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◎ 写真俳句の画像はブラジル世界遺産フォスドイグアスの絶景と轟音と世界中から集まる観光客と滝飛沫です。ブラジルは広大で国立公園フォスドイグアスーのあるパラナ州までの交通網が飛行機とバスに頼ってます。因みに日本全土がパラナ州にスッポリと入るようです。
この滝は三国に跨っていますので、外国人客は隣国パラグアイ、アルゼンチン観光も合わせてする事ができます。ブラジルとパラグアイの国境を流れるパラナ河には両国を繋ぐ友好の橋が架かっています。買い物客で橋は人で溢れています。
ここ一ヶ月集中的に雨が続いたので滝の水量が増し見事な滝でしょう。
写真提供は 愚息Josue Akimura です。
◎ 写真俳句。
☆ すれ違う一期一会の瀧見人
◎ 日替わりJoseのブラジルの春の五句です。
>南半球では俳句の上では春入りをしました。当然北半球では秋入りしたことでしょう。
☆ 何一つ変わらぬ生活(たつき)老の春
☆ 鉄柵を抜け出て躑躅みごと咲く
>春と言えばつつじがビッシリと鉄柵の隙間からはみ出し咲いています。
☆ すいすいと日本車走り風光る
>日本、欧米の新車が風を切って走る、贔屓目に見てやはり日本車が格好が良い。
☆ 是非もなく兎も角老にも春が来し
☆ 木々の葉に風が囁く如き春
◎ 巷で聞いた面白小咄です。
「凶が転じて吉となるとは」
交通事故で入院した夫の事で主治医がマリーナに話しています。
「医師」ご主人は少々頭を打って軽い脳震盪を起こしただけですからご心配なく、後一週間も安静にしておれば、それからは仕事ができるようになります。
「マリナ」まあっ先生!本当ですか奇跡だわ。その脳震盪とかいうもので主人が仕事ができるようになるなんて。
「医師」まあ、奇跡と言うほど大げさではないですがね。
「マリナ」だってコンピューター技師の主人は一人息子で資産家で大金持ちの父親の脛を齧って結婚後ぶらぶら遊んでいるばかりで一度も仕事をした事がないんですもの。私がこのままでは将来が思いやられると、煩く注意してたんですけど、でもその彼が交通事故のお陰で仕事をするようになるなんて、正に凶が転じて吉だわ。
「俳句に詠む吾が満州引揚記」
(Soichiro Akimuraの満州引き揚げ記です)
難民の俳句という句集を読んで、満州引揚者が悲惨且つ残酷な目にあいながら、祖国へ帰還した様子は、同じ引き上げ者である者には、心を打たれずにはいられないのである。
我々農事開拓員は避難命令に従い、いち早く大陸を南下して治安の良い町へ避難したので、「難民俳句」にあるほどに、家族が悲惨且つ残酷な目にあうこともなく祖国へ帰還できたことは、不幸中の幸いであった。
当時五歳の私に鮮明な記憶があるはずはないのであるが、亡父から幾度も、幾度も当時の、悲惨な様子を聞いていたので、恰も私が全て体験したように蘇ってくるのである。私の我流の作句力では、当時の悲惨な様子を詠むのは難しいのであるが、拙い俳句を作りながら、当時を回想してみた。
○ 逃避行急かせる如く雷一つ
独ソ戦で勝利を得たソ連軍は、その鉾先を北満に向けてきた。歴戦の精鋭な陸空軍に対応する力もなく、日本軍は壊滅した。ソ連軍は牙をむく獣の如く占拠した。一刻も早く避難しないと、ソ連軍が銃撃するのである。
○ 財整理したき一家に稲光
天は、早くせよと暗示を与える。財産の売却処分に手間取り、一日遅れて発った一家は、ソ連軍と遭遇、銃撃にあい一家全滅したのである。
○ 秋雨を末期の水に背の子逝き
馬車で発ち、乗り捨て徒歩、そして無蓋車に乗って雨の中を南下した。ある婦人は病む子を背中に避行した。気がついて見ると、背の子は自ら降る雨を末期の水に飲んで死んでいた。
○ 枯野宿産声聞いて励みあい
病むものは次々死んで行く、野宿、そんな時生れてくる子もあり、そんな産声は避難民の励みとなったのである。
○ うそ寒き最終列車は命綱
布や手を振って合図した。最終列車は野中で止ってくれたが、それは実に生と死の境であった。
○ 満人に拾われ孤児行く秋の風
両親を失った子、皆それぞれ自分の子供で手いっぱいで、どうすることも出来ない。孤児は心ある優しい中国人に拾われていった。寂しい秋風が吹きぬける。
○ 捕虜となり北上する兵風は秋
安全地帯へと南下する我々とは反対に、北へと連行される日本兵と出会った。悲痛の面持ちの兵に「ご無事で」と言って兵の行き先を案じるのであった。
○ 頬被り肥替えするは同胞か
通化という町にたどり着いた。方々から日本人が集まってきた。治安は乱れていたが、八路軍(共産軍)が町に駐留して治安は快復し始めた。生きていくために日本人はどんな仕事でもした。
○ 冬支度破れた軍靴拾ひ来る
小康な平和が数日続いたが、もう間もなく零下二十度の厳寒の満州の冬がやってくる。何でも集めて冬支度をしなければならない。
○ 銃冷き歯茎が合わぬほどふるえ
日本人が暴動を起こし、つかの間の平和は終わった。手榴弾の炸裂する音と共に、家は蜂の巣のようになった。日本人の十五歳以上は、八路軍に銃を突きつけられて連行された。その日は零下二十度、有名な通化事件である。
○物言えば冷たく棒を振りかざす
「お前らは飯がすんだら殺されるんだ」と言い、何か言えば棒を振り上げた。
○冤罪を称えて三日凍てる夜も
元々開拓農民には罪は無かったが、それでも三日三晩拷問を受けたのである。
○ 逝きつつもなほ吾子見つめあたたかく
十五歳のわが子の前で惨殺された人、わずか十五歳の子が不憫で、苦しい息の下からも暖かく見つめていたその人。
○ 同胞の屍積んで橇は行く
何十という日本人の死体が運ばれていった。服は剥ぎ取られ真っ裸であった。
○ 寒卵抱き寝る抱卵の鶏のごと
平和が戻ってきた。小さな私はある日、アヒルの卵を拾った。持ち帰って茹でてもらい翌日に食べることにして大事に抱いて寝た。飽食の現在では想像もできない喜びであった。
○ 帰国令秋天に昇る気持なる
昭和二十一年九月七日、通化発、避難民にとって最大の喜びであった。
○ タラップを渡れば母なる国は秋
○ 秋桜母に抱かれるごと帰国
十月五日、コロ島より乗船、十月七日博多港へ上陸、敗戦の祖国の廃墟にコスモスが静かに揺れていた。
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☆ すれ違う一期一会の瀧見人
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余談ですが、旅という言葉は一期一会を連想させます。旅行、特に団体旅行(ツアー)には希薄ですが(^^)
☆ 何一つ変わらぬ生活(たつき)老の春
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人生も後半に入ると変わらないことが幸せかもしれません(^^)
もう、立春(今年の立秋は8月8日だそうです)なんですね。お盆が過ぎるころ(高校野球選抜が終わるころ)秋の訪れを感じます。
☆ 鉄柵を抜け出て躑躅みごと咲く
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ツツジは選定にも強く、形よく多くの花を咲かせます(^^)
☆ すいすいと日本車走り風光る
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日本での人気はドイツ製だと思います。外国製の車は割高なので、優越感がもてるのでしょう(^^)
☆ 是非もなく兎も角老にも春が来し
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カラオケ大会に参加されている先輩方は若々しいでしょう(^^)
☆ 木々の葉に風が囁く如き春
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常緑樹も春は嬉しいと思います。桜は寒風が嫌いで咲くのも慎重です(^^)。
2015/8/2(日) 午後 3:03 [ 56rinyahoo ]
こんにちは。今は検査入院中です。
> 枯野宿産声聞いて励みあい
苦しい日々の中での光明がどのようなものであるかが窺えます。
私も検査入院の中で療養しながら元気に頑張ります。
ナイスぽちです。
2015/8/2(日) 午後 4:35
> 56rinyahooさん
お忙しいところを色々と素晴らしい句評を頂き有難うございます。
日本で戦中戦後を生きてきてその後アマゾンの大密林の開墾と文字通り波乱万丈の一生を過ごしてきた亡父が、いつも言っていました。「この人生何も面白いことはなかった」と。その亡父の年齢に近付くにつれて私も自らの人生を振り返ってみて、似たり寄ったりだったと思うようになりました。14歳で右も左も言葉も分からない異国で生活の基盤を築き、5人の子供を育て上げるために、農業、商業と営みその波乱万丈の人生は、人生が楽しいと思うには程遠い現実でした。
私の願いは子供たちでけは楽しい人生だと思えるようになって欲しいことです。そのためには老人が若いものには一切口出しをしないこと、それと金銭面でも負担は一切かけ無い事を心がけています。
カラオケは毎週日曜日は楽しみに通っていますが、遠距離の旅行は不眠で疲れるので控えています。
2015/8/3(月) 午前 4:45 [ クリチバのjose ]
> 佐村 昌哉(筆名: 白川 玄齋)さん
拙い満州時代の追想句を選んでくださり、ありがたい句評並びにナイスポチを頂き有難うございます。この記事は20年前当地発行の俳句雑誌「蜂鳥」に投稿、掲載されたものです。
2015/8/3(月) 午前 5:09 [ クリチバのjose ]