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*本文の核心にせまるとこもあるので、読んでない方、こちらから、 (30分ぐらいで)
あきらかに、自分の文体とは違うなって思います。
私は快楽主義者で、
なるべく同じようなことは書かないで、最短距離で、
エンディングを目指してしまうタイプなので、
見習いたいと思います。
高校2年の時の現国に載っていたものですが、
授業が終わっても続きが気になって、
休み時間を割いて最後まで読破しました。
その頃、本を読むという習慣が全くなかった、人間を突き動かす、
力がこの物語にはありました。
読み終わったあと、しばらく放心状態になったことを覚えています。
そして、現国の先生に
「この話、面白かったです」
と耳打ちするように言ったのも鮮明です。
「羅生門」 「こころ」 「山月記」 「走れメロス」
教科書に刻まれた作品の中で、
一番、私の心を掴んでいます。
今年に入って、物置の掃除をしたさい、
教科書を発見したので、
ブログで紹介する次第となりました。
まず、20ページだということ、(一日1ページ読んでもらった計算です)
それは、登場人物の少なさ、宣子、母、父、姉陽子、そして川野さん、によるものかと思います。
ゆえに宣子の心情が丁寧に、描かれ、
父に、母に対する想いが伝わってきます。
笑顔ってタイトルも絶妙で、
何より、最後まで読むことによって、
何かが形をなして降ってくる、
それが小説が持つ魅力じゃないかと思います。
自分の作品もそうありたいっていつも思っています。
宣子がコーヒーを飲むシーン、
「2つの罪」 主人公が独白する前に淹れてました。
川野さんが電話してなかなか、宣子がでなかったシーン、
「弟の嫁」のお兄ちゃんが電話しても弟が出なかった。
もしかしたら、影響を受けていたのかもしれません。
ミステリーではないのに、
なぜ姉の陽子が亡くなってしまったのか、
それを考察することができるのが、この作品の余韻として良いとこだと思います。
父が病弱だったことから、姉陽子は病気で死んでしまった。
父が目を離した隙に、陽子が事故で亡くなってしまった。
父が「母さんにあまりさからうなよ」と言ったシーンがありました
なんにしろ、陽子の死が父がらみであれば、母の冷たい態度にも納得がいくような気がします、
川野さんが、陽子の成長した姿のように思えて可愛がっていたのかもとか色々、考えがめぐります。
なぜ母は姉しか愛せなかったのか、
あらかじめ娘と距離を置くことで、もし、次の子供が仮に死んでしまっても、
愛情をそそがなければ、悲しまずにすむとの考えが母にあったのかもしれません。
作品が教科書に載るってすごいですよね、
今、有名な作家さんとかは、テストの問題とかになったりするのでしょうか?
最後に作者、増田みず子さんの紹介を、
現代における”孤”としての人間のありようを、感傷性を排した新しい感覚の文体によって描きだしている
最後の単行本は2001年。
「シングル・セル」という作品だけ読みました。
時間があれば他の作品も読んでみたいです。
大先輩に敬意を払い、結びとします、ありがとうございました。
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笑顔 (増田 みず子さん作)
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
こちらの作品は増田さんの「児童館」という短編集に収録されていますが、
教科書に掲載されていたので、読んだことあったわ、って方もいたのでは?
課題がありますので授業に参加している感じでどうぞ。
・次の5つの点から、母がどのような思いを抱いていたと考えられるか、話し合ってみよう。
1.天袋の中の雛人形と手紙。 2.アルバムの写真 3.父親や宣子に対する態度。 4.川野さんの話す内容。 5.母自身の病気への対処のしかた。 ・桜や雪景色について描かれている部分と宣子の心情とのかかわりについて、考えてみよう。
・笑顔という題名が表しているものについて考えてみよう。
・最後の一文からうかがわれる宣子の心情について、800字程度にまとめてみよう。
・次の描写の優れている点について、考えてみよう。
① 目を閉じるとふいに、闇が母の体の重みをはらんで、体の上にのしかかてくる気がした ② しゃべれば、しゃべるだけ人に嫌われる。しかし口を閉ざすと、
またそれが理由になって、人はやはり離れていった
③ 感情は、どんな形になっていいのかわからずに、途方に暮れ、萎縮してしまっている ④ 母や父の笑顔を見ていると、体中に温かい血がどくどくと流れこんでくるような心地よさを感じた ⑤ 母の笑顔を宣子は懸命に思い出そうとした 16話目 なんとなく不満であった、宣子の心情は? 17話目 さざ波のようないらだちを感じたのはなぜか?
18話目 胸を高鳴らせた、時の宣子の思いはどのようなモノか?
20話目 全身が氷ついたようなうそ寒さを覚えたのはなぜか? 明日、この物語について自分なりの考えを書いてラストとなります
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これは、Tのルーツとなる小説
20
翌日、宣子はもう一つの箱を、母の寝室の天袋には、
その、何重にも油紙でくるまれた箱だけがあって、あとはカラだった。
ほこり一つついていなかった。 よほど大事にして、こまめに手入れしていたに違いなかった。
木箱が出てきた。
その中に一組の内裏雛(だいりびな)が納められていた。 宣子の見覚えのないものである。
端正な顔だちに、上品なうっすらとした微笑をたたえている。 宣子は一目で気に入り、これだけは母の形見としてとっておこうと決めた。
しかし人形と詰め物を取り出した木箱の底に、母の手紙が入っていた。 思いがけない内容だった。 もうとうに忘れてしまって思いだすこともなかった名前が書かれていた。
古いアルバムにさえ、写真がなかったのだ。
その雛人形は、 宣子が生まれる前に三歳足らずで死んだ姉の陽子の初節句に買ったものであり、
女雛の顔が陽子に生き写しだと、母は書いていた。
それはほとんど陽子あてといってもいい手紙だった。
宣子のことは一字も書かれていなかった。
宣子は全身が凍りついたようなうそ寒さを覚えた。
もしかすると、母は、幼くして死んだ陽子だけを愛し、 宣子のことなど、眼に入っていなかったのではないか。
姉がいたなどという実感は宣子にはない。
母は生前陽子の名を口にしたことなど一度もなかった。 写真は一枚も残っていないのである。 母はしかし陽子以外愛さないと手紙の中で誓っていた。 母の笑顔を懸命に思いだそうとした。 写真の中で母は微笑している。
だがそれは宣子を素通りして、宣子の知らない陽子に向けられている。
母は宣子に雛人形を買ってくれたことがなかった。
宣子は一人だった。
母を好きになりたかった。 本心から母を好きになりたいと思ったのはそれが初めてだった。
終
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これは、Tのルーツとなる小説
19
パラパラとアルバムをめくってみた。 黄ばんだ写真の中に、若いころの父と母の笑顔がふんだんに混じっていた。
赤ん坊の宣子をいとしそうに抱いている母の写真もあった。 母は、たいてい笑顔で写っていた。
小さな宣子をまとわりつかせ、信じられないほど穏やかな表情を浮かべていた。
その母の前には、カメラを構えた父がいたはずである。 母は父と宣子に向かってほほえんでいるのだった。 宣子は箱の前に座りこんだ。 母や父の笑顔を見ていると、 体中に温かい血がどくどくと流れこんでくるような心地よさを感じた。
あたりまえだった。
昔、両親はどんな形にしろ、好き合って結婚し、 二十年近くも一緒に住んでいたのだった。
父の死後も、母はそうラクではない家計をやりくりして、
宣子を大学まで出してくれた。
なんだかんだ言っても、
母は宣子を心の底ではかわいいと思っていたに違いないのである。
勝手放題のことを言っていたのは、宣子が娘だからで、 他人には、例えば川野さんのように、
適当に愛想よく振る舞って、好かれる努力をしていた、ということなのだろう。
忘れていた母の笑顔が少しずつよみがえってくる。 子供のころは人並みに母とじゃれ合ったこともあるのだ。 高校、大学の入試に合格した時も、宣子一人が喜んだわけではなかった。 毎日の暮らしの中にも、ちらりちらりと母は笑みを見せていた。 宣子が見過ごして気に止めなかっただけだった。
宣子の気持ちはようやく和み、 母の霊前に素直な気持ちで座ることができるようになった。
死んでからまで反目することはないのである。 もう少し頻繁に会っていたら、母の体の変調に気づくこともでき、 逝く時はそばにいて、優しい言葉の一つもかけてやれたろう。
死の間際なら和解できたのではないだろうか。
「私も許すから、母さんも許してよね。」 声に出して言うと照れて眼を伏せた。 自分の声が空久しく響くのは、母と仲良くするのに慣れてないからだった。 |
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これは、Tのルーツとなる小説
18
処分の見通しがつくまで、泊りこむことにした。 しなければならないことがたくさんあった。
その後川野さんは姿を見せず、手伝ってくれる人もなかった。 宣子もなぜか川野さんにのぞかれるのがイヤで、カーテンをを閉めきり、
夜も昼間も明かりをつけて動き回った。
夜、一回だけ、申し訳に線香をたいて、短く手を合わせた。
急に親孝行の、まねなどしたら、母も照れて顔をそむけるか、 鼻先で笑うのが関の山だろう。
宣子も恥ずかしかった。 手を合わせると手のひらがむずがゆく、 くすぐったさが全身に広がっていく感じがして、慌てて手を離してしまったのだ。
淡々と遺品の整理を進めていた。 母は案外こぎれいに住んでいた。
どこもきちんと片付けられて、ガラクタ類はほとんど見当たらなかった。 母の使ったものなど、一切合財捨ててしまうつもりで宣子は、 次第にためらいを感じるようになっていった。
とりあえず母のタンスから着替えになるものを捜し、引っ張り出して着ていたが、
ねまきでもブラウスでも、布地がよくこなれていて、ひどく着心地がよいのだった。
捨てられて何も残っていない、と宣子が思いこんでいた父の遺品と、 宣子自身の古いガラクタの入った段ボール箱が、
押し入れの奥から二箱ずつ出てきた。
写真類、宣子の成績表や小学校のころの図工の作品もそこに入っていた。
長い間取り出してみたこともないようで、
父のものはとくに衣類など、褐色のシミが浮き出たり、
虫に食われたりして、見るからに使いものにならなかった。
それでも宣子は、
母親のひっそりした思いに突きあたった気がして、胸を高鳴らせた。
母はやはり父を嫌い抜いていたわけではないのだ。
父の遺品を宣子にも見せずにこっそり隠していたのは、 多少なりとも大事にしておきたい思いが母の胸にあったからなのだろう。
そう思いたかった。 |








