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お昼前、ホテルをチェックアウトして、北のウオール街を散策。 何度か訪れている小樽で前から気になっていた、小樽にある「石原裕次郎」の名所を歩きました。 父が汽船会社の重役だったのもあって、生まれは神戸。 3歳から9歳までの幼少期を小樽で過ごしたそうです。
函館本線の途中駅JR小樽駅は、レトロな駅舎で、1934年東京・上野駅を模して造られており、国の登録有形文化財に登録されているそうです。 JR小樽駅・4番ホームに、小樽にゆかりの深い石原裕次郎にちなんで「裕次郎ホーム」の愛称がついていました。
ホームには、等身大パネルが設置され、裕次郎の曲が流れていました。
♪ 逢いたい気持ちがまゝならぬ 北国の街はつめたく遠い 粉雪まいちる小樽の駅に
あゝひとり残して来たけれど 忘れはしない 愛する人よ ♪
JR小樽駅から、二つ目の駅「小樽築港駅」で降りて、「ウイングベイ小樽」(600mに及ぶ建物で、巨大エンターテイメントスポット)を通り、「小樽港マリーナ」(約200隻のヨットやモーターボートが停泊しており、関東以北最大のマリーナ)の横に「石原裕次郎記念館」はありました。
映画俳優であり、多くの名曲を歌った、「スター石原裕次郎」を偲ぶミュージアムは館内撮影禁止で、「映像ホール」「黒部の太陽の映画セッット」「スター俳優&歌手の紹介」「裕次郎コレクション」などが展示され、懐かしい裕次郎の世界を演出していました。
今では世界でも希少となった愛車「ガルウイングのメンセデス・ベンツ300SL」や「ロールスロイス」「キャデラック」や、「栄光への5000キロ」の撮影に使われた赤い「ハコスカのスカイライン」など貴重な展示物が、並んでいました。 昭和62年7月17日、肝細胞ガンのため52歳で亡くなったそうです。
愛用のヨット「コンテッサⅢ」。
1日、歩き疲れて、少し早めに「小樽港フエリーターミナル」に向かいました。 ( 11月18日 撮影 )
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西部警察もあんまり見てなかったからね〜〜
興味があまり無いわ〜
お客様たくさん居ましたか?
裕次郎マダム達がお茶していたりしてね。
2010/11/24(水) 午後 9:16
私の両親と一緒に出かけたときに、一度だけ足を運びました。
父が裕次郎の大ファンで、とても興味深く見ていました。
2010/11/24(水) 午後 9:20
かっこいい。
わたし親の世代にだけど、裕次郎さんは素敵だと思う。
慶応に入院されてたころ、私偶然病院でお見かけしたんですが
やっぱりスターだった。
ここは必ず行きたいです。
2010/11/25(木) 午前 0:47 [ オクパン ]
ちゃまちゃまさん、映画やドラマより、ヒット曲のほうが、フアンは多いと思います。 ツアーバスも停まっていましたから、好きな人も多いのでしょうね。 ありがとう。
2010/11/25(木) 午後 8:07
おいもさん、館内を流れる裕次郎の曲に、ずっと口ずさんでいました。 カラオケでよく歌いました。 お父さんと一緒です。 ありがとう。
2010/11/25(木) 午後 8:09
オクパンさん、歌が大好きです。美空ひばりと裕次郎は、昭和の大スターでした。 ありがとう。
2010/11/25(木) 午後 8:12
裕次郎やひばりは私達の時代では、皆が知ってる大スター
です。二人の歌は、今でも口ずさんでいますよ。
二人とも楽しませてもらいました、ありがとう!!
2010/11/26(金) 午後 6:07 [ ittakaoka ]
ittakaokaさん、ありがとう。
2010/11/26(金) 午後 8:29
こんばんわ。
石原裕次郎さんの記念館が小樽に有るのですか。。すこしびっくりしました。 母が裕次郎さんのファンでした。。お兄様は石原新太郎さんでしたかしら?ご兄弟そろって進む道は何であれ、その道の一線に立たれる人となったのですね。 それは幼少期の小樽での寒さへの忍耐力を身に着けたからでしょうか?
紅葉も素敵ですね。
2011/3/2(水) 午前 4:19 [ eika ]
eikaさん、裕次郎も、兄の慎太郎も神戸生れですが、父が海運会社に勤めていた関係で、裕次郎2歳のとき、小樽へ移り住んでいる関係で、記念館が作られたようです。 ありがとう。
2011/3/2(水) 午後 7:54
人の心に語りかける様な、染みいる様な、包み込む様な、そんな歌やTVドラマが少なくなりました。代わって、奇抜な猟奇的で殺伐としたドラマが増えました。歌にしても、メロディーの耳障りは悪くないけど、同じリズムの繰り返しと、余り意味の含まれていない歌詞の歌が増えました。裕次郎さんの様な、サラリと歌っている様で、声の中に、深い優しさと愛情が込められているのが感じられる、そんな歌が歌える、演技ができる人は、現存する芸能人の中でも本当に少ないと思います。裕次郎さんを含む日本の映画界、芸能界に大きな影響を与えた、貴重な存在の役者さん、歌手が、どんどん居なくなってしまう。寂しいという言葉だけでは表しきれない、空しさというものと日本の行く末への愁いが、今の私の心を占めて居ます。裕次郎さんがご健在の頃は、現在ほど世の中が殺伐とはしてはいなかったと、記憶して居るのですが。本当に、嫌な世の中になりました。
2016/7/6(水) 午後 8:55 [ 裕さんに会いたい ]