歴史の「真実」と「教育」

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神道

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日本人なら知っておきたい神道
  神道から日本の歴史を読む方法       武光誠 著  河出書房新社


神道とは何か−
1章 ”神の国”はいかに誕生し、根づいてきたか

  神道が支えた戦後日本の成長

  ●日本の高い技術力の根底にあるもの

 神道は生命の尊重のうえにつくられた宗教である。

 それゆえ神道は、「生命のあるものを生み出し、つくり出す」ことをあらわす「産霊むすひ」という行為を最大の善行とするものである。この「生命あるもの」とは、人間や動物だけをさすものではなく、人間がつくりだしたさまざまな品物をも含む概念である。

 日本人は、「画家が生命をふきこんだ名画」「職人が精魂を込めてつくり上げた道具」といったものに生命が宿ると考えてきた。そのため、近年までの日本人は、さまざまな品物を大切に扱った。

 これらの、ものをつくり出すことを重んじる発想が、今日の日本の工業社会を生み出した。日本の企業がよい工業製品を生み出すことを自分たちの使命と考えたことによって、日本は輸出大国になった。

 ゆえに世界中が、日本の「ものづくり」の技術の高さを評価している。このように考えると、戦後の日本の復興とめざましい成長とが、日本人の心の底にある「産霊」の考えにもとづいてなされてきたことがわかる。


  ●仕事は、神と人との共働の行為

 戦後の日本の成長をささえてきた企業人の多くは、神々をまつり、「自分たちは日本の繁栄のために働く」と考えてきた。

 「産霊」の考えから、まわりの者の生命力を高めるために喜びを与えることも、「よき」行為とされた。そこで、日本人は、自分のまわりにいる同僚とともに楽しくすごすことがよいことだとする考えから、企業のなかにおいても家庭的なよい関係を築いた。そして、ものを生み出す「神人共働」に行為として、楽しみながら仕事に励んだのである。



  神道はどのように誕生したか

  ●神があつまる場所とは

 神社だけを神と人との交流の場だと考えるのは、正しくない。神道では神々はつねに人間の身近におり、ふだんから神の心にかなう生活をすることがたいせつなことだとされる。この発想を詠んだものに、菅原道真の作とつたえられる(おそらく、後世の人物がかれに仮託したものだろうが)次の和歌がある。

「心だにまことの道に叶いなば 折らずとても神や守らん」
(正直な人間は、あれこれ折らなくても神々の守りを受ける)

 とはいえ、信仰のために人びとがあつまる特別の場は必要である。現在、そのような場は神社という広い庭(神苑しんえん)つきの建物のかたちをとっている。

 古くは、大きな木の周辺や巨石、あるいは集落の近くの丘や山に神があつまると考えられていた。そうした場所は、祭りのとき以外には立ち入れない特別の場所とされた。

  ●玉垣が囲む聖なる空間

 こうした祭場が発展して、神社になった。そして、祭場から神社に発展するあいだに、神籬ひもろぎがつくられる段階があったとされている。現在の神籬は、野外で神を招くときに使われるが、それはもともと祭場の中心にある常緑樹のまわりに玉垣たまがきとよばれる柵をめぐらせて目印としたものであった。

 このようないきさつから、神社とは本来、人びとが神の祭りを通じてさまざまな交流を行なう場であったことがわかる。近代以前の人びとは、家で神をまつり、あちこちに出かけたおりには、神の力、つまり自然の驚異を感じるたびに、その場で神を祭った。巨木や巨石をみるたびに、かれらは頭を下げたのである。

 そして、7世紀はじめ(飛鳥時代)に大がかりな寺院がつくられるようになったのちに、神籬がおかれた地に、巨大な神殿がつくられるようになった。



  <次回は、祭りはいつ始まったのか>

日本人なら知っておきたい神道
  神道から日本の歴史を読む方法       武光誠 著  河出書房新社


神道とは何か−
1章 ”神の国”はいかに誕生し、根づいてきたか

  神はどのように誕生したか

  ●アシの芽に神を感じた古代人

 私たちは『古事記』や『日本書紀』の記事の中から天皇支配を正当化する古代の国家主義的発想や外来の思想をとり除くことによって、神道の本質を知ることができる。

 日本神話のなかかの、皇室の祖先神(そせんしん)である天照大神(あまてらすおおみかみ)があらわれるより前の部分に、そのような神道の原型がみられる。それは、きわめて古い時代の原始的な段階の日本人の望みをそのままあらわすものである。

 そこには、天地の区別も明暗の区別もわからない混沌のなかからアシの芽(葦芽[葦牙]あしかび)のように勢いよく萌え出た(種子から芽が出るように出現した)ものが最初の神、可美葦牙彦舅尊(うましあしかびひこじのみこと)(以下、神名は『日本書紀』の表記による)になったとする記事がある。また、「造化三神(ぞうかさんしん)」とよばれる最初にあらわれた神は、天御中主尊(あめのみなかぬしみこと)(天の中心となる神)と高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)、神皇産霊尊(かみむすひのみこと)の三柱(みはしら)(柱とは、神を数える単位)であったとも記されている。

  ●生命力を重視する「産霊」の思想とは

 「産霊(むすひ)」とは、今日の「縁結び」の概念につらなる、新たな生命を生むことをさす言葉である。生命のないところから萌えでたものが神であり、生き物を生み出すことをつかさどるものが神であった。もっとも古いかたちの神道では、生命力を神格化したものが尊い神とされていたありさまがわかってくる。


  神道の”原点”が見えてきた

  ●人間の誕生と日本国の形成

 日本神話は造化三神(ぞうかさんしん)からはじまるものと、可美葦牙彦舅尊からはじまるものと、国常立尊(くにのとこたちのみこと)以下の神世七代(かみよななよ)からはじまるものとの三系統の創生神話を併せ記していた。そして、皇室につらなる伊奘諾尊(いざなぎのみこと)と伊奘冉尊(いざなみのみこと)の夫婦の神は、神世七代の終わりにおかれた。

 この二柱(ふたはしら)の神は、相手を生殖にさそう(いざなう)ことを意味する名前をもつ神である。そして、かれらが生殖によって日本列島を構成する島々や山の神、海の神などの多くの神、さらに人間たちを生み出したとされる。

 こうしたことは、古代人が神の最も重要な役割は、生命のあるものを生み出すこと(産霊(むすひ))にあると考えていたことをしめしている。それゆえ今日の私たちも、子孫の繁栄、健康、豊作、商売繁盛など、生命の増進や生活の向上につながる現実的な願いを神々に祈るのである。

  ●古代人が考えた「膳」と「悪」とは

 自己の哲学的思索を深めるために、日本の神について記された文献を読んだり神社に参拝する者は、現代にはほとんどいない。

 古代人は生成のはたらきにかなうものがすべて善であり、生命の繁栄を阻害するものが悪であると考えていた。古代日本語の「よし」「あし」は、道徳的善悪もしくは哲学的善悪をあらわすものではない。生命力に満ちた楽しい生活をもたらすものが「よし」とされたのだ。

 近年までの日本のあり方は、「タテ社会」などといわれた。それは、地域(村落)、企業(会社)、家庭(家)の構成員が指導者(村長、社長、家長)を批判せず、上の者の教えに従って行動するのが善だとされてきたからだ。これは、「指導者はみんなが楽しく生きる世界を実現するために働いている」という上の者にたいする絶対的な信頼の上に立つ考えだ。つまり、」神道の理想は、すべての人間が明るくすごし、生きとし生けるものすべてが繁栄することにあり、その方向には人びとを導くものが、日本では尊敬されてきたのである。

  <神道は道徳的でも哲学的でもない。生命力に満ちた楽しい生活をもたらすもの−生命の基本>

  <次回は、神道が支えた戦後日本の成長>

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日本人なら知っておきたい神道
  神道から日本の歴史を読む方法       武光誠 著  河出書房新社


神道とは何か−
1章 ”神の国”はいかに誕生し、根づいてきたか

  神道はいつ現れるか

  ●神は霊魂なのか

 近代以前の神道を解釈した書物には、「神は聖人である」とか「人の中に神がいる」「正直者の霊が神としてまつられる」「祖先が神である」といった解説がみられる。

 こういったさまざまなものを総合していくと、
「あらゆるものの霊魂が神である」
 という考えにいきつく。人間も動物も、山や川、あるいは雨や風といった自然現象も、霊魂をもっている。この霊魂は、本来は清らかなものである。そして、人間がなんらかの霊をまつったときに、それは神になる。

 応神天皇は各地で八幡神としてまつられているが、すべての天皇が広い地域で崇拝されていたわけではない。このことは、それをまつる者が神をつくるありさまを物語るものだ。

 日本人は、自分が不思議な力に助けられたとき、そこに神の存在を感じ、自分を守ってくれた霊魂を神としてまつってきた。


  ●神の加護はこんなところに訪れる

 「神社にお願いすると、神様はそれを叶えてくれる」
 といわれる。そこから、神道は人間に都合のよい現世利益の宗教にすぎないと批判する者もいる。

 神の助けとは、どのようなものであろうか。豊田佐吉(明治・大正期の織機(しょっき)発明家)の発明の物語(実話か創作か明らかでない)を例にあげて、これを説明してみよう。

 佐吉は「高機(たかはた)」(中京地方では「はたご」とよばれた)という手織りの機械の改良に取り組んでいたが、仕事が思うようにはかどらず、まわりの人びとからは「佐吉は仕事もせずに部屋にこもっている怠け者だ」と非難された。佐吉の理解者は、母だけだった。

 自然の美しいところへ行って気持ちを切り替えたいと思った佐吉は、ある日、海岸に凧を揚げに行った。すると、かれが手にもっていた凧が強風で吹き上げられた。このとき、かれは凧を放り捨てて家にかけもどり、大声で「おっかさん、おらのはたごができた! できた」といった。

 そして、たて糸のあいだに緯糸(よこいと)を入れる梭(ひ)をひもを用いて左右にひく装置をつけた「はたご」をつくり上げたと伝えられる。

  <イヒ!も神の加護?>

  ●神の守りとは何か

 この装置が完成したとき、もしかすると、佐吉は自分に知恵があったから、その発想が浮かんだ、と思い上がったかもしれない。

 しかし、そのとき、誰からも見向きもされない発明に苦労している佐吉を哀れんだ祖先の霊が、風の神に頼んで強風を凧にあててくれたと考えることが出来るならば、ともすればすばらしいことだ。

 そうすると、人間はさまざまなものに守られていると思い、謙虚な気持ちで生きることができる。

 神道は、神を中心とするものでなく、人間を中心とする宗教である。神を信仰する者がいるから、神は存在するのだ。

 佐吉のような大きな幸運を得なくても、たとえば、ハイキングで汗をびっしょりかき、クタクタいなりながら山頂近くまでたどり着いたとき、そこかろともなく、ふと気持ちのよい風が吹いてきた。といった経験をしたことのある人は少なくないだろう。これも、神の力によるものだと考えることができれば、こころが癒されるのではないか。

  <なるほど、考え方しだいで神はあらわれる。ものは考えようだ。謙虚な気持ちでね>


  絶えず変わり続ける神道

  ●最新の学問が神道を補強する

 神道の本質がわかりにくい理由の一つに、神道が幾度も姿を変えてきたことがあげられる。しかし、神道の核となる部分は、縄文時代以来変わらない。

 日本の歴史の発展のなかで、その核のまわりにさまざまなものが結びついて、それぞれの時代に合った神道がかたちづくられた。神道が、儒教や仏教のような外来の思想をとりりいれた事もある。

 また、あるときには神道が、その時代の国家主義、国粋主義と結びついた。
 7世紀に神道は、朝廷の古代国家形成をめざす中央集権化の動きに利用された。そして、儒教の倫理をかりて天皇支配を正当化するかたちの神道がつくられた。は、この時代の神道思想によって書かれている。

 ついで、平安時代以後に仏教と結びついた両部(りょうぶ)神道や本地垂迹(ほんちすいじゃく)神道がつくられ、江戸時代に朱子学(しゅしがく)の思想をかりた儒家(じゅか)神道がつくられた。


  ●国家神道と軍国主義と戦後復興

 個々の神道思想は、きわめて複雑な姿をとっている。室町時代の吉田神道は儒教(朱子学などの新しい学説)、仏教、道教などの思想が混在したものであり、国学者の本居宣長(もとおりのりなが)や平田篤胤(ひらたあつたね−平田篤胤の復古(ふっこ)神道にはキリスト教的要素もみられる)が、古代国家形成期の『古事記』や『日本書紀』の記事を日本古来の信仰を伝えるとしたため、国学が明治維新の王政復古の思想根拠とされた。そして、古代の神道政治をまねた国家神道がつくられた。この国家神道が戦前、軍国主義の根拠とされたことはよく知られている。

 しかし、国学も国家神道も神道の本質を的確に伝えるものではなかった。ゆえに、終戦後、国家神道は行なわれなくなった。

 しかし、戦後にアメリカ流の民主主義を身につけはじめた日本人が、神道は軍国主義をつくり国民に大きな苦しみをもたらしたものと考えて、神の祭りを否定したわけではない。むしろ、それと反対に、多くの人びとが終戦後の貧しさのなかで神社におまいりをして、
「もとのような食べ物に事欠かない豊かな生活ができますように」
 と祈った。そして、戦後の復興をへたあとの日本でも、一部の西洋の習慣や科学的思考をとりり入れつつ、神道は発展をつづけている。


  <行き過ぎた国家神道は改めるべきだと思う。避けられない自存自衛のための戦争であっても繰り返してはならない。神道は人間の考え方である。考え方次第だ。>

  <次回は、神はどのように誕生したか>

日本人なら知っておきたい神道
  神道から日本の歴史を読む方法       武光誠 著  河出書房新社


神道とは何か−
1章 ”神の国”はいかに誕生し、根づいてきたか

  神道とは何か

  ●神道は時代を写し出す鏡

 日本の歴史は、神道の存在をぬきに語れない。日本民族がつくられてから現代まで、私たちは「八百万(やおろず)の神」とよばれる多くの神々をまつってきた。山には山の神、川には川の神がいる。

 時々の権力者は、さまざまなかたちで神道とかかわってきた。これからくわしく述べていくように、一時代の神道のあり方は、そのときの政治や文化の特徴をそのまま映し出す鏡のようなものになっている。

 これは、神道がほかの宗教(キリスト教、イスラム教、ユダヤ教など)のような聖典の記す固定された戒律で人間を縛りつけるものでないことからくるものである。神道はもともと、人間のもつ良心にたいする全面的な信頼のうえにつくられた宗教である。そして、人びとの善悪にたいする判断は、時代とともに変化する。ゆえに、神道もそれに合せてかたちを変えてきたのだ。

  <戒律で人間を縛り付けるものでない! 人間のもつ良心に対する全面的な信頼の上につくられた宗教!>


  ●神道はなぜ、神の「道」と書くのか?

 「神道」という言葉に「道(とう)」の語が含まれることは、神の教えがきわめて自由な性格をもつことをしめすものである。それは、「神教」でも「神法」でもない。日本の神様は、人間の上に立って教えを述べたり、法で人間を縛ったりしない。

 辞典をひくと「道(どう)」という言葉の意味の一つに、「人の守るべき義理。宇宙の原理。教え」というものがある(『岩波国語辞典』)。「道」のこの用法が、神道の「道」にあたる。

 神の道(教え)は、宇宙ができると同時に存在したものであり、その道は各自がそれぞれの言葉で自由に表現すべきものなのだ。神道の「道(とう)」は江戸時代にもてはやされた儒教の教えをさす「天の道」「人の道」などの「道(みち)」の語とは別のものである。

 日本人になじみ深い「茶道」「華道」「剣道」「柔道」といった言葉がある。それらは、奥深い精神世界をもつもののようでもあるが、自己流に抹茶をたてて楽しむのも「茶道」とされる。

 神道の性格もそれに似ていて、信仰を受け入れる側のありようでいかようにも変わりうる性格をもっている。

 「神道」という語は、「日本書紀」(720年に成立した奈良時代前期の歴史書)に出てくる。そこには7世紀なかばに活躍した孝徳天皇が仏法をを重んじ、神道を軽んじたとある。つまり、仏の教えは「法」で、神信仰は「道」とされたのだ。

 日本の神への信仰が「道」という語にあらわされる自由な性格をもつことは重要である。

  <神道。これが本当の自由?>


 神とは何か

  ●「上」が「神」になった

 「神」という言葉は、もともと「上(かみ)」と同じ意味の「大和(やまと)言葉」であったとされている。「大和言葉」とよばれる古代日本語の数は、今日の日本語よりはるかにすくなかった。そこで、古代人は多くの似た概念を一つの言葉であらわした。

 空も海も青くて広大だから、古代人はそれらを「あま」とよんだ。それが、7世紀に漢字で「天(あま)」「海(あま)」と書き分けられるようになった(現在ではふつうは「天(てん)」「海(うみ)」とよばれる)。

 人間の能力を超えるもの、つまり人間より上位にくる偉いものがすべて、「かみ(上・神)」と考えられたのだ。

 それゆえ、ある地方では早く駆ける狼が犬神とされ、ある地方では空を飛ぶ烏(からす)が神の使者とされた。

  <上(かみ)、人間の能力を超えるもの・・・すべて神!>


  ●なぜ日本には”八百万の神”がいるのか

 日本人は、神は人間以上の力をもつが、人びとを威圧して支配することはないと考えていた。人間も神々も平等な価値をもつ霊魂とされたのだ。

 こうした日本の神々は、自然神と人格神に分けられる。自然物である太陽の神、月の神、海の神などが前者で、祖先の霊などの亡くなった人間が神とされたのが後者である。

 3世紀から6世紀ごろにかけて、大王(おおきみ)をつとめた人間は、没後に有力な神になると考えられていたために、先王のをまつる巨大な前方後円墳がつくられた。亡くなったのちに雷の神としてまつられて天神(てんじん)様となった学問の神・菅原道真のように、自然神と人格神をかねる例も多い。

 あらゆるものが、まつられることによって神になるのが神道の世界である。


 神をあらわす古代語

  言葉        もとの意味
神         上におられる方
命(みこと)(尊) みことのり(命令)をくださる方
魂(たま)     たましい
根(ね)      霊(「ね」がなまって「れい」となった)
宿穪(すくね)  霊を宿した方(穪−字がなかった。辺は示が正しい)
別(わけ)     力のあふれた若々しい方
物(もの)     超自然的存在

  <次回は、神はいつ現れるか>

日本人なら知っておきたい神道
  神道から日本の歴史を読む方法       武光誠 著  河出書房新社


プロローグ “神道”を知らずして日本と日本人は見えてこない

  ●神道と仏教との境は?

 現代の日本では、神道と仏教が共存している。多くの人は仏式の葬儀を行なうが、かれらはそれと同時に初詣でなどの神道の行事も欠かさない。この関係は、古代日本において形成されたものだ。
6世紀のなかば、日本に仏教が伝わった。そのとき、神道とは異なる宗教にふれたことをきっかけに、日本人のあり方はしだいに変わっていくことになった。

 古代の支配層は、当初、神道と仏教との役割分担を明らかにしたうえで、仏教を学んだ。かれらは、稲の生育などの自然の恵みをもたらすのは、神のはたらきであるとした。

 そして、大陸のすすんだ技術や文明を与えてくれるのが、知識人である僧侶だと考えた。僧侶たちがもちこんだ灌漑(かんがい)、建築などの新技術も、自然のかたち、つまり、神の領域を侵さない範囲で用いられた。ゆえに、奈良時代以前の仏教は、「学問仏教」とよばれる。

 日本人は仏教伝来以前に、法隆寺五重塔のような高い建物が斑鳩(いかるが)の自然によくなじんでいるさまがわかる。

 平安時代はじめに、空海(真言宗の開祖)が、中国の密教を日本にもちこんだことによって、日本仏教のあり方は大きく変わった。密教僧が呪術を用いて、出世、病気回復などのさまざまな願いを叶えることができるとされたからである。

 これによって、自然を整えるのは神の役目で、個人的な望みを聞くのが仏の仕事だとする発想がしだいに定着していった。そして、地獄・極楽の思想が広まるにつれて、僧侶のもっとも重要な仕事は、人びとを極楽往生に導くことだとする考えがつくられていった。この流れを受けて、江戸時代に寺院が葬礼や墓地の経営を扱うようになった。 

  <神道と仏教は伝来時から共存していたのか。現在はキリスト教も共存?している。>


  ●なぜ日本人はいくつもの神にいのるのか?

 現代人は一人でいくつもの神を信仰することもめずらしくない。稲荷に商売繁盛を祈り、天神に学問上達、受験合格を願い、八幡にスポーツやギャンブルにおける勝利(八幡神は本来、武芸の神である)を頼むといった具合で、いくつかの神社を巡る者が多い。これは、人びとが神様にさまざまなご利益を求めることによるものだ。

 それゆえ、現在では信者をあつめようとして、あちこちの神社でさまざまな特色のある祭りがひらかれ、縁起物がつくられるようになった。東京の人は、鷲(おおとり)神社の酉の市に行って熊手を買えば商売繁盛の願いが叶うといい、関西の人は、西宮戎(にしのみやえびす)の十日戎の祭りに行って笹を受けてくると金儲けができると考える。このような考え方は、江戸時代から広まったものだ。

 神道では本来、生活の基本となる共同体単位の祭りが重んじられていた。農民は村落でまとまって土地の神をまつり、貴族は「氏(うじ)」とよばれる血縁集団の神である「氏神(うじがみ)」をまつった。そして、神は人びとに自然の恵みを与えるが、個人の勝手な願いは聞き届けられないものとされた。

 しかし、中世に村落を越えた広範囲の人びとの行き来がさかんになると、このかたちはしだいに崩れていった。そして、江戸時代にはあちこちで「自社には特別の事項についての御利益がある」と宣伝する神職があらわれた。

 それによって、稲荷、大黒天(だいこくてん)などの福の神をはじめとして、疫病よけの神、縁結びの神などのさまざまな神がまつられるようになった。こういったものを流行神(はやりがみ)という。

 そのため、江戸時代のなかばすぎには、人びとは、氏神、鎮守神(ちんじゅがみ)、産土神(うぶすながみ)などとよばれる自分が住む土地の神のほかに、個人的にまつる神をいくつももつようになった。

  <靖国神社でも問題になっていたが、神社も経営手腕が問われる。ということか・・・。>


  ●神道の本来の姿とは

 「自然の恵みに感謝して、自分が住む土地にあつまる多くの霊魂(神)をもてなしてまつる」というかたちが、神道の本来のあり方であった。このかたちは、多くの神をまつりながらも祭りの場を一か所にするあいまいなかたちの多神教といえるものであった。

 ところが現代人は、さまざまな御利益をもとめてあちこちの神社におもむく、明らかなかたちの多神教をとっている。このような信仰は、知らず知らずに自分本位のものに変わっているように思える。

 鎌倉に、銭洗弁天(ぜにあらいべんてん)という福の神がある。現在では、「そこでお札や小銭を洗うと、それが何倍にもふえる」といわれ、ザルに入れたお金に水をかける人が多くみられる。

 しかし、その行為は本来、「金銭にかんすることで知らず知らずに犯した罪やけがれを清める」ものであった。江戸時代以降、現世利益(げんせりやく)のみを求めて神社に参詣(さんけい)する人びとがふえたことによって、神事の本来の意味からかけ離れてしまったのである。

 これから述べる神道の歴史やその本来の意味を知るなかで、勝手な御利益の追求ではない、自然と人間とを大切にする本来の神道のこころを知ってほしい。

  <次回は、1章 ”神の国”はいかに誕生し、根づいてきたか・・・お楽しみに!>

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