|
8月10日 AFP】3月に起きた東日本大震災による東京電力(TEPCO)福島第1原発事故を受け、2022年までに国内にある原子炉全17基の閉鎖を決定したドイツでは、1990年に廃止された旧東独の原発の処理が現在も続いている。「脱原発」がいかに時間のかかる作業であるかが分かる。
バルト海沿岸に位置するルブミン(Lubmin)の原発には、旧東ドイツに6基あった原子炉のうち5基があり、1990年に東西ドイツの統一を受けて送電を停止した時点で旧東独の電力の1割を供給していた。 この発電所にエンジニアとして勤務し、広報も担当していたマルリース・フィリップ(Marlies Philipp)氏によると「ロシアの技術を使った原子炉だが、チェルノブイリ(Chernobyl)とは違う型」だという。廃炉作業は1995年に始まった。 ■これまでの除汚費用は4500億円 除染作業は現在も続いており、これまでにかかったコストは約41億ユーロ(約4500億円)に上る。これには解体作業のコストは含まれていない。フィリップス氏は「解体する資金はないんです」と説明する。 1989年にベルリンの壁が崩壊した時、この原発には5500人が雇用されていた。うち、定年の年齢には遠かった830人がこの原発で、廃炉処理と除染作業の職を得た。ここでの作業は2013年か2014年まで続く見込みだ。 作業を始めた時は「実践から学ぶ」状態だったが、経験を積んだことで、西側諸国の原発の廃炉作業を受託できるかもしれないとフィリップ氏は期待を寄せる。 ルブミンの除染現場を見学する際は、放射線検知器と防護服を身に着けることが義務付けられる。のぞき窓の付いたコンテナの内側から、従業員たちは超高圧水を放水したり、研磨剤を噴射したりして1部屋ずつ除染を行っていた。 ■危険な作業だと常に意識 ひとつの作業チームを任されているウーヴェ・コップ(Uwe Kopp)氏はこう語る。「放射能がただ消えると思ってはいけない。放射性のちりは地面に残るので、これも除去しないといけない」 「3重複写の伝票に記入してからでなければ、たった1個のリベットも外してはいけないことになっています」とフィリップ氏。「とにかく、危険な物質を扱っているということを常に意識させる仕組みになっている」とコップ氏。 作業員たちは放射能検査の他に金属探知機による検査も受ける。現場は監視カメラに囲まれ、監視犬を連れたガードマンが警備している。 除染された機械部品は箱にまとめられ、最終的な放射線検査をして、リサイクルか最終処分される。放射性廃棄物はコンテナなどの容器に詰められ、長期保存場所をどこにするか、政府の最終決定を待つ。 ■「核の時代」の終焉がもたらす新たな方向 「核の時代」の終わりによって、ルブミンは新たな道を切り開かざるを得なかった。現在は成長分野である再生可能エネルギー、特に風力発電に取り組んでいる。 ロシアからバルト海を通ってドイツに天然ガスを送るパイプライン計画、ノルド・ストリーム(Nord Stream)は年内に送ガスを開始する見込みだが、この計画のパイプライン2本のうち1本はルブミンの近くを通っているため、原発廃止によるエネルギー供給の減少をある程度は埋め合わせるだろう。 原発は「経済的な理由と政治的な理由」で閉鎖されたと、フィリップ氏は語る。「私たちはこの原発を誇りに思っていました。西側諸国でわたしたちと同じ仕事をしている人たちも今、同じように感じているはずです」(c)AFP/Aurelia End |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2011年08月14日
全1ページ
[1]
|
3・11東日本大震災は当初から人工地震であるという噂が絶えない。
3・11地震は人工地震であるという根拠
●3・11東日本大震災は 前例のない3つの大地震が連続して起きた。
●巨大P波から始まる地震波形で核爆発の実験により起こる波形に似て自然地震のとは異なる。
●震源域海底土の核汚染
●震源が浅い。
さて、東日本大震災により得た様々な情報のひとつに
人工地震、特に第二次大戦時に米国が日本を降伏させる為に原爆と日本人が恐れる
地震・津波兵器の使用を最後まで検討しており、
ニュ−ジ−ランド沖の津波爆弾の実験では30mを越える津波の発生に成功したが
精度の高い原爆に決まったという記録である。
(1957年の「国際地球観測年」には核兵器を使い人工地震を引き起こし
地球の構造を探ろうとする提案がなされ その是非について国際的に議論がされている。
その実施の場所は確か米国 ロシア 太平洋に面したどこかという設定であったと記憶しているので、
それは、引き続きなんらかの形でされているのでは・・・と思う。)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
しかし、実際には
第二次世界大戦の終戦前後にかけ4年連続で起こった四大地震
(鳥取、昭和東南海 三河 昭和南海地震)がある。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Wikipediaより
鳥取地震 M7.2 震源きわめて浅い 1944年12月7日 13時35分 震央 熊野灘沖 6〜8mの津波
三河地震 M6.8 震源の深さ11km
1945年は終戦の年で終戦日は諸説ありって!?
主なものは 8月15日の玉音放送が有った日 9月2日ポツダム宣言に調印した日。
南海地震 M8.0 震源の深さ24km
1946年南海地震とも呼ばれ
地震3日後の高知日報夕刊では、地震直前の午前4時過ぎに雉がけたたましく鳴き始め、付近の人々の夢を破った後、約10分後に地震が来たことが報じられた
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この一連の地震が人工地震であるかどうかは
戦争遂行の要である軍用機生産拠点が壊滅的で 可能性は有り得るか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
つい最近NHKで その四大地震の中のひとつを題材にした
封印された大震災〜愛知・半田とう番組が放映された。
東南海地震により愛知県半田市にある軍用機生産拠点であった
中島飛行機半田製作所 三菱重工業などが甚大な被害を受けた。 戦時中 10代の少年少女がどうのように集められ味噌汁とご飯だけで
月300時間以上の労働目標を強いられたのか・・・・・
そして、動画のなかで やはり大震災は人災の範囲が大きかった。
空から毛筆で地震の次は何をお見舞いしましょうか という
ビラがB29から降ってきたというのが印象的。
大地震の状況は米国に戦力低下を知られまいと 厳重な緘口令(かんこうれい)が敷かれたにも拘わらず
世界の地震計や3日後の偵察で米軍には筒抜けとなり、13日、地震で甚大な被害を受けた軍用機生産拠点に
更なる大爆撃が行われ壊滅状態となった。
そして、国民が大地震の実態を知るのには十数年の歳月を要した。
【動画】封印された大震災〜愛知・半田 シリ−ズ証言記録 市民たちの戦争
(動画の画像が出ない時は左の黒三角をクリック) |
全1ページ
[1]



