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「H・Yさんが亡くなられたの。あなたのトランペットで送って欲しい」
Yさんの突然の電話に言葉を失う。
川崎の保育所運動に長く携わり、書道の師範でもあられたH・Yさんには
公私ともに大変お世話になっていた。
川崎で初の乳児保育園へ、息子を預けた時の園長先生なので、
38年の長いお付き合いだ。
私のトランペットリサイタルのチラシや、パンフレットへ
『書』を書いて下さった先生でも有ったのです。
生涯を独身で通されましたが、彼女の影響を受けた多くの方たちが
先生の意向を受けて『友人葬』として葬儀を行う由。
「お坊さんの読経ではなく、貴方のトランペットで送りたい…」
お断り出来るお話しではない。
通夜と告別式、双方で奏でさせていただくこととなった。
会場は市営の葬祭場。
葬儀社の方たちが気持ちの通い合う展示と祭壇を
拵えてくれていた。
そしてロビーには、H・Yさんが書いてくださった
Trpリサイタルのパンフと下書きが展示されていた。
* 通夜
・さとうきび畑
・北の国から
・花 を、ソロで。
コーラスの先導役で
・思い出のアルバム
・四季の歌
・千の風になって
*告別式
・アヴェマリア
・川の流れのように
・いい日旅立ち
*出棺時
・千の風になって
を、奏でさせていただきました。
こうした時に辛いのは、悲しみが込み上げて来ても
演奏時に、涙を流せないこと。
「とても良い二日間でした。H・Yさんの喜ぶ顔が浮かぶわ」
の言葉に、涙腺が緩むのはお許しいただこう。
斎場近くの津田山墓地は、サクラの名所でもある。
サクラと桃の花が綺麗に咲くこの墓地に、
暫くはお骨は置かれる。
宗派にとらわれない葬儀の在りようを
教えていただいた二日間となりました。
先生、どうぞ安らかにお眠り下さい。
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