平成元年に「平和福祉都市づくり宣言」を行ないました。 毎年3月には平和祈念行事「平和への祈りをこめた24万人の平和メッセージ」が 開催されています。 区役所一階アトリウムには、折り鶴で作成した「平和のオブジェ」も飾られます。 一羽一羽に込められた思いと共に、毎年圧倒されるほどの素晴らしいできばえに 感動をおぼえます。 戦後65年が経ち、3月10日は皆様もご存知の通り、東京大空襲によって 多くの尊い命が失われました。 時が流れ、墨田区が東京大空襲で焼け野原になった事に、思いを馳せる人々が、 だんだんと鬼籍にはいられています。 私の祖母もそのひとりです。 祖母は関東大震災の時に赤ちゃんでした。 「関東大震災の時は、自分の命をかえりみずに、ばあやが自分を抱いて 車で避難してくれた。いまの自分が生きていられるのは全てばあやのおかげだ。 いつも心から感謝している」と申しておりました。 祖母はいつも女学校時代の思い出を楽しく語ってくれました。 女学校卒業後は暗黒ともいうべき戦争時代だったからかもしれません。 東京大空襲を命からがら生き延びた祖母は、戦争のことを思い出すと具合が悪くなるので、 テレビで流れる画像を凝視できないと申しておりました。 しかしながら、 「私が語らなければ真実は闇の中に消えてしまう。 それは死んでいった家族や友人たちに対して申し訳ないことになる。 自分が戦争について若い世代に語り継ぐことこそ、過酷な状況を生き延び、 たくさんのものたちに生かされてきた意味なのではないだろうか」 祖母はそのような思いから、私に戦争話を語ってくれました。 実際に戦争を体験していない私でも、当時の過酷な日本の状況を想像する ことができました。 祖母と孫というご縁をいただき、出会うことができたことの喜びをかみしめ、 いま私が祖母のふるさとの東京で暮らしていることに不思議さを感じます。 いまから65年前、多くの尊い命が失われた事実を刻み付けることにより、 自分がこの時代に生まれることのできたことの意味を考えさせられます。 改めて認識することによって、自分の役割を明確にして生きていくことにも つながっていくのではないでしょうか。 明日は春季慰霊大法要が東京都慰霊堂にて行なわれます。私も参列する予定です。 凍てつく雪のような日々が少しずつ終わりを告げ、あたたかな春風が心を吹き抜けて いくことを静かに感じています。 過去ブログもご参照ください。 あそう あきこ
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