信州小諸通信

定年後の田舎暮らしから気晴らしの気まぐれ通信。姉妹ブログ「信州小諸論壇」

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懐古園夜桜

 小諸も桜の満開を迎えました。久しぶりに懐古園へ夜桜を見に行きました。ウィークデイの夜とあって人出は少ない方ですが、うされません。桜は満面笑みを浮かべ歓迎してくれます。夕刻5時以降は入園料は徴収されません。今週末まで持つものやら。比較的低い温度の日が続いているので、多少の散り始めとなろうとも、まだまだ観桜できそうです。
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 小諸の特定種、小諸八重紅枝垂れ桜も元気です。
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イメージ 5  広い馬場跡広場では、いくつかのグループが、ぼんぼり提灯のもとで宴会中。にぎやかにやっていました。





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 東京ビックサイトは、築地市場から埋立地を橋で渡って、有明地区の突端です。「EXE2027(エクステリアエキシビション2017)というイベントで、インテリアとは室内装飾品を示すのに対して、エクステリアとは、主に住宅の門、車庫、フェンス、カーポートなど建築敷地まわりの構造物や植栽の外溝工事を言うもので、全業界がこぞって自社製品を出品する展示会です。一般客が対象ではなく、業界の見本市のようなもののようで、活気ある商売気風が感じられました。今までは業界が率先して同様なイベントをしていたけれど、最近ではそのようなことは消極化しているので、全国規模ではこのイベントが唯一になっているとのこと。
ハウスメンテナンスとは、そもそも、今使っているものを引き続きちゃんと使える状態に保ち続けるために施すさまざまな対処・措置をひっくるめて指すのだそうで、そう言われればわかる気がします。日曜大工というよりは高尚な趣味と思わせるには良い言葉かもしれません、などということを考えながら……。
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家内は、小諸の家の庭にバーベキュー場や子どものブランコを作りたいと、見て回っていましたが、こちらは広い会場を歩き回るだけで腰痛に悩まされ、会場内で催されたセミナーに参加して、外溝設計士の話を聞いてきましたが、専門家の話でなかなか理解には至りませんでした。外溝のやり方で家の印象が左右されるということで、その筋では大変な取り組みがなされているということがわかりました。

すぐ前は東京湾に面した大駐車場。海上正面には、5年前に開通した、全長2600メートルの東京ゲートブリッジが見えます。
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築地場外市場

 築地市場は、本願寺のすぐ近くです。ちょうど昼時ともなり、大変な賑わいで、昼食を取る店を探すのも大変な状況でした。やはりせっかく市場に来たのだからと、新鮮な刺身のてんこ盛りの海鮮丼を食し、中の店の詰まっている細い通りは、混雑に流されるままに行き来している間にあっという間に時間が過ぎました。年末のアメ横のような騒ぎです。
 場外市場といわれる、小売り市場は移転の対象になっていないとのことです。びっくりしたのは、外国人の観光客が多いことです。7割方は外国人の客ではないかとのことでした。
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イメージ 5  バス停車場にあった桜は丁度満開を迎えていました。外国人が喜びそうなセッティングです。

 

  ビックサイドに移動の途中で、新豊洲市場を遠目に見られたのですが、なるほど大変な工事だっただろうなと思われる光景ながら複雑な気持ちでした。何てバカなことしてきたものだと実感してしまいます。




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築地本願寺

 家内が行っているハウスメンテナンスの趣味の会で、東京ビックサイトで行われる展示会に誘われたので、お付き合いで行ってみました。大型の観光バスで50人ほどのシルバーが参加しており、行く途中、築地に寄って時間調整をしての一日ツアーとなりました。
 築地は、昔、昭和41年ころ、勤務先が改築時に一時的に仮舎屋があり、数週間通ったことがあり、懐かしさもあって行ってみたくもなりました。それに築地市場の移転問題で話題になっていることもあって、野次馬根性も手伝って……。
 まず、ガイドの案内で、築地本願寺に寄りました。ここも何度か来てはいるのですが、すっかり記憶から落ち、新鮮な気持ちでした。大した建造物です。
  伽藍の内部の天上の高さ、装飾の豪華さに圧倒されます。正面には阿弥陀如来が鎮座まし、民衆を極楽へと誘っていると言われます。
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  築地本願寺本堂一棟 附 正門・北門・南門(各一所)、石塀(五基)


    浄土真宗本願寺派(京都西本願寺)の直轄寺院・築地本願寺は、江戸時代初期の元和三年(1617)、浅草近くの横山町に創建されました。

  江戸浅草御坊と称された当寺院は、明暦三年(1657)の大火で焼失した後、現在地に移転・再建されました。特に本堂の大屋根は、江戸湊に入る船の目印であり、江戸庶民によく知られた名所の一つでした。

  江戸時代から明治期にかけて何度か再建された木造の本堂は、大正十二年(1923)の関東大地震で焼失した後、昭和九年(1934)に現在の本堂(鉄骨鉄筋コンクリート造、地上二階、地下一階)となりました。

  西本願寺二十二世宗主・大谷光瑞の依頼を受けた、設計者の建築家・伊東忠太(18671954)は、日本の伝統的な寺院様式ではなく、仏教の発祥地であるインドの建築様式を独自の解釈で外観に取り入れ、特異な雰囲気をもつ伽藍を創出しました。

  花崗岩が用いられた建築中央の本堂は、上部に銅板を葺いた巨大な円形屋根がのせられ、左右対称にのびた翼部には鐘楼と鼓楼の塔屋を置き、正面中央と左右の入口には独特の曲線による破風を設けています。内部は伝統的な浄土真宗寺院の本堂形式でありながら、外部各部にはインド風の建築手法が見られ、入口の破風・柱頭飾り・屋根上の尖塔、さらに細部の装飾が一体となり、全体として調和のある外観を造り出しています。

  当寺院本堂は、建築家・伊東忠太が最新の技術を用いて東洋的な建築を追及した典型例であるとともに、秀逸な建築デザインを保持する震災復興期の貴重な建造物といえます。また、本堂とほぼ同時期に建築された外周の石積塀や石造注文(正門・北門・南門)共通のデザインを踏襲しており、本堂と一体をなす貴重な建造物となっています。

  これらの建造物は、平成二十六年に重要文化財として指定されました。

     平成二十七年三月            中央区教育委員会




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満開のさくら

 通院の為に帰省した横浜は、昨日が「さくら満開」との報道でした。そこで通院の帰路、「みなとみらい」を散策。
 ランドタワー内には、派手なデコレーションが展示され、子どもたちに人気の様子。そして「フラワーフェスティバル」の一環として、市内にはチューリップの花壇が整備されて。ここは長く工事中だったのが完成。背後には滝状に水が落ちてキラキラ光る仕組みですが画像にはよく写らず残念。
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  ランドタワー側からの桜並木が満開。強い風が吹いていたけど、まだほとんど散らず、咲き誇っています。ちょっと赤っぽいところがあるということは、まだ満開前の咲き頃なのかも。みなとみらいの代表グランド・コンチネンタルホテルをバックに、そして帆船日本丸と。
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  ロイヤルパークホテル側からは目線で。動く歩道橋上から。
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