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「中国人民に告ぐ!」
「文化大国」が聞いてあきれる−痛恨の母国批判 金 文学 祥伝社文庫
1章「文化砂漠」中国の現実
「徳と礼儀」の国はどこへ行った
溺れている人に船の上から救助代の交渉
1994年、南方で洪水が起こったとき、いかだを作って流されてくる物や衣服などをすくい上げ、それを売り飛ばす人間がいるかと思えば、船を漕ぎ出して水に溺れた人に向かって、金をいくらか出せば助けてやると交渉する人間までいた。
ある中年男性が水に溺れてた子どもを救い出してから力尽きて水中に沈んでいるのを、周囲の人々数十名はただ見ているだけで誰一人助けようとしなかったという話も新聞に載っていた。
日中戦争当時の1937年、日本人の笠井孝の「裏から見た支那人」より
「水に溺れて溺死直前の人間が水を飲みながら手の指を二本出すと、水面の上で船に乗った人間が指を三本出す。『三元出せば助けてやる』『二元にまけてくれ』という意味だ。こんにちでもこれに類似した実例はいくらでのある。わたしもやはりいくら支那人だといってもまさかそこまでは、と考える一人ではあるが、実際に海岸で瓜形の丸木舟に乗って水に溺れた人の周辺に集まり、船上で救助料金を談判するのをしばしば見たことがあり、(中略)
日露戦争のとき法庫門(ほうこもん)で、ある百姓が腰に金を巻き付けて逃亡し井戸に落ちた。ほかの百姓が『五十元出せば助けてやろう』と談判したが、とうとう交渉が成立せずに哀れにも死んでしまったという逸話が伝えられている。」
アメリカ人A・H・スミスは『中国人の性格』で、中国人は公徳心が欠如していると皮肉った。
清末の大学者の梁啓超(りょうけいちょう)も1903年『中国国民の品格論』で公徳心の欠乏を国民の短所として指摘した。
きんだいの魯迅(ろじん)、陳独秀(ちんどくしゅう)、現代の台湾の作家の柏楊(はくよう)も、激烈にこの欠点を批判した。
昔から支配層や儒教文化が、徳治と礼儀道徳、修身養生を強調したのは、むしろ儒教原理と相反する野蛮な言行が庶民の間に氾濫し、綿々と受け継がれてきたからではないだろうか。
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とっ、とても信じられない・・・。
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1章「文化砂漠」中国の現実
「徳と礼儀」の国はどこへ行った
中国の公徳心が、こらまでお粗末な理由
それは、中国儒教が強調した修養が個人と家族単位に重きをおいて、国や社会に対する公衆意識が欠如していたことにあると思う。中国の儒教文化が重視したのは主に私徳であり、公徳ではなかった。
日本人は家族に対する責任感は中国人よりも弱い。しかし、社会では公衆道徳と秩序をよく守る。中国人はこれと反対に家では模範家長であっても、外へ出れば公衆秩序と道徳を適当に無視してしまう。鼻をかんだちり紙をポイッと道に捨てて、自分の家でなければ映画館だろうが、待合室だろうが、どこにでも唾や痰を吐き捨てても関係ないといったぐあいだ。
梁啓超が中国の公徳に関するグラフを作成した。春秋時代から20世紀にいたるまで全体的に下降の趨勢(すうせい)にあり、近代になればさらに事態は深刻だという。
中国があらためて公徳を強調して、雷鋒(らいほう)−模範人物の名前−のようにさまざまな分野で大公無私の模範を示し、定期的にキャンペーンを繰り広げているのも、むしろこの点を逆説的に証明しているのではないだろうか?
中国は本当に玉ねぎのような国だ。礼儀の国という皮を一皮一皮はがしていくと、そのきらびやかな美辞麗句とはまったく関係のない反文明、反文化の修羅場を、いたるところで目にすることができる。
現代中国の巷間(こうかん)で流行っている冗談。バスの中で乗客Aが乗客Bの足を踏んだ。すぐさま舌戦が始まった。乗客Bが怒って喰ってかかる。
「どこに目をつけてんだ! 俺の足は公共物でもないのに」
すると、足を踏んだAが口答えをする。
「公共物ならこんなに優しく踏むもんか! もっと無茶苦茶に踏みつけてやるさ!」
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おっそろしい・・・。でも、やっぱり中国よりひどくないが公衆秩序と道徳を守らない日本人も多い。これは戦後教育のせいなのか? 戦前はどうだったのだろう?
次回は、あの蒋介石が危機!
1章「文化砂漠」中国の現実
中国を支配する反文明的「流氓(りゅうまん)」
拳骨、無理強い、野蛮行為の氾濫
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まさに、それが中国人だと思います。
お姉さんは呆れてしまいます。
傑作CLICK!
そしてお気に入り!
2008/4/19(土) 午後 1:27