浅草電気舘 1903年、日本初の映画封切館として誕生。のち、松竹の経営となり戦前は新興キネマ、戦後は大映の封切館となった。大映倒産後は名画座となるが、1976年閉鎖。跡地は「蚤の市」として長らく更地となっていたが、現在は飲食・住宅の複合施設の電気館ビル。 凌雲閣1890年(治23) 英国人バルトンの設計による高さ約60メートルの12階だての高塔で、「十二階」の名で親しまれた。10階までは、八角形の総煉瓦造りで、その上の11・12階は木造となり、望遠鏡を備えた展望所となっていた 1階には演芸場があり、その他の各階には、諸国の物産を売る店や世界各国の風景画を集めた美術陳列場などがあり、多くの人で賑わいた。日本ではじめてエレベーターが設置された建物としても知られている 1923年(大正12)の関東大震災で倒壊するまで、盛り場浅草のシンボルであり、明治東京を代表する名所の一つであった 今では懐かしいちゃぶ台の食卓。カマドで米を炊いて、かめには何が入っていたのかな。漬物?調味料? 蛇口はないので きっと井戸水を利用していたのであろう・・いろいろ想像すると楽しい♪ 防空頭巾にヘルメット。ガラスが割れないように補強している。 昭和の家・・今でも普通にありそうだけど ここにあるとなぜか新鮮。 蛇口とコンロのあるキッチン。反対側には冷蔵庫(といっても 電気ではなくて氷で冷やすタイプ) いよいよ家電製品の登場。シンプルでモダンである。 |
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