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最賃法改正・・・ワークングプアの存在によって成り立つ社会とは!
改正最低賃金法が昨日、可決成立した。最低賃金を決める際に、「生活保護に係る施策との整合性に配慮する」と明記されたことが最大の改正ポイントだ。生活保護政策が「健康で文化的な最低限度の生活を営む」権利を保障するものとしてある以上、労働者にも同じ配慮をするのは、至極当然だ。いままでがむしろおかしかった。フルタイムで働いても生活保護水準に達しない最低賃金というのは異常だ。
でも最低賃金の引き上げに、経営者たちの反発は強いようだ。中小企業団体の役員の中には「これ以上無理に引き上げたら、雇用を減らす」と脅す人もいるようだ。(071129)
何を言っているんだ! である。
中小企業主の言い分は容易に想像がつく。
中小製造業者は言う。原材料や資材の価格が上昇しているにもかかわらず納入価格は上げてもらえない。下請けの力は弱い。競争も激しい。合理化努力も限界である。
中小運送業者は言う。ガソリン・軽油が高騰しているが、簡単には運賃値上げを認めてもらえず、利益がほとんどでない。同業者は多く、値上げを申し出れば、代わりはいくらでもいると言われる。
中小販売業者も嘆く。値上げできる状況にない。消費は上向いているとはいえず、値上げすれば販売数量は確実に減少する。同業者間の競争も熾烈である。
でも、そのシワ寄せが、なぜ従業員だけに集中するのか。低賃金労働という犠牲を払わなければならないのか。
商品の値上げができないから、従業員にワーキングプア状態を我慢してもらう。原材料の値上げは受け入れざるを得ないから、労務コストを抑えてなんとかする。そんな経営なら、だれにでもできる。単純な経営だ。幼稚な経営とさえ言ってよい。
こうした経営者心理の背景には、これまで長らく、人件費削減が可能だったことがある。派遣や偽装請負などを駆使して人件費を抑えることができた。成果主義やら年功賃金廃止などによって賃金抑制が可能であった。そんな状況が続き、人件費上昇を嫌う心理が、経営者に染み付いてしまった。
その延長線での最低賃金引き上げ反対である。コスト削減だけが経営の真髄みたいな感覚から逃れられない、いわば惰性的な主張である。
派遣法は何度か改正され、経営サイドに有利な法に変化してきた。政治に圧力をかけることで、そうした改正が実現できたという気分なのだろう。「国は企業の発展に貢献しなければならない。なぜならわれわれ経営者は、雇用創出を担っている」・・・そんな自負も過剰になり、従業員の生活を省みる姿勢が失せてしまった。
しかし、従業員の働きあっての企業だろう。従業員は自分の時間を企業に提供している。それを得てはじめて、企業は収益活動ができる。経営者一人の手柄ではない。それを忘れてしまっては困る。
低賃金を強いてやっと成り立つ経営とはなんなんだろうか? ワーキングプアを大量に輩出してやっと成り立つ社会というのもおかしい。そんな反省を経営者もしなければならないのではないか。
ワークングプア先進国といえば、なんといってもアメリカである。アメリカ的経営を推し進めた結果が、いまの日本の状況をつくりだしたといえよう。
大量の貧困層をかかえるアメリカの就労状況を描いた『ニッケル・アンド・ダイムズ−アメリカ下流社会の現実−』(B・エーレンライク著)という本がある。それによればITバブルに湧いていた20世紀末、低賃金労働者の時給はほとんど上昇しなかったという。
日本でも同じ状況が進行しているのかもしれない。
著者は次のように主張する。(実は本書を読んでいない。書評(060820)からの引用である)
<便利な生活が低賃金労働の存在に依存しているならば、「私たちが持つべき正しい感情は、恥だ」>
なかなか強烈な惹句だ。でもその通りだろう。うなづかざるを得ない。
最低賃金を考える場合、この「正しい感情」を思い起こすべきだろう。経営者の理屈ばかり重んじていては、正しい答えはでてこない。
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