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かつて、インターネットが爆発的に普及し始めたとき
やがて国境はなくなり、人々が直接つながることで真の民主主義と人類意識が誕生するだろう。
と、楽観的に考えられた時代があった。
しかし、誰でも欲しい情報に簡単にアクセスできるようになったNETは
国境どころか、もっと細分化された閉鎖空間に個人を閉じ込める役割を果たすことになった。
NET空間は、昔の井戸端会議に似ている。
が、地域の井戸端会議と同じように、真も偽も入り混じった情報が交換される空間でありながら
近隣同士のように「気に食わない人間」や「意に沿わない意見」とも向き合わなければならないわずらわしさがないのがNET空間だ。
そこでは、自分が知りたいと思う情報だけにアクセスして安心していることが可能であり、同じような傾向を持った相手とだけ「会話」していれば済む。
それも「文字」だけの会話だから、相手が男性なのか女性なのか、若いのか年寄りなのか、いや、ヘタすれば人間なのかすらわかってはいない。
ただ勝手に自分が想像した「相手像」と、打ち込まれた「文字」のみをやりとりしているにすぎない。
そして手に入る情報だけが(手に入らない=というよりアクセスしたくない情報のない世界が)世界である・・・と認識して精神の安定を保っていられる。
そこにだけ安住していれば、実に心地良い空間なのだ。
ほぼ究極の閉鎖空間と言っていい。
ところがその閉鎖空間には
建物などの「閉鎖空間」とは違って完全な解放状態にあり、
プライバシーなどは存在しない。
NETという閉鎖空間の心地よさにどっぷりと浸かってしまっている者は、そのことをほぼ意識していない。
SNSなどへのバカ動画のUPなどは、それを端的に現している。
世界中のNET環境のある地域の人々が、この小さな閉鎖空間に閉じこもってしまったのが、現代という時代なのかもしれない。
NETはむしろ、
民主主義を破壊し、人類意識を崩壊させるような方向に人々を向かわせてはいまいか?
なんだか、バベルの塔の寓話が現代において現実になりつつあるような気がしてしまうのは
おいらの思い過ごしだろうか?
実は、NETなどない過去にもこういう空間に住んでいた少数の人々がいた。
王族、貴族
である。
自分の目の届く範囲にだけ
気に入った者のみを近づけ、気に入らない者は遠ざけ、
聞きたい話だけを聞き、聞きたくないことには耳を塞いでいても
誰も文句を言わない。
権力が大きければ大きいほど、まわりはイエスマンばかりになる。
心地良い空間であろう。
そのくせ、その日常生活や好みはすべて、その「心地良さ」を支えている使用人や下人の知るところであり、プライバシーなど存在しないに等しい。
そういう場所にいたから
彼女の口からは
「ご飯がなければケーキを食べれば?」
という言葉が、ごく自然に出てきたのだろう。
おそらく、その頭部が胴体と切り離される瞬間まで
彼女は、自分がどうしてそんなハメに陥ったのか、理解できなかったであろう。
さて、
NETの閉鎖空間に住む現代人は
はたして
自分の行く末を理解できるだろうか?
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■時にシリアス!
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難しい事はよくわからない。
真偽の沙汰も私にはわからない。
でも・・・、
小保方さん、頑張れ〜〜〜!
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今日は、自宅で確定申告の準備をしてます。
窓から射してくる光が異様だったので、
カーテンをめくって、外を見てみました。 リアルタイムでのUPです。
異様で、怖いです!!!
いいの? これ!
光や空気の色まで変わってしまって・・・・。
映画みたいです。
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