|
旅行すると必ず見たいのは日曜日などにたつ市。
千葉県の勝浦でもそうであったが、能登の朝市にも当然、
友と共に働く老女達の姿があった。
(因みに日本三大朝市は、石川県輪島市、岐阜県高山市、千葉県勝浦市)
写真上は、鉛色の日本海とミニチュアの草鞋やお手玉を作り売っている
笑顔が素敵な美人さんと、シッカリ者そうな、キャラ違いのお二人。
下は遠くに雪を被った連山が見え、すっかり冬支度の感がする畑のある風景。
そして多分、名家(庄屋?)と思われる茅葺の家。
(最新の画像をクリックすると大きめの写真になります。)
|
日本とアジア、豪州
[ リスト | 詳細 ]
|
日本海側を旅したのは、友人と能登一周をした時だけ。
やはり30年以上前と思う。
時は、丁度、秋祭りの季節。
良く覚えていないが旗ざおみたいなのに、人形が下がっていた。
(人形の右隣は友人の上着とジ-ンズ,
写真はプリントをスキャン)
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
|
ある方から、政治家、権力者を多く輩出した謎の地域という命題を頂き
検索をした事があるので、 ここで結果を記録としてアップしたい。
しかし、現在人口僅かに16000人強の町から、是ほど多くの人物を出したというのが
驚きであったが、それは序の口だったとは後で深く感じたのだった。
謎の地域とは、山口県熊毛郡田布施町
更に検索すると
熊毛郡と田布施町は鹿児島県にも存在したのだ。
両県にあったのは偶然の一致ではないだろうが・・・・
① まずは、山口県熊毛郡と田布施町を見る。
山口県熊毛郡田布施町は 2010年8月1日現在で人口僅か16,044人の寒村で
もとは同じ熊毛郡束荷村であった光市と柳井市に囲まれて、
北朝鮮の被差別部落といわれている。
(在日の名前の付け方を知る機会があったので、
光、柳井、岩国などは同じ流れをくむものと推測する )
また、本題とは関係がないので、余計な事かもしれないが、
大阪府中河内郡の布施町、布施明にも韓とか朝鮮を感じる。
以下のデ−タは検索と検証を加え下記サイトを参照。
大室寅之祐=明治天皇
熊毛郡、田布施町麻郷
南朝の末裔というより北朝鮮被差別部落の出で、後の明治天皇。
橋本龍太郎氏の祖母大室ヨネ(米)の父大室庄吉の兄は大室寅之祐(東京明治天皇) 伊藤博文 (林家) 熊毛郡東束荷村 (光市束荷字野尻) 生まれ 6歳まで過ごした家は田布施町に残り、大室家とは隣接地にある。
(吉田松陰の命を受けた桂小五郎(木戸孝允)と伊藤博文が大室某を養育していた)
難波八助、宮本顕治(日本共産党)は伊藤家の一族で
河上肇(玖珂郡岩国町)も一族。
岸 信介 熊毛郡田布施町
大室寅之助の生家の近くに岸信介一族の生家がある。
(この地から代議士の国光五郎、難波作之助が出ている。) 松岡洋右(元外相)は岸の一族である。 佐藤 栄作 熊毛郡田布施町
岸、安倍とは同族。
吉田茂にも縁戚関係がある、
安倍晋三 (本籍地: 山口県大津郡で現在の長門市、生まれは東京、新宿) その父(岸信介の娘婿)晋太郎は朝鮮人で 統一教会に縁が深い。
安倍源基 熊毛郡曽根村(平生町) 終戦内閣の最後の内務大臣 大室寅之助の生家の近くにある。
宮本顕治 山口県光市((旧熊毛郡束荷村)伊藤博文の一族
② 鹿児島、熊毛郡と田布施町
鹿児島県熊毛郡は屋久島、種子島を含む。 県南部にあった田布施町(現在の加世田市金峰町)はやはり被差別部落である。
小泉前首相の父・純也 鹿児島の田布施朝鮮人部落出身の朝鮮人である。
後に、ヤクザ(稲川会)の婿養子となり、小泉姓を名乗る。
東郷茂徳 終戦時の外相で、本名、朴茂徳
朝鮮人部落の出身 (朝鮮人陶工の子孫)
瀬戸内海の被差別部落の起源のひとつ・・・
(以下、心に青雲から抜粋)
平家はマレ−シア方面から漂着した海洋民族だそうで、
源平の戦いで勝利した北条平家が 源氏系統=北朝鮮系を皆殺しにし、
生残った源氏系部族やその土着民を瀬戸内海沿岸や島々などの被差別部落に
まとめて押し込めた為、瀬戸内海沿岸には被差別部落が多く
その一つが、山口県熊毛郡田布施町であり、鹿児島県の田布施町も同様。
被差別部落からアメリカ、 中南米に移民した人が多い。
(本題もかなり衝撃的だったけど、メキシコに住んでいる私にとって
この一文の方が、遥かに衝撃的で、充分に納得してしまった。
また、鬼塚氏が指摘しているのは、終戦時の内閣では大分県出身者が多いという。
阿南惟幾陸相(竹田市出身)、梅津美治郎陸軍参謀長(中津市出身)、豊田副武海軍軍令部長(杵築市出身)、また重光葵(東久邇宮内閣外相)は国東半島出身。
大分県は瀬戸内海で田布施とつながっている。この辺りは、先の家船漁民の活動範囲であって、
その交流のなかで婚姻関係が結ばれていたはずなのである。つまり昭和天皇は同じ朝鮮人関係者で、
敗戦処理を行なったのであった。と記されている。(以上、心に青雲から) 参考文献
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
|
写真を整理していたら、獅子舞のが出てきました。
夕暮れ時、近くの氷川神社の祭礼で撮ったのですが、多分30年以上前のものでしょう。
動きが激しくてボケているのに、4つ切り大に引き伸ばしてあったのをスキャン。
改めてみると、獅子頭の羽根がとても立派。 雉か?
フィルムはコダックだったと思うので赤みが強いが、実際は緑を感じる黒だったような・・・
今でも祭り、獅子舞は続いているのでしょうか・・・・
|
|
ブログ友に歴史を研究されている方が居られるし、同時期に奈良のお寺の写真を
アップされた方と、経て続けに飛鳥を目撃。
そのうち、
なんで「飛ぶ鳥」と書いてアスカなのか?
飛鳥、明日香、アスカ・・・・・・・・・待てよ・・・・未だあった、ペル-のナスカ。
これは偶然の一致なのか、と疑問を解くべく検索をしてみた。
結果は、充分にワクワクするものであった。
アスカの字の意味
①スカとは、砂浜を意味する。(川や海による堆積物)
「ナスカは、アスカに有らず」という意味で、
アスカは都に適し、適さない荒れた土地をナスカという。
アスカ
横須賀、浅香 朝香 朝霞 安積(asaka)
スペインのバスク地方、イスラエルのアゼカ、フランスのラスコーもその系列となるそうだ。
なんと、インド東方から世界に散らばった人達が
移動していった道筋に名前が残ったというのだ。
そして、アスカはインドのアショカ族のAsaakと関係があり、
その語から派生した土地は楽園を意味する。という。
②アスカは石原、岩塊を意味する
③アスカは鳥の翼、またはその羽も意味する
更に検索すると、やはりペル-の「ナスカ」の傍に「聖都カワチ」がある。
下記サイトによると
・ナスカの伝説は「古代ナスカ人は鳥の様に空を飛んでいたのだ」。
古代のいろんな国では、神と人間との伝達は鳥が多い。
メキシコはオウムだっけ? テオティワカン(
この記事は 以下のサイトを纏めてみました。
アスカ飛鳥の語源について アルタイ諸語とのかかわりから 芝 蒸
飛ぶ鳥とナスカの関係ふたたび 仔犬の散歩道
日本由来のナスカ鳥人文明
8月18日書く
|



