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ブログ始めました!

令和元年に思う

平成最後の日に近くに住む長女の家族4人と遠方から帰ってきた次女の家族3人と食事を共にして、一緒に過ごす時間を持つことが出来ました。

この御代が代わる前日に、私はとても幸せな時間の過ごせることに感謝しました。

今日はひとり令和元年を迎え、日本の国書、万葉集から引用の麗しい元号に、改めて、教科書では教えて貰えなかった古来日本の「国体」の有り難さに胸が詰まりました。

平成は災害に見舞われただけではなく、私にとっては訳の解らない時代でした。
特にアメリカは大東亜戦争で原爆を落としただけでなく、その後は戦争をしまくり、国を潰したりやりたい放題の恐ろしい国と感じていました。

アメリカは国家的犯罪を起こし続けていると思いましたが私と同じ考えの人は身近にいませんでした。

ただ、どうして日本はアメリカに追随して息子のブッシュに加担したり、ヒドイ規制緩和でワーキングプアを作ったり、郵政民営化なんて、とんでもないことをやり、そんな無茶苦茶なことが平成の最後まで続いた現実に、正気を失っているという危機感しかありませんでした。

御代が代わったからと言ってそんな現実が変わる訳ではありません。

しかしながら私は改めて、日本に存在する元号に心から感謝しました。

平成は終ったのです。身に味わった平成の悪夢から、真実の歴史に学び令和に覚醒することが出来るのです。

「天皇ばんざい」の本当の意味を今日は深く噛みしめたいと思いました。

ブログの終了に寄せて

毎年、季節の変わりめ3月頃に咽の調子が悪くなる。今年は花粉が多いとの情報、30年以上のお付き合いをしている花粉症は初期のひどい症状を除いて久しく難なくしのげてきた。

ところが、今回は目が痒いとか咽のイガイガを感じた直後、突然声が出なくなってしまった。

曾て国産の材木産業が赤字になり廃れた。その後に環境保護団体が自然保護と称して、人工樹林の伐採を阻止し、放置されたままになった杉や桧木が、大量の花粉を出す結果になったと聞く。

そんな訳のわからない理由で、何でもかんでもが、日本国民のためにならない方向へ進み、変な情報がまかり通り、私は少し長生きしているから、どんどん変なことがどうして日本社会に蔓延り、日本人を侵食して来るのかなと思う。

最近は先の第二次世界対戦が、アメリカに仕掛けられたもので、日本の自衛戦争、白人の人種差別による植民地政策から有色人種のアジアを守る唯一独立国の日本が白人に立ち向かった戦いだったとの理解を得ることができる。

学生時代に教わったことが、大切なことばかりが、全てに近いほど作り話だと言うことを最近になって理解するほどに、戦後、私達に教え込まれてきた日本の歴史が全く違うものであったという悲痛な心の痛み。
戦後70数年に、どうして反日日本人や在日日本人、本来の日本人ではなくなってしまっている人達が増加したのか?その答えを理解出来たとしても、危機を回避することは出来ない。
自分が日本人であると思うなら、本当の世界、歴史の真実を知らなければいけないのだろう。

なぜ、ブログが終了するのかは、知りませんが、ビックリしました。

大晦日に

平成最後の年となった。
私は昭和、平成、新元号と3時代を生きることになる。戦争を知らない団塊世代だが、子供時代はまわりの大人達からたくさん戦争体験の話を聴いた。
それにつけても、平成天皇の戦争のない御世に安堵するお言葉は、感慨無量だった。
私は昭和生まれだから昭和に強烈な印象を持っているが、平成の実感は薄くても、阪神淡路、東北大震災が起きて深刻な原発事故。各地にも多くの自然災害。急速なネット社会や不寛容社会。ますますの格差社会に少子高齢者化など災害を含めさまざまな問題を抱えた時代だった。
それでも、個人的には毎日の生活を振り返ると低所得者の私でも昔に比べれば比較にならないほど豊かな暮らしをしていると実感する。
それだからか暮れの悩み事は年賀状。毎年宛名書きするのが苦痛で仕方ない。20数枚なのに。しかし止める気はさらさらない。
何故なら身内以外のほとんどは何十年来からの年賀状で、年に一度の便りになるからで。
今年は初めて郵便局で印刷して貰い、文字どおり宛名書きだけだから、早く出す積もりだった。
12月中旬に末娘が結婚式を挙げたことがあったとしても、宛名書きする時間は充分あったのに、年賀状を思うと苦痛が増すばかりだった。いよいよ追い詰められた気持ちの大晦日の今日、やっと重い腰をあげて、宛名書き、年賀状をポストに投函してきた。
何故に年賀状で年ごとに苦痛が増すのか、本当のところ自分でもよくわからないのですが。何故でしょう。

卒業45年目の同窓会

お世話になった先生の墓参りもあり、暫くぶりで大学の同窓会に出席しました。

同窓会場所のペンションからは富士山が見える絶景のはずでしたが生憎の雨で霞みか雲か?に覆われて全くその姿を眺めることが出来ず残念でした。

美大彫刻科専攻だった私たちは制作も4年間同じアトリエで過ごしたので、今思い返すと同じ釜の飯を食ったような仲間でした。

1回生入学時25名。卒業したのは20名。45年間のあいだに5名が亡くなりました。そして今回出席したのは8名です。

25名の出身地はとは言えば北は北海道、南は九州までと全国から集まって来た若者たちでした。

今回、私は遠方からの出席になるので、体力的に帰宅してから大丈夫かなと気がかりでした。でも今回が最後と思って出かけました。

実際に出席してみると出席者はみんな良い顔をしていました。そして昔と変わらず、アトリエの屋根に登ったとか訳のわからない楽しい会話に女性陣2人は男性陣の学生時代の無茶修業?の話を聞かされて学生時代にタイムスリップしていました。

お墓参りを終えて別れるときに、今回が最後のような話だったのが次は5年後とか?聞いて、元気で生きてるかわからないから3年後にとか変更したり(笑)
以前、還暦の時が最後になるだろと言ってた幹事の言葉は常に、更新されるようでした。
なんて暑いんでしょう!
なんて暑いんでしょう!

エアコン苦手な私でも
夜も昼もつけっぱなし

毎年、こんな猛暑は続くのかしら
恐ろしい

加齢で鈍くなってる筈な体感温度
なのに
なんと暑いんでしょう!
なんと暑いんでしょう!

首を冷すビニール袋の数個の氷は通勤途中で直ぐ溶けた

今後は酷暑の夏を乗りきる知恵が生涯学習思う自分の命を守る大切な課題となるのかしら

それにしても
なんて暑い夏なんでしょう!
なんて暑い夏なんでしょう!

熱中症には気をつけましょう!

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