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 第145話 大量虐殺を招いたナチスドイツの有機農業

 正月明けの図書館で「ナチス・ドイツの有機農業」(著者 藤原辰史 柏書房)を見て、その副題<「自然との共生」が生んだ「民族の絶滅」>が気になったので、その本を借りて読みました。

 著者の藤原辰史氏は1976年生れ 京都大学卒の若い研究者です。

 正直言って、私はナチスやヒトラーはアウシュビッツでのユダヤ人大量虐殺のことしか知りませんでした。ナチスの農業政策など全く知りませんでした。

 そのような私には、この書の内容はいささかショッキングでした。有機農業が大量虐殺の凶器になったなど全く予想外のことでした。

 ヨーロッパ大陸の諸国が作物栽培と家畜飼育が有機的に結びついた有畜農業を基本とするのに対して、ドイツでは、軽土と呼ばれる砂混じりで粘着度が低く保水力の弱い土壌が国土の三分の二を占めていましたので、化学肥料に多くを依存していました。

 そしてドイツではその時期(1920年代)化学肥料投与で地力を維持する農業は既に限界に達して、土壌の酸性化、土壌構造破壊による保水力の低下、病害虫の大発生に悩まされていました。

 ドイツにおける有機農法の先駆者はシュタイナーとハワードです。

 1924年シュタイナーは、化学肥料は土壌を荒廃させるので、施用してはならないと説き、植物性廃棄物を堆肥化して肥沃な土壌を復活させることを提唱しました。また大型農業機械は農民と土地との共感を阻害するものとして使用しないように説き、古くからの伝統的な手作業こそ農民の素朴な感性を維持するものとして伝承文化とともに、継承することを薦めました。この農法はのちにBD農法(バイオダイナミック農法)と呼ばれます。
 
 ハワードは1925年インド中部のインドールにて農業研究所を設立、有機廃棄物を完全利用する「インドール方式」と呼ばれる農法を考案しました。

 インドール方式は、土、藁、家畜の糞尿、植物性廃棄物などを腐熟させ、何度か切り返してできた堆肥を農地に施用し、土壌中に腐植を充満させることで、団粒構造を形成するとともに、土壌中の微生物やミミズの活動を活発化させ、地力を増進させるというものでした。

 シュタイナーもハワードも、化学肥料の代わりに堆肥などの有機肥料の投与を薦めることは、同じです。その違いはシュタイナーが土壌、植物、動物、人間の循環システムを宇宙や惑星からの作用で説明するという神秘主義的な農法であるのに対して、ハワードは土壌、植物、動物、人間の「生物圏平等主義」を唱え、自然の摂理に人間も従うという分かりやすさがありました。

 それではこのような有機農業がどのようにしてナチと接近し、取り込まれていったのでしょうか?

 1927年農業恐慌(農産物暴落)で自信を失った農民に対して、ナチ党は1930年農業綱領を発表し、農民はドイツの血の源泉であると訴えています。それは単に食糧生産の担い手であるとか兵士の供給源であるとかの評価ではなく、人種主義的な意義付けがなされています。

 ナチが有機農業を通じて農民を支持基盤に取り込むことができたのは、リヒャルト・ヴァルター・ダレーが1933年ナチ政権下の食糧・農業大臣に就任したことが契機です。

 ダレーは1、1930年代のソ連のスターリンの農業集団化(富農絶滅、コルホーズ建設)やアメリカの大旱魃・砂漠化(大規模機械化農業の破たん)を通して、化学肥料と大型トラクターが農村農地に何をもたらすかを見ていました。

 ダレーの論文「略奪農法が荒野をつくる」の「耕地は鉱物の混合物とみなされ、作物栄養の謎は、化学実験で解かれると思われている。・・・農業生産力の増大は土壌からの略奪だとみられていないのだ。・・・耕地の表土は死んだ物質ではなく、徹頭徹尾、生きたものでしかないからである。耕地の表土は、土壌生物の絡み合った多様性および生命共同体なのである。・・・」はエコロジストそのものです。

 ダレーは大臣任命直後の9月に「帝国世襲農場法」を公布しました。

 「世襲農場法」は、衣食住に困らない程度の農地面積(扶養可能面積)から原則として125haまでの土地を有する農場を「世襲農場」と呼び、その所有者を「農民(バウアー)」と呼びます。その農場はひとりが相続し、分割相続は認められません。。「農民(バウアー)」はドイツ人か同種の血を保有するものでなければなりません。「農民」は一部税金の免除、飼料割り当て、補助金の優遇があります。また土地の売買や抵当は禁止され、農地は強制執行から守られています。
扶養可能面積以下や125ha以上の農業経営者は原則「営農家」と呼ばれ、「農民」のような保護はありません。

 ダレーは同時にユダヤ人に対して強烈な差別的感情を抱いていました。
「ユダヤ人の種の法則は、健全で種の異なる人種に吸いつく寄生虫根性であり、吸いつくした民族からまた別の健康な民族へと漂う漂流民族である・・・・」

 ルードルフ・ヘス(総統代理)もまた有機農業(BD農法)の支持者でした。彼が「BD農法を、その民衆の健康と農業政策の意義ゆえに保護する」と表明したことが、ダレーのBD農法への接近を強めました。

 ドイツのポーランド侵攻(1939年)までにナチとBD農法の接近がどのように進んで行き、ついにはナチの大量虐殺に手を貸す結果になったかは、次回に、述べさせていただきます。
 

 

 



 

閉じる コメント(3)

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次回に期待しますが、ロケットのV2への利用・核物理学の原爆への応用と那智は目のつけ所がいいのですが、化学肥料等がこの時代から批判していたことは意外です。この有機農業も那智のしたこととして一顧だにされなかったのでしょうかネ。

2010/1/27(水) 午前 5:50 でんちゃん

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次回に期待しています!

2010/1/27(水) 午前 7:58 oansb

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でんちゃんさん oansbさん コメントありがとうございます。
近日中に更新いたします。ちょっとお待ちください。

2010/1/28(木) 午後 11:50 [ aku*ins*o*ki*005 ]

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