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ラストヴォロフ事件

ラストヴォロフ事件は日本の外務省などを舞台に繰り広げられた
【戦後最大のスパイ事件】として有名で、松本清張の【日本の黒い霧】に収められている。
 
 
(引用 )
 同書を「深層海流」と対照してみると、削除個所が「赤い広場」の丸移しだ
った。また、村井順に関する記述のほとんどが同書のパクリだった。
 が、その反対に、「深層海流」は「赤い広場」が暴きだしたソ連のスパイ活
動については、黙殺している。それは、松本清張が共産党シンパであることと
無関係ではあるまい。たとえば、日暮信則について……。
 日暮信則は、当時、外務省から内閣調査室情報部海外第一斑(対ソ情報)に出
向し、村井順の下で働いていた。外務省では欧米局第五課課長補佐。"私信"を
公開し、村井の足を引っ張った曽根明の側近だった。
 話は、'45年8月まで遡る。
 終戦直後、モスクワでは、佐藤尚武大使など大使館員やその家族60余名と、
朝日、毎日、共同の3特派員が、大使館内に軟禁されるという事件があった。
このとき、東京外大ロシア語学科出身者が集まって「新日本会」という会がで
きた。中心となったのは5人。「赤い広場」によると、それは、
<毎日渡辺三樹夫記者(東京外国昭八卒)、朝日清川勇吉記者(同昭十三卒)、日
暮信則外務書記生(同昭八卒)、庄司宏外務書記生(同昭十三卒)、大隈道春海軍
書記生(同昭十二卒)であった>という。
 当時、この事件を取材した前出・三田は、「彼らはスパイになった。いや、
新日本会の5人だけでなく、当時、モスクワ大使館にいた全員が、スパイなる
ことを強要され、誓約書は書かされたはずだ」と語っている。
 実際、この中から、2人の逮捕者が出ている。ひとりは日暮で、もうひとり
は庄司(逮捕時は外務省国際協力局勤務)。彼らは、アメリカに亡命したラスト
ロヴォロフが、ソ連領事館勤務時代に、機密情報を渡していた。
 内調とその周辺は、そこらじゅうスパイだらけだった。この事件で、警視
庁に自首した志位正二(元関東軍情報参謀少佐)もしかり。志位は、郵船ビルの
歴史課グループの一員であり、この当時は内閣調査室に嘱託として働いていた
。そして、また、志位にもシベリア抑留の体験があった。
 
 
 

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