日々つれずれの日記

80歳を過ぎれば、これから先はおまけーおまけも あと 少なくなった

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

老妻の介護は年中無休

              9月7日は独立宣言の日 国家の祭日、だが老妻の介護は年中無休である。


              明日の朝はマーラさんが介護に来ることに成って居る。処でフェーラリーブレ


              青空市場はこれまた祭日であろうが休む事がないのである。昔からそうである。


              スーパーも半日は開けている。交通機関は全て平常通りである。我家は老妻を


              中心に毎日が過ぎて行く。


              現在12時27分日付けが7日に変わった。入浴をしてこうして日記を書いて


              いる。 湯冷めをしないうちにベッドにもぐりこもうと思っている。


              隣の部屋は老妻の部屋、静かに眠っている様だ。介護員のローゼさんも仮寝を


              しているのだろう。ここしばらく晴天が続いているが今夜あたりの空模様から


              近い内に雨の天気となりそうだ。

続きの続き、、、

              なんだか可笑しなタイトルになった。しかし話は続きなのである。


              今日は朝から頭がふらついている。少々鼻つまりの状態であるから話の続きが


              滅茶苦茶だ。なにしろ何時も思いつくままこの日記をかくものだからこうなる。


              サン。パウロは気候の変わり目?でと言っても日本の様ではなくだらだらした


              気候で年中半袖のシャツ一枚で過ごしているものも居る。寒い日には振るって


              おる。私はと言うと年中下着の長袖、股引?はもとより靴下も欠かせない哀れ


              な老人である。元来冷え性なものだから少しの寒さが堪えるのである。


              肝心の?一昨日の話の続きが横道に逸れた。


              初期の日本人移民の中にも言葉を覚えた人は街に出て商業に転じたが苦労は同


              じ、ジャガイモ農業が一応軌道に乗った?処で高知県人の若者の中に組合運動


              を熱心に説いて回り、それが右折っ曲解して10数年後南米一の組合となった。


              組合創立30周年には時の連邦政府の濃霧大臣を招いて農産品展も開いた。


              牛一頭分の肉をシュラスコにしてふるまった。盛大なものである。今日日系人


              が農業分野に進出してブラジル人の食生活を豊かにした功績はブラジル人が認


              めるところである。今日日系人があらゆる分野で活躍している事も100年を


              過ぎた日本人移民の歴史からして一応の評価があってしかるべきではないか?

昨日の続きの続き

              思いつくままに話しているのですが、食鶏処理場とSIFとのトラブルは結局操業停止

              は一日で済んだ。その後である。現場監督官は罷免され、SP州のSIF総監も左遷と

              なり、当処理場現場監督は以前ここに常駐した事があるジョゼ イカロさんが来た。

              彼とはよく知っていてその後の話は充分にすることが出来た。私が摂った救急の処置は

              理事会でもある程度評価されたものと受け取っている。


              ところで話がそれるが、日本人とは?とまたもや考える様になった。この組合は初期に

              奥地ファゼンダで契約期間が終わり、自由となった移民たちから始まる。まず青年が独

              立するに資金も無く土地も無く文字通り肌一貫、伝手を求めてSP近郊にやって来た、

              カトリックの教会の土地があって放置されたままが有る事聞き借りる話を教会の神父と

              話した処貸してくれることが出来た。何もない荒地、耕作出来るまでの苦労話は山ほど

              あると後の組合創立のメンバーの一人が話してくれた。数年の後わずかなジャガイモの

              種を手に入れたが肥料もその頃ブラジルでは無くあるものは牛糞位のものであったがそ
           
              れすら手に入らなかった。そうした中家族で奥地から出て来た人達も増え小さな集団地

              が出来たのである。後にこうした人達が共同で農業を営むようになりやがて共同事業が

              個人でやるより農業経営が良い事が解って来たのである。組合創立は1920年代初め

              ころであった。所が問題が起こった。販売で或る。言葉の不自由もあって商人の言いな

              りに買い叩かれて泣きべそを搔いていた。  續きはまた明後日、、、

昨日の続きです、、、

              こんな話を書き続けているのだが、さて読んでいただいている方々余り興味のある話


              なのかどうか解らないのであります。兎に角続ける以外に無いのであります。


              組合に30年勤めたと言ってもそりゃー色んな事がありました。SIFの検査官との


              間で施設の事であれこれと改善せよと文書で持って言われていましたがこちらにして


              見れば一応担当理事に報告して許可が降りないと何も出来ないのですから、送れると


              期限を付けられるものだからSIFから最後通告を突き付けられるといよいよ困るの


              訳です。そんなことがあって、どんな会議であったか忘れましたが終わって帰って来


             ましたら従業員が出入りするドアに出入り禁止の張り紙がしてある誰がと見るとSIF


             です。これには困りました。明日組合員が出荷してくる生鶏が前もってpログラムして


             あるものですから突然言われても、組合員に事情を説明するのに大変です。止む追えず


             非常口から従業員を入れてその日の作業、日程を終える事が出来ましたが明日も同じく


             と言う訳には行きません。夜明日出荷が予定されている地域の役員宅を訪れ事情を説明


             何とか納得してもらい。その後役員宅でウイスキーを飲んで真夜中酔っぱらって帰りで


             途中車の中で眠っていると道路警察官が不振に思ったのでしょうどうしたか尋ねました


             眠くて寝ていると告げると無理をするなよと言って行ってしまいました。


             家には帰らず直接処理場に行くと現場監督官の上司がいてすごい剣幕で張り紙が目につ


             かんのか?と言う訳です。結局その日は操業できません。私は担当理事に報告、裁断を


             待つほかありません。   続く

一昨日の続き

             SIF セルヴィソ インスぺソン フェデラル 連邦政府 農務省に畜産物、加工品

             を検査する,又 施設の衛生管理、など主に食肉加工品、酪農加工品 など衛生管理の

             監督、指導。食鶏処理場でも常時連邦政府の監督官が常駐している。一つ一つSIFの

             マークがある包装で市場にでる。このマークが無いと他州へも輸送出来ないし輸出も出

             きない、販売も出来ないのである。この他州内つまり州政府のDIPは州内のみである

             例えば鶏卵などもSIFでなければ他州、輸出もできない。この様なシステムはアメリ

             カをモデルにしたものである。


             組合員はサン。パウロ州だけではない他州にも組合員がいる。鶏卵の場合州から州へと

             輸送される場合SIFが無いと輸送できない。従って州の集荷所に検査官を置く必要が

             あって各地に設置した事で直送が出来るようにした。当初は国内の電話事情が悪く苦労

             した。良くなったのはテレビの普及で全国に電波網が出来てからだ。


             食鶏の消費が徐々に増えて処理施設の拡張が出て来た。2万羽位の施設、と言っても従

             業員を倍に増やす訳には行かない。工程内、ラインで自動化を計らねばならない問題が

             出て来た。


             一番肝心な事と言えば当然販売である。私は理事会の会議で何度も販売網について説明

             して来たのであるが、輸送車、販売員、それが他州に及ぶとなると費用は大変な金額に

             なるために理議会はその都度難色を示してきた。此のことは後に成って販売への投資を

             控えた為に急激に組合員の生産が増えその販売に問題が出て来たのである。


             輸出が考えられたのは中近東だが政情が不安定なため中々思うようには行かないのであ

             る。ベイルートあたりから買いに来たが金額的にへだたりがあって商談成立に時間がか
             
             かった。香港辺りからの話もあったが部分肉だけで値段も安く引き合わずダメだった。


              また明日に続く、、、、。


.
aku*ga*8
aku*ga*8
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

最新の画像つき記事一覧

標準グループ

Yahoo!からのお知らせ

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事