メキシコ原色模様

蝉の声を良く聞くようになる

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天に近い処(タスコ)

ハイ・ウェイの近く、タスコの入り口近くにあるロ-プ・ウェイは可愛らしく4人乗り。
もし、二人ずれなら二人だけを乗せる。
採算は〜〜なんて考えるのは日本人だけか〜〜?(笑)
イメージ 3

降り立つと、すぐ近くに五つ星の『ホテル・モンテタスコ』(MonteTaxco)があり
タスコの町並みが見渡せる。

中年の日本人女性が二人、ホテルの銀細工のお店で買い物をしていたが、
多分、こちらにお泊りになったのでしょう。(笑)
あまり、旅なれた人達ではないな〜〜なんて思って見てました。
ゴルフをするんだったら話は別ですが〜〜〜
私だったら、絶対、中心街に泊まり、色んなお店をひやかしながら買うでしょう。

ま、人それぞれで、どうでも良い事ですが!!
イメージ 1

このホテルに隣接した土地は、高級分譲地になっているらしい。

「タスコ」は「国定コロニアル記念都市」に指定されていて、
しかるべき建築様式を守らなければならない。


この家の主は只者ではないな〜〜
作りがいいし、趣味も特別。
屋根の天辺に、羽があり、角もある悪魔みたいな像が下を見下ろしていて
門の左には、咆哮する一対のライオン。
2階のベランダにも怪獣がいて、植え込みの上には昼寝する陽気なカエル。
右下の入り口には、聖母の像が・・・・
インパクトのある像達は非常によく計算された大きさだと思う。
・・・・・でも、なんだか、傍にいるのが怖い・・・・
イメージ 2

「タスコ」は「クエルナバカ」と比べると町並みが非常に綺麗だ。
ゴミは全くなかったし、道路もいいし、防犯用の針金なんか皆無だった。
それにしても、下水はどうしているんだろうか。
クエルナバカは都市のわりに深い崖がいくつも平行してあるので、近くの家はそちらへ直行だけど、
「タスコ」は?
同じように地下深く〜〜〜〜〜?

アステカ最後の帝王・クァウテモックの墓はイスカテオパン(IXCATEOPAN)にあり。

イメージ 1

「不思議なめぐりあわせ」の記事のなかの,「流行っているお店」、
SR.COSTILLA’Sの創業1201年について帝王お抱えの料理人では〜〜〜〜!
なんて冗談に言ったけど、
驚くなかれ、よりその可能性が高くなってきた。(爆)


「タスコ」の地図を見ていたら、イスカテオパン(IXCATEOPAN)という懐かしい地名を発見した。
そして正式な名前は、「IXCATEOPAN DE CUAUHTEMOC」なのだ!!!(驚)


初めて知りました〜〜


この土地を初めて知ったのは、かなり昔で、日帰り旅行気分で居間用の家具を買いに
連れられていったので、名前も知らなく、ただ「大工の村」という印象だった。

「タスコ」から南西に車で一時間ほどのところにあり、木一本も無い頂上近くの道で、事故にでもあったら
遥かかなた一キロ程先に屋根が灰色に鈍く光っている集落まで転がって行きそうな道だった。
村では大工が使っていた、4枚板の110*195cmの仕事台もかなり気に入って譲ってもらった。
行きも帰りも誰ともすれ違わず、なんだか、この世に生きているのは我々三人だけって感じ。

(今でもそんな道かもしれない。 
数年前に、ギリシャの外交官の子息がこの道で殺害される。)




もう、すっかりこのとこは忘れていたのに、何年前だったか、
クァウテモックの墓が発見され、帝王の親族である「3代目の帝王・チマルポポカ(煙る盾)」の
子孫が墓を守っているが、財政難で維持の為、政府の援助を要請するテレビ報道がされたが、
この時点で初めてこの辺鄙な土地の山の裏側に、以前から知っていた隣の州である
メヒコ(Mexico)州のサクァルパン(ZACUALPAN)という村が位置していることが分かった。

が、矛盾している点は、今から40年ほど前の中学の教科書には
クァウテモックに帝国が隠したと思われる秘宝のありかを吐かせるために
足を焼いて拷問した時に
スペイン人が、「どんな感じがするのか」 との問いに、
帝王は「薔薇の花の上にいるようだ」
と答え、お墓は[イスカテオパン]にあると書かれていたという。
だから、なんで今更発見なのだろうか。
みんな、このことを忘れてしまっていたんでしょうかね。


サクァルパン(ZACUALPAN)には銀の鉱山があり、未だに採掘を続けていて、
「3代目の帝王・チマルポポカ(Chimalpopoca)」の子孫が以前やはり住んでいたが、
双方の行き来はないようだった。
一般の人の場合は土に埋められるが, 帝王の墓は石塀をめぐらし、
お棺を入れるように入り口が設けられている。
この道も車がやっと通れるような山端の断崖絶壁を行く。




事あるごとに、つくずく思うのだが、征服されたものが完膚無いほどに踏みにじられ
根こそぎ略奪され、何一つ残らないのに、
スペインの侵略者、「コルテス」が政略結婚をした、栄華を極めていた
「モクテスマ二世」の娘・イサベルのその後とではなんという違いだろうか。

彼女の子孫は今でも金持ち階級であろう。

ゲレロ州の「タスコ」に一際聳え立つ「サンタ・プリスカ教会」
1743年にメキシコにやって来て銀鉱脈を掘りあて、
一躍大富豪になったフランス人の鉱夫、「ボルダ」 によって
1751〜1759年に贅をつくして、建設された。

そして、「神はボルダに富を与え、ボルダは神にこれを捧ぐ」
の家訓を忠実に守った彼は、この教会を町に寄贈し,
更に、息子は牧師に娘は修道女にした。

教会は当時最高の建築家である「ファン・カバジェロ」 が設計し、
絵は18世紀の宗教画において最高峰にあった、オアハカ州出身の「ミゲル・カブレラ」 が担当した。
建築は「ウルトラ・バロック」で、「チェリゲラ様式」で装飾されている。


教会の中へ入いるとガイドを申し出る人多数だが、あまり教会には興味が無いので断る。
日曜日で観光客がいっぱい。土地の人は見かけなかったような〜〜
建物の石はピンクの火山岩で、装飾には金箔が貼られている。
イメージ 5

イメージ 4

正面祭壇の左に「カトリック3大奇跡」のひとつで
メキシコに現れた「褐色の聖母・グァダル-ペ」が描かれ
右側には「聖母マリア」に関する絵が描かれているが、
ガイドが左から2つ目のメダジョンの二人の懐胎した女性のうち、
左は、「イエス・キリストの母マリア」であり、
妊娠している姿が描かれているのは、世界でここだけである と言っていた。

 (今思うに、では、右は誰なのか? 
  もしかして、〜〜?
  よく聞けばよかった。
  ・・・・・気になる・・・・)

高くて暗いところにあり画布も歪んでいるが、
赤い服に青いガウンを羽織っている姿は確かにそうであると思われた。
イメージ 1

隣の出口を左に出て、以前は公開されていなかった絵画の展示室へついて行った。
この部屋には、「聖母マリア」が結婚して、「イエス・キリスト」をもうけ、割礼、虐殺を逃れるための脱出など
故事に沿って順に描かれているが、
時々聞こえてくる他のグル−プのガイドの説明がなんとも耳新しい。

マリアは16歳で、大分年上のホセ(ヨゼフ)と結婚して・・・・・
・・って、なんだか、知り合いのお話みたいな感じだったし、
・・・・・16歳で〜〜〜〜〜なんて、初めて知りました。


イメージ 3

イメージ 2

ガイドが言うに、当時のユダヤ人の割礼は人の爪でやったと言ってました。
なんだか〜〜〜〜〜やけに詳細な説明!


この絵のために展示室は長らく閉ざされていたという噂もあり。



耳にご注意 !

イメージ 1

「タスコ」の街に強烈な太陽が照りつけていても、昔ながらのぶ厚い壁の家の中に一歩入れば、

光も音も遮断され、全く別の世界が開ける。


昔の写真をもう一枚。
真っ暗な中で散髪中。

不思議なめぐり合わせ

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

昨日アップした画像のなかに偶然にも
「ラテン的スロ〜ライフ。」のlavidaxxさんが今年宿泊した
ホテルが写っていた事が分かったが、
偶然はこのままでは留まらなかった。

今日更新するに当たって、一度も正面から撮ったことの無い「サンタ・プリスカ教会」
の写真を見ている内に何気なく拡大してみた。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/76/a8/alameda344/folder/1583453/img_1583453_33955584_3
そうしたら、写真を撮った時には見えなかった、レストランの文字が・・・・

SEÑOR COSTILLA'S

次に最初に撮った広場の写真の中から、これを見つけた。
一枚目とは方角も時間も違ったので、同じ被写体とは最初気がつかなかった。
一枚目は、寺院がモチ-フだし・・・・
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/76/a8/alameda344/folder/1583453/img_1583453_33955584_7

1階角の壁の矢印方向には
MUSEO SPRATING


更に、昔メキシコに初めて来た時に撮った写真のなかから、
今ではもうあまり見られない光景の写真を拡大してみた。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/76/a8/alameda344/folder/1583453/img_1583453_33955584_5

な〜〜〜んと、なんと、






同じ場所だ ! ! !



レストランの看板文字は

desde 1201
SR. COSTILLA'S
BAR GRILL RESTAURANT



と書かれているではないか ! ! ! ! !
1201って、年号でしょうが、スペインが征服する前からあったん ? ?
もしかして、帝王、お抱えの料理人だったりして?(爆)

そして、矢印方向は、MEXICO




新しい看板文字から1201がなくなっているところを見ると
経営者が変わったが、その名前は残ったということなんでしょうか?
囲みの線も微妙に違う。

屋根は葺きかえられ形が変わったが、電気の配線は昔と違いペンキを塗ってはいても、
剥き出しで、同じ形態を維持。



今ではもう、ロバに乗る人はいないのだろうか、
一度も見かけ無かった。


ところが、偶然はこれでも止まらなかった。



なんとなく、lavidaxxさんの「タスコ」の記事が気になって読み返したら




な、

な、、、

なんと、


驚くこと無かれ、



例の「流行っているレストラン」とはこちら様でした。


正面からでは絶対分からないで〜〜〜す。




あぁ〜〜不思議。

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