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仙台のみちのく杜の湖畔公園にて・・・・
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古い時代を見つめる
いろんな地域でそういう場所があるけど・・
そう 私の地域でも数個の古民家を移転して保存している公園もあるが・・
ただし、消防法でうんぬん・・とあり
屋根は、トタン葺きに変わっている。
まあ、そうでない古民家も多くあるので、
その差異というものが、どこから発生するのかは、私にはわからないが。
それでも、茅葺というスタイルの家に出会うと
子供のころを思い出す
そう
我が家も、そういう家だったし・・
私の祖父は、長男ではなくて三男坊で・・名を三之助と言っていたらしい
同じ集落内で、その家の主が、家と土地を残したまま、上京した場所を買い取り
祖父に与えたというのが最初で・・(この土地の言い方で せやもち と言うが)
単純に言えば
親父が、三男坊に、土地と家を 買って そこに住まわせたということなんだが
昭和の初期には、ごく普通にあったようだけど。
勿論、祖父は、当時妻がいて、実家の馬小屋の2階での生活だったようだけど。
そんないきさつから
私が子供のころは、茅葺の家だったし
よく、古民家で見られるものは、すべて私の記憶の中にあるものとなっている。
茅葺の屋根の補修は、何度もみたし
冬は、思いのほか暖かく、夏は涼しいと・・
井戸は、手でくみ上げる方式で
食事は、いつも、板の間という感じで、囲炉裏は 暖をとり、魚を焼き
鍋を下げる・・・外の情報は ラジオだけと・・
そう、小学生の低学年までは そういう生活だった。
トイレなどは、母屋を通り、小屋を抜けて 屋根続きの鶏とヤギの住む隣へ
それでも、当時は、不便とは思わなかったのは
やはり 子供だったのだろうか。
そんなあれこれを
古民家の中で 思い出し
変わりすぎた日々を頭の中で流し去るけど。
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訪ねたのは、やはり
大きな古民家で
たぶん、この公園の古民家は、どこも
それなりの 大きな格式のある古民家なのだろう・・
なになに家と書かれているけど、それ自体には興味はなくて
ただ、
それぞれに少し違う形式だと・・
勿論、大きな家だから、
当然のごとく、使用人の部屋などもあり・・
まあ、 こういう家でなければ 残りはしないだろうと思ってしまうけど。
そう
なんにでも、当てはまるのだろうが
所詮、 どうでもいいような庶民の生きた証などは
何処にも残らないというのは確かだろう。
人の歴史というのは、
やはり・・庶民には 無縁であり
ただ 単に今を生きる
それだけなのだろう・・。
by shin
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