おぴにおん0号

反論、質問受け付けますが、何せ思いつくままなので

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昨日は<家庭は経済単位ではなくなった>なんて書いてしまったが、経済単位でなくなることは当面はありあえない。農家と違って共同作業をすることはなくなっても、生計を一つにする共同体である以上、形式的には経済単位であり続ける。

ただ老後の生活において、子どもに経済的に頼る必要性が少なくなった福祉社会では、親子間の経済は独立しているのが基本となる。制度的にも、年金の受給権は個人に与えられる。納税義務も個人にある。かように家庭は分解が容易な共同体となった。経済単位としての強固さはない。

さて、女性にとって生涯独身が当たり前の選択肢となり、結婚したとしても、後に家庭生活を放棄することが可能となった。これには男の責任が大きいと上野千鶴子氏は示唆するわけだが、そんな単純な因果で片付けていいものだろうか。女性側に原因はないのか。

まず言いたいのは、なぜ男たちを教育しようとしないのか!である。文句を言うだけでは何も解決しない。

教育できないのは、要するに、そんなにレベルが違わないからではないのか。似たレベルの人間に、相手を教育するという高度なことはできない。女性の方が人間性で優越している関係は多いのだろうが、少しの優越では足らない。五十歩百歩のたとえのごとく、できることといえば相手をあざ笑うことだけ。

でもこの指摘で考えを改めてくれるほど甘くはないだろうな。教育するなんて時間と労力が無駄だ!と主張する女性も多いに違いない。彼女たちに、自分を高めて教育者のレベルに達しようとする意欲はない。

このやる気のなさはどこからくるのか。結局、ひとりの方が楽なのだ。これが真の原因である。

我がままに過ごすことの快楽は何物にも代えがたい。この快楽追求に、異なる価値観や意思を持っている家族は邪魔である。わけても世話の焼ける亭主はもっとも煩わしい。
大きく言えば、現代の快楽追求主義と歩調をあわせた現象といえる。

こうして、経済的に自立できるのならば亭主など要らない、となっていく。子どもを産むには男が必要だし、子育てに専念するためには亭主からの経済的援助は欠かせない。しかし、シングルマザーでもやっていけないことはない時代になった。

熟年離婚というあからさまな亭主放り出し策もある。亭主に経済面で頼る生活も、年金が受給できる歳になれば解消される。老後の世話をさせられるだけならば、逃げてしまった方がいい。

このような経済合理原則の果てに、快楽追求主義が生み落とされるのだろう。男のせいにしているばかりの女性の狄祐崟の優越瓩覆鵑胴發知れている。快楽追求が主である。

では「ひとり身は寂しい」という感情はどうするか。これも、<必要なときにだけ他人を利用し、寂しいときにだけ会いに行く>という行動指針で解決してしまえるのだろう。

ペットという手もある。最近の推計によれば、犬とネコのペットとしての飼育数が、子どもの数を上回ったという。子どもとは14歳以下を指す。2,000万匹を超えるペットが寂しい日本人を癒している。ペットは文句を言わないし、我がままも人間に比べればかわいいものだ。飽きれば捨てることもできる。

上野氏は「実は家族は、コミュニケーション能力を育てる空間ではありません」と本来的なことのように言うが、違うだろう。だれも家族間の融和に努力していないだけの話だ。男よりコミュニケーション能力が高いと言われる女性たちが努力しなくて、心の交流が育つわけがない。

まぁ男に文句を言ってもしょうがないように、女性を責めても仕方がない。それを承知の上で言いたかったのは、「ひとりの方が楽だ」という視点である。地域社会の崩壊、無縁社会、弧族と、言論人はさまざま表現で問題提起するが、この視点が欠けている。

奥さんに先立たれた亭主が言う「ひとりの方が楽ですよ」という負け惜しみだって、そのうち本音になる。快楽追求という我がままの先にある弧族現象を意識しない限り、そのマイナス面を抑制する手立ては見出せない。

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