セブ島最南端 大自然のまっただなかのホテル ダイビングパラダイス

ルビリゾートリゾートはフィリピンセブ島の最南端にあります。バリカサグ島にもアポ島にもいけますよ。

ルビリゾート建設計画

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6か月

 結局土地の用途変更の許可が下りたのは年もおしつまった、2004年の12月はじめだった。
 正面からの交渉を続けたので6ヶ月かかったことになる。
 最終的に、サンタンダーの経済の発展のためということで、議会もこの案件に賛成してくれた。

 その報告を聞いた時、僕らは一様に寡黙だった、今までのことが頭を駆け巡っていたのだ、そしてじわじわと嬉しさがこみ上げてきた。
 フィリピンでは自動車の免許の交付を受けるのも正規のルートで申請すると6ヶ月以上かかる。
 早く欲しい場合は少しお金を払うか、そのセクションに知り合いでも居れば食事にでも行き順番を早くしてもらう。

 日本でもつい十数年前までは、建築確認などの際にこうした手法が使われていた。区役所の中にも、ある日突然姿を消した職員もいた。
 今でも談合や、天下りの役人が企業とのパイプを作る体質がある日本人としては、なんともいえない。

 間違いなく言えることはもし日本でこんなことが起きたら、用途変更はできなかっただろう。

 この6ヶ月のロスは、僕達の資金計画を直撃した。
 土地の売買の際に際しては、セブシティのブローカーが入ったためにかなり高い額を払わざるを得なかった。
 更に、中国の建設ラッシュはここに来て、北京オリンピックともあいまって、加速がついて、鉄材、セメントなどの値段は週がわりで上昇していた。
 その上に、イラクへのアメリカへの侵攻によって石油の値段がうなぎのぼりに上がっていく。僕がセブに着た2003年5月にはディーゼル1リットル18ペソであったものが、2004年12月には実に倍に値上がりしていた。
 悪いことには、弱含みで動いていたペソが少しずつ値を上げ始めていた。
 2004年で最もペソが高かった時期は、1ペソ0.54円であった。
しかし円はその後じりじりと値を下げて、年末には1ペソ0.50円に近づいていた。

 毎年ペソは12月・1月には値を上げる。クリスマス、ニューイヤーの休暇を利用して海外に出稼ぎに行った人たちが帰ってくる。彼らはたくさんの外貨を持って帰ってくるのだ。
 帰って来られない人たちも、家族に送金をする、一時的にフィリピンに外貨が増えペソが上がるしくみだ。

 数々の問題点を抱えながらも、2004年12月20日着工した。

 セブ市内めぐりはそれからも続いた。

 今までは建物をそれほど意識的に見ることはなかった。
 意識的に街を眺めるようになってさまざまな事に気が付くようになった。

 リゾートにとって建物を塗るのにどんな色を使うかは大きな要素だ。
 前から僕は漠然とそんな事を考えていた。
 日本にいるときにカラーコーディネーターの本を買って眺めた事もある。

 建物の内外をどんな色で塗るかによって、同じ建物でもかなり違う印象になる。
 また、その建物の周りの環境によって、その色から受ける印象は変わってくる、そういった意味で色は生き物だ。

 僕はサプライアーまわりの途中にセブ市内のさまざまな建築物をつぶさに見て回った。
 時には、セブ市内を離れ遠くアレグレの近くや、ボホール、ドゥマゲッティにまで足を伸ばした。
 リゾート、個人住宅、別荘、コンプレックスなどなどだ。
 印象に残った建築物はデジカメに収めてファイルした。

 セブの建物の色使いは日本とはかなり違う。
 赤、青、黄色の3原色に紫、オレンジ、茶、黄緑などを加えていく。

 スペイン的というのか、アメリカ的というのか、僕自身その二つの国には行った事が無いので、画像などでしか窺い知る事は出来ないが。 

 セブの人たちの色使いについて建築家のT氏は「日本には無い色使いだけど、これはこれでなかなか面白いよね。」と語り、後日メールで彼が撮った僕のアパートの画像を送ってくれた。

 また、知り合いのデザイナーのF氏は、SMやアヤラの食料品売り場をくまなく歩き、気に入った物を次々とデジカメに収めていった。
 F市は原色ぎらぎらのスナック菓子の陳列台を前に、「このポップな感じがいいのよね。」と僕に語りかけた。
 
 セブのマーケットは売り場が広い、しかし品数はけして多いとはいえない、勢い隙間が出来ないように、同じ物を所狭と並べる。
 僕にとっては眩暈のしてきそうな陳列台もある。

 人は普段見かけないものを“新しい”と感じる。
 ではこのセブ的な色使いをこのリゾートのコンセプトにしてはどうか。
 確かに日本人から見て“斬新”な色使いにはなるだろう。

 何日も、何週間も、何ヶ月も僕は見る人になった。

 文字どおり ホモ ボアールだ。
ただ、ひたすらに見続ける、そして、見た物になるべく価値観を加えたり、判断しないようにした。

 こうして見続けているうちにきっと何かが見えてくると感じたからだ。

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暗礁に乗る その3

 土地の申請の動きはぴたりと止まってしまった。
 それだけではなくハウスリーフに桟橋を作る話も全く反応がなくなってしまった。
 あるのは、ただ僕たちを振り回す噂ばかりだ。
 
 僕は、申請が認可された際、直ちに建設を開始できるように、建築資材、建築備品、家具などの選定の為にサプライアー回りを始めた。
 というよりは何かをしていないと不安に押しつぶされそうな気がした。
 「ひょっとしたら、これでだめになるかもしれない」という思いはたびたび僕の眠りを妨げた。
 仕事を辞めセブに移り住んで、何も形にならないうちに旗を巻いて日本に帰る、僕にとっては悪夢でしかない。
 
 土地を再び探し、購入し、同時に現在の土地を売却する、それにはいったいどれだけの時間がかかるだろう。
 といって、現在の土地の売却を後回しにして、新しい土地を買い、建設工事を始める資金力は僕たちにはない。

 そんな重い心を引き摺りながらジュルズと相談して建築資材および設備備品のサプライアーを絞り込んだ、ジュルズは今回も丁寧に僕に付き合ってくれた。
 
 高級な資材や備品を扱っているサプライアーは、購入先からははずしたが、ショールームでそれらのレイアウトや色の調和の具合を実際に見る為に見学先には残した。

 僕は運転手のミミとセブ市内やその郊外を回り始めた。毎日のように回った。
 
 サプライアーの担当者は僕たちがリゾートを作るというので、最初は強い興味を示し、訪問するたびに何人ものスタッフが寄って来た。
 特にミミは彼らの貴重な情報源だ、どこへ行っても何人かのスタッフのインタビュー受ける羽目になった。

 僕があまりたびたび訪れるので、彼らは次第に関心を失っていった、熱しやすく冷めやすいのもセブ人の特徴だと思っている。
 その中には最後まで、粘り強く何回行ってもにこやかに応対してくれるスタッフもいた。
 いざ購入という時になれば、優秀なスタッフがいる所が頼りになる。

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暗礁に乗る その2

後日、建設会社との打ち合わせが持たれた。
 その席上でジュルズからまた違った情報がもたらされた。
 「アキオさん、桟橋の許可を取るために別件でムニシパルに行った時のことなんですが、どうもロバートはかんかんに怒っているようですよ、というのは、弁護士が最初に土地購入の手続きでムニシパルに行った時に、担当者の彼を通さずにもっと上の人に相談に行ったようなんです。
 このことがロバートのプライドを傷つけたようです。」
ロバートはこの件の直接の担当だ。
 
 ノニエスの格から言えば、その辺の担当など相手にせず直接偉い人の所に談判に行ってしまうのは当然なのだろう。特にフィリピンではこの傾向が強い。
 
 どこの国でも役人根性は同じだ、ちっぽけな自分のテリトリーにしがみついて、それが犯されることを極度に恐れる。今回のように一旦それが犯されるとあらゆる手段を講じて嫌がらせをする。
 しかし、それが一旦役所のお偉いさんから声がかかると手の裏をひっくり返したように従順になる。
 お役所の主人公はその地域の住民ではなく役所のお偉いさんなのだ。
 
「これは市長を動かさなきゃならないだろう。」経験が僕に囁きかけた。
 しかし、市長に働きかけるにせよ、多額の手数料を使って問題を解決する方法は取りたくなかった。
 あくまでも正攻法で土地の用途を変更したかった。
 
 それ以降、用途変更の交渉はピクリとも動かなくなった。
 僕たちは、交渉約を弁護士ノニエスから建設会社のジュルズに変更して何回となくムニシパルを訪れたが、担当者は言を左右して我々を拒んだ。
 あるときは、もうすぐ認可してもいいといったそぶりを見せたかと思うと、次の時には絶対だめだと言った。
 
「完全に遊ばれてますね。」ジュルズは半ばあきらめ顔でそういった。
 しかし、僕達はあきらめるわけにはいかない。

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暗礁に乗る その1

 リゾートの運命を左右する大きな問題があることが分かったのは、ノニエス、ジュルズそして私達で開いている会議の席上だった。
 先日、ノニエスは建築許可申請のことで、サンタンダーのムニシパルへ行っていた。
 冒頭にノニエスからその時の報告がなされた。
 「今回のサンタンダーの出張で分かったことなんだけれど。」ノニエスの発言はいつものように冴えたものではなかった。
 「あなた達が買った土地は農業用地なの、コマーシャルではないのよ、ムニシパルの担当者はあなたが他の土地には、リゾートは建設できないと言っているわ。」
 
 内容が複雑なこととあまりの驚きで、意味がよく分からなかった。
 僕が聞きなおすと、ノニエスは再び同じ事を今度はすこしゆっくり話してくれた。
 「しまった、フィリピンにも土地の用途制限があったんだ。」

 ノニエスの大きな見落としはこれだった。
 もし、ノニエスが土地の売買から事業開始までの繋がりに精通した弁護士であれば、もちろんこの点については事前に気がついただろう。
 当然この時点ではすでに建設会社も4ヶ月あまり関与している、弁護士が気がつかなかったとしても建設会社は気がついてしかるべきだろう。
 僕は心底腹が立った、何で皆こんなにいい加減なんなんだろう、特に建設会社に関して言えば、建設が水泡に帰してしまえば、この間関与した時間も労力も無に帰してしまうではないか。
 
 しかし、冷静になって良く考えてみれば、人のせいばかりにもしていられない、役所に長く勤めていた自分自身がなぜこんな事に気がつかなかったんだろうか。
 改めて自分が情けなくなった。何年も役人をやってきて、何も身になっていない。役所の経験など何の役にも立たないのにその少しの財産すら役に立てていない。

 「土地の用途の変更はできないだろうか?」僕はノニエスに尋ねた。
 「難しいわね、この件の認可にまつわる担当者はロバートという人なんだけれど、彼が強行に反対しているのよね。」
 「絶対にリゾートは建てさせないと言っているわ。もし、これを動かそうとするならばかなりのお金が必要になるかもね。」
 フィリピンでは何か問題が起ったとしても、たいていのことはお金で解決できるといわれている。
 会議は結論が出ないままに終わった。

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