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少年の凶悪事件 駄目なものは駄目と叱れ
産経新聞 【主張】 平成17(2005)年11月16日[水]
東京都町田市で都立高校一年の少女が同学年の少年に殺害された事件は、社会に衝撃を与えている。
警察の調べでは、二人は幼なじみだったが、高校入学後、相手にされなくなったと感じた少年が少女に憎しみを抱いたとされる。それにしても、相手を五十カ所以上も刃物で傷つけるというのは、尋常ではない。
わからないことは、いくつもある。少年はひとりでいることが多かったが、無遅刻、無欠席で、まじめな生徒だったという。「普通の子」がなぜ、不可解な殺意を持ったのか。
少年は返り血を浴びたブレザー姿で帰宅後、母親に「自転車で転んだ」とウソをつき、殺害時にできた右手のケガの治療のため、二人で病院に行っている。このとき、母親は息子の異常に気づかなかったのか。
少女が自宅で殺害されたと思われるころ、近所の人は少女の悲鳴や争うような物音を聞いている。不審に思いながらも、一人として警察に通報しなかったのは、なぜか。
最近、同じ年齢層の少年の凶悪事件が頻発している。静岡県で、高校一年の少女が劇物のタリウムを母親に飲ませ殺人未遂容疑で逮捕された。一方、東京都板橋区では寮の管理人夫婦が高校一年の長男に殺害された。
これらの犯罪の多くに、「身近な者を狙う」「ネットで犯行を誇示」などの共通点が見られるが、それですべてをくくることはできない。個々の事件により、動機も背景も異なる。あえて共通点をあげれば、どのケースでも規範意識が極めて希薄なことだ。
米国で最近、「ゼロトレランス(毅然とした対応)」という指導が効果をあげている。学校が明確な行動規範を生徒と親に示し、破った生徒には「居残り」「親を呼び出す」「停学」などの罰則を科する教育である。文部科学省は、この制度の導入を検討している。有意義な方法であろう。
戦後日本は、学校、家庭、社会の教育環境が総じて、子供に甘くなってきたように思える。
やはり、小さいころから、一番近くにいる先生、親、近所の大人たちが「駄目なものは駄目だ」と叱り、きちんとしつける基本的な教育が大切なのである。
「ゼロトレランス」 文科省もいよいよ本腰を入れ始めたか?
http://blogs.yahoo.co.jp/akr0515/16825423.html
「ゼロトレランス」 女王の教室
http://blogs.yahoo.co.jp/akr0515/17033850.html
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私も貴方のご意見に賛同します。当たり前の事を親が子に言えなくなっている今の世の中、まずは親の子に対する姿勢を改めなければならないと感じます。自分の子です。良くも悪くも全ての責任は親が負うものと考えます。学校の先生にしつけをしてもらうと言うのはその子に対する親の義務放棄に等しいと思います。
2005/11/17(木) 午後 8:40 [ - ]
私もだらだらさせないで、きちんと折り目をつける教育が必要だと思います。今の教育はきちんとした原則を教えず、へんに個性尊重などと言っています。原則の上に立たないものは、個性でなく悪癖と言えるでしょう。ご意見に賛成です。
2005/12/14(水) 午後 8:32 [ kim**3hiro ]
コメントありがとうございます。子供は悪い事は悪いと教えなければ解りません。それを教えるのがまず親です。そして、学校、地域が同調していかねばなりません。
2005/12/17(土) 午後 2:59 [ akr**15 ]
同感です!!
とにかく親がしっかりしていなければいけません。どうしていいかオロオロしていたら状況はより悪くなるのは当然です。
2014/9/5(金) 午前 10:51