|
大阪・南部にある「観心寺」の境内に、「後村上天皇後旧跡」の碑が建っています。 後醍醐天皇を父に持つ弟97代「後村上天皇」は、南北朝時代の1359年、天野山金剛寺より、観心寺へ行在所を移し、約10ヶ月間、日本の政治を行った場所だそうです。
「後村上天皇」は、徹底した「反北朝」で、歴代天皇の中では珍しく「武闘派」だったそうです。 12歳で即位したあと、在位約30年の間、吉野・河内などを転々として、再三、京都奪還を試みて戦い、1368年、住吉大社で崩御、御陵は、観心寺境内の奥まった山の上に作られました。
宮内庁が管理する、「後村上天皇・桧尾陵(ひのおのみささぎ)」は、境内から約200mの石段を上って行くと、静かな山あいにありました。 御陵は、鳥居が建ち、「円丘」で石柵に囲まれて、独特の雰囲気の中にありました。 誰もここまで上ってくる人はいませんでした。
「観心寺」から西へ、車で1時間ほど行ったところにある、「天野山金剛寺」は、南北朝時代、北朝の三上皇(光厳・光明・崇光)を迎え、さらに南朝の後村上天皇の行在所であったり、ほぼ4年間という短い期間でしたが、敵対する南北朝の行在所が、同じ敷地内に存在し、日本の政治を行ったなど、歴史と深い関わりを持つ、魅力ある寺院です。 ( 2月23桧 撮影 )
|
大阪 難波の旅
[ リスト | 詳細 ]
|
大阪・南部の「観心寺」には、日本唯一と言われている、「星塚」があります。 808年、空海がこの地を訪れたとき、「北斗七星」を勧請されたそうですが、平安時代初期には、天空に見える星「北斗七星」は、特別な星として、信仰の対象だったのでしょう。
国宝・如意輪観音像が祀られている「金堂」の、左下から始まる「星塚霊場めぐり」は、「金堂」を中心にして境内の裏山にある、七ヵ所の柵に囲まれた自然石と木に覆われた、「星塚」を礼拝しながら一巡する「立体曼荼羅」で、巡ると、その年の厄が祓われると伝えられているそうです。
七つの「星塚」は、「貪狼星(とんろうしょう)」「巨門星(こもんしょう)」「禄存星ろくぞんしょう)」「文曲星(もんこくしょう)」「廉貞星れんじょうしょう)」「武曲星むこくしょう)」「破軍星(はぐんしょう)」と名付けられた七ヵ所の「星塚」で、少し険しい裏山を、約15分ほどで巡りました。
最初に、「金堂」の如意輪観音に参り、そのあと、七つの「星塚」を巡り、最後に鬼子母神を祀る、「鎮守堂(訶梨帝母天堂)」へお参りして、「星塚めぐり」は終りだそうです。
( 2月23日 撮影 )
|
|
大阪の南部にある「観心寺」は、開創以来、皇室の崇敬が厚く、1334年ごろ、楠木正成を奉行として、「金堂」の造営工事をおこないました。 境内には、楠木正成が造営なかばで戦死したため、「三重塔」が完成されず初層だけの、「建掛塔(たてかけのとう)」も残されています。
楠木正成が湊川で討ち死に後、足利尊氏は正成の首を、この寺に送り届けました。 境内に、「楠木正成首塚」として、祀られています。
弘法大師が刻んだとされる、本尊、「如意輪観世音菩薩」(国宝)は、平安時代密教彫刻の最高傑作で秘仏。 毎年4月17,18日に開帳されます。 奈良・室生寺と、兵庫・神咒寺の如意輪観音とともに、「日本三大如意輪観音」のひとつだそうです。
未完の塔、「建掛塔(たてかけのとう)」(重要文化財)。
「観心寺」の鎮守社、「訶梨帝母天堂(かりていぼてんどう)」(重要文化財)。
昨日今日と、気温が上って暖かく、梅も一気に開花しそうです。 ( 2月23日 撮影 )
|
|
大阪の南部、金剛山に向かう道の途中、「関西花の寺二十五ヵ所」のひとつ、楠木正成ゆかりの寺、「観心寺」へ、春を探しに行って来ました。 残念ながら、やっと開き始めたところでしたが、寒い日が続いていただけに、なんかほっとする景色でした。
ここ「観心寺」の歴史は古く、701年、修験道の開祖、「役行者(えんのぎょうじゃ)」が開創、808年、空海が訪れ、境内に「北斗七星」を勧請、815年、再訪のおり、本尊「如意輪観音菩薩像」を刻んで、再興したそうです。 南北朝時代建立の「金堂」とともに、「国宝」に指定されています。
「観心寺」は、楠木家の菩提寺。 楠木正成が8才から15才までの学問所、「中院」。
「金堂」(国宝)。 室町時代初期の建立。 大阪府下最古の国宝建造物。
ここ「観心寺」は、歴史好きの人にとって、魅力いっぱいのお寺でした。 ( 2月23日 撮影 )
|
|
大阪の今宮戎神社「十日えびす」。 みなみの道頓堀から出発した「宝恵駕籠行列」は、心斎橋から千日前、なんばと練り歩き、1時間半ほどかけて、今宮戎神社に威勢よく、たどり着きました。 境内は、満員状態で写真どころではありませんでした。
今宮戎神社の創建は600年、聖徳太子が四天王寺を建立した時、西方の鎮護として、お祀りしたと伝えられているそうです。 今は、「商売繁盛のえべっさん」として親しまれています。
いい天気に恵まれた「宝恵駕籠行列」の追っかけも、これでお終いです。 お付き合い、ありがとうございました。 ( 1月9日 撮影 )
|





