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日本人なら知っておきたい神道
神道から日本の歴史を読む方法 武光誠 著 河出書房新社
神道とは何か−
1章 ”神の国”はいかに誕生し、根づいてきたか
神はどのように誕生したか
●アシの芽に神を感じた古代人
私たちは『古事記』や『日本書紀』の記事の中から天皇支配を正当化する古代の国家主義的発想や外来の思想をとり除くことによって、神道の本質を知ることができる。
日本神話のなかかの、皇室の祖先神(そせんしん)である天照大神(あまてらすおおみかみ)があらわれるより前の部分に、そのような神道の原型がみられる。それは、きわめて古い時代の原始的な段階の日本人の望みをそのままあらわすものである。
そこには、天地の区別も明暗の区別もわからない混沌のなかからアシの芽(葦芽[葦牙]あしかび)のように勢いよく萌え出た(種子から芽が出るように出現した)ものが最初の神、可美葦牙彦舅尊(うましあしかびひこじのみこと)(以下、神名は『日本書紀』の表記による)になったとする記事がある。また、「造化三神(ぞうかさんしん)」とよばれる最初にあらわれた神は、天御中主尊(あめのみなかぬしみこと)(天の中心となる神)と高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)、神皇産霊尊(かみむすひのみこと)の三柱(みはしら)(柱とは、神を数える単位)であったとも記されている。
●生命力を重視する「産霊」の思想とは
「産霊(むすひ)」とは、今日の「縁結び」の概念につらなる、新たな生命を生むことをさす言葉である。生命のないところから萌えでたものが神であり、生き物を生み出すことをつかさどるものが神であった。もっとも古いかたちの神道では、生命力を神格化したものが尊い神とされていたありさまがわかってくる。
神道の”原点”が見えてきた
●人間の誕生と日本国の形成
日本神話は造化三神(ぞうかさんしん)からはじまるものと、可美葦牙彦舅尊からはじまるものと、国常立尊(くにのとこたちのみこと)以下の神世七代(かみよななよ)からはじまるものとの三系統の創生神話を併せ記していた。そして、皇室につらなる伊奘諾尊(いざなぎのみこと)と伊奘冉尊(いざなみのみこと)の夫婦の神は、神世七代の終わりにおかれた。
この二柱(ふたはしら)の神は、相手を生殖にさそう(いざなう)ことを意味する名前をもつ神である。そして、かれらが生殖によって日本列島を構成する島々や山の神、海の神などの多くの神、さらに人間たちを生み出したとされる。
こうしたことは、古代人が神の最も重要な役割は、生命のあるものを生み出すこと(産霊(むすひ))にあると考えていたことをしめしている。それゆえ今日の私たちも、子孫の繁栄、健康、豊作、商売繁盛など、生命の増進や生活の向上につながる現実的な願いを神々に祈るのである。
●古代人が考えた「膳」と「悪」とは
自己の哲学的思索を深めるために、日本の神について記された文献を読んだり神社に参拝する者は、現代にはほとんどいない。
古代人は生成のはたらきにかなうものがすべて善であり、生命の繁栄を阻害するものが悪であると考えていた。古代日本語の「よし」「あし」は、道徳的善悪もしくは哲学的善悪をあらわすものではない。生命力に満ちた楽しい生活をもたらすものが「よし」とされたのだ。
近年までの日本のあり方は、「タテ社会」などといわれた。それは、地域(村落)、企業(会社)、家庭(家)の構成員が指導者(村長、社長、家長)を批判せず、上の者の教えに従って行動するのが善だとされてきたからだ。これは、「指導者はみんなが楽しく生きる世界を実現するために働いている」という上の者にたいする絶対的な信頼の上に立つ考えだ。つまり、」神道の理想は、すべての人間が明るくすごし、生きとし生けるものすべてが繁栄することにあり、その方向には人びとを導くものが、日本では尊敬されてきたのである。
<神道は道徳的でも哲学的でもない。生命力に満ちた楽しい生活をもたらすもの−生命の基本>
<次回は、神道が支えた戦後日本の成長>
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ランダムブログからココに出会えてとてもうれしい気持ちです。丁度興味深く、勉強させてもらいます。正しい知識と認識を持ちたくて困惑中でした。ありがとうございます。
2005/10/27(木) 午前 1:04 [ - ]