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サボテンの生えた道を進むと、古代都市「テオティワカン」に着く。
入り口近くの、トトナカ族の「ボラド−レス」達を右手に見て、
20平方Kmという敷地に入ると、「死者の道」が開けている。
「死者の道」は、南北に4km、幅45mで、真北から15゜30’東に振れていて、
春分と秋分の日に太陽が「太陽のピラミッド」の上を通過し「死者の道」を直角に横切る。
また、20m毎に段差があり、当時は貯水池であった。とも考えられている。
両サイドの基壇の上には貴族たちの家が立ち並び、極彩色の絵が描かれ、
職業別の居住区も定められていた。
写真は、「月のピラミッド」近くの基壇に描かれていた、ジャガ-
ケッツアル・コアトルの神殿
遺跡群の入り口に最も近い、「死者の道」の 南の端に位置し、AD200年頃完成。
後、「ピラミッド」に埋もれていた為、最も保存状態が良いと云われる。
神殿は高さ22mのタル−・タブレロ様式で、
一辺45m、高さ7mの城砦に囲まれている。
現在、まだ発掘が行われているようで、
第一回目のツア-の時のように、接近出来なかった。
神殿には、雨の女神、トラロックと、
水と農耕の神で羽毛ある蛇、「ケッツアルコアトル」とが祭られ、
彩色されていた。
農耕の神は、白顔、碧眼に黒髭を蓄えていたとされる「外国人風」で、
政争に破れ、土地を去る時に、
52年に一度の1の葦(セアカトル)の日に戻って来る。という言葉が、
1519年、スペインの侵略者、エルナン・コルテスの到着と
一致した為に、アステカ族の滅亡の原因にもなった。
前の基壇から手を叩くと、「ケッツアル鳥」の鳴き声に似た木霊が返ってくるように
設計されていて、広場の隅の人にも声が通るように設計されている。
(これは、 「テオティワカン」の影響があった、「クエルナバカ」の
「ソチカルコ」(←クリック)でも同様の現象が見られる。

(めがね顔の「トラロック」、羽毛のある蛇、法螺貝の図柄が見られる。)
太陽のピラミッド(世界三大ピラミッドのひとつ)
太陽のピラミッドの基部は、216x228、高さ65mで、248段。
※4層からなる世界の3大ピラミッドのひとつで、唯一登れるピラミッドで、
AD150年頃完成したといわれる。
※ 本来は4層だが、メキシコ・オリンピックに向けた突貫復元で、5層となった。

ピラミッドの基部は日干し煉瓦で、 防水、接着作用のある「ノパ−ル・サボテン」、砂、水等を使用。
(高地な上に急な階段を上まで駆け上っている2人には驚いた。
躓いたら、下まで止まるところはない。
上りは右から、下りは反対方向からの一方通行。)
月のピラミッド

太陽のピラミッドからみた、月のピラミッド。
逆からみた景色は抜群だそうだが、
前回登らなかった太陽を征服した後は、流石に月もという気力が失せた。
「月のピラミッド」は、「死者の道」の突き当たり、北に位置する。
サイズは、 140mx150mx(高さ)47m
ピラミッドの前には、 水の神、「チャルチウトリクエ」の像が
あったが、現在は国立博物館所蔵となっている。
両ピラミッドは1km離れ、13mほど【月】の方が高台なので、
【太陽のピラミッド】と粗同じ高さに見える。そうだ。
ケッツアル・パパロトルの宮殿

「ケッツアル・パパロトルの宮殿」には彩色された、頭はケッツアル鳥で、胴は蝶の聖獣の柱がある。
丸い窪みには、テオティワカンの特産物である、黒曜石が象嵌。
ジャガ-の宮殿

夏至を象徴する、法螺貝を吹くジャガ−。
下は、人間の言葉を理解するとされた、オウム。

彩色は、石灰を上塗りして、 赤は今でも布の染料に使われる、サボテンに付く虫で
カイガラムシの一種、 「コチニ−ジャ。
オレンジは「マリ−ゴ−ルド」からと天然の塗料でされた。
千数百年という年月を経て、未だに鮮やかな色彩があちこちに残っているのは凄い。
当時は正に壮麗、華麗な都市で目を見張る程であったのだろう。
最後に・・・・
●死者は、迷わずに、川を渡ってあの世に行く為に
道案内の、犬、鷲と共に葬られた。
●また、ピラミッドは52年毎に、新しいカレンダ-となり、過去を忘れ再生の為、
新しく同じ物をピラミッドの上に建て替える。という習慣があった。
●北は縁起が悪い。
というガイドの説明が、なぜか東洋風で面白かった。
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