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鳥類以上のすべての動物の仔は自分に危機が迫ったとき、誰が守ってくれるのか、誰のもとに逃げていけばいいのかを分かっている。親もどの個体を保護するのかを認識している。親の救難行動は仔が危機にさらされたときに必発でなければならないので、仔が自力で移動するまでにお互いの確認の完了が必須である。この確認の成立過程を比較行動学でインプリンティング(刷り込み)という。これに要する期間は動物によって違う。たとえば鳥類では、ひなはかえるとすぐに動き回るので、インプリンティングは孵化後数分で終了する。
インプリンティングが終了して、保護し保護される相手が確定すると、それがスイッチになって、仔に本能として内在している愛着行動のシステムを起動する。愛着とは自分を養育してくれる対象にくっついた状態を維持しようとすることで、その行動を愛着行動といい、その概念をアタッチメントという。カルガモのひなが母ガモの後を追ったり、象の仔が母象の後脚の横に寄り添うのがそれであり、親は保護のために仔の動きを制限する。結果として仔の安全が確保される。
インプリンティングから愛着行動が発現し、アタッチメントが形成されていく過程は基本的には人間も動物と同じである。赤ん坊は6、7ヶ月になると、はうことによって自力で移動が可能になる。人間のインプリンティングはそのときまでに終了し、同時に愛着対象が確定する。人見知りはその証の一つである。
この時期から赤ん坊は誰に保護してもらいたいかをはっきりと表現するようになり、愛着行動開始となる。そして二歳半から三歳でアタッチメントの基礎が形成される。
動物は一般に仔が成体になると親とのアタッチメントは消滅するが、人間は生涯にわたって存在し、その対象も両親から友人、教師、異性へと広がっていく。アタッチメントは人を信じることや、愛することの基調となる。
親の都合によってすぐ変わる、本気でない養育姿勢はアタッチメントの形成不全を発生させる。結果、子供は誰が自分を保護してくれる人なのかということの判定に確信が持てず、人間関係は浅薄で、その場限りになりやすい。
保護には規制が伴う。暴力行為に対して規制も制裁も加えない教師は、子供にとって自分を保護してくれる対象に見えない。親とのアタッチメント形成不全の子供は、教師との間でもアタッチメント形成不全になる。必要なアタッチメントが形成されないと、その相手は子供の攻撃対象となる。小学生暴力の根源はここにある。そこへ担任制廃止などすれば、親との愛着が良好な子供と担任とのアタッチメントも発生せず、事態をさらに悪化させるだろう。
小児科医の田下昌明先生は、11月7日の産経新聞で小学生の教師への暴力の増加について文部科学省の「学級担任制に問題があり、小学校も中学や高校のように組織全体での生徒指導体制を築く」という方策に対して、「これは教員が被害者にならないための方策でしかなく、問題解決にはつながらない」と批判した。
幼児時期に虐待を受けた人間は、自分が親になったとき自分の子供を虐待してしまうのも、このアタッチメント形成不良であろう。
最近の教師は問題が発生するとすぐ突き上げられるため、それを恐れるため生徒と一定の距離を保ち、本気で生徒と向き合う教師がいなくなってきた。しかし、それは逆である。生徒一人ひとりの性格を十分把握する必要があるが、正面から向き合えば子供はそれを理解し受け入れる。
私自身の経験からもそう思える。北海道の余市のあの学校の話でもそれは言える。文部科学省は行き当たりばったりの教育方針ではなく、人間の本質を認識して教育方針を立ててほしいと思う。また、親には「三つ子の魂、百まで」。三歳までは特に、自分の子供がアタッチメント形成不良とならないよう愛情を注いでほしい。それは、時代背景に関係なく、いつの時代でも通用するものであると思う。
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