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黒部平駅近くの笹やぶを草刈りしたのはだれであろうか。行政かもしれない。立山町あるいは富山県。あるいは行政から委託された外郭団体。
他には、黒部平駅を運営する事業者が、近隣の環境整備として行った可能性がある。駅周辺には散策コースがある。しかし恩恵を受ける登山者は、黒部平駅から室堂まで乗り物を利用しない。事業者が草刈りをするモチベーションは低そうだ。
登山者の有志が行った可能性もある。多くの登山道が有志によって整備されてきた。だが、登山者なら刈った草を登山道に敷きつめたりしないだろう。敷きつめるなら道の脇だ。それによって登山道に侵入してくる雑草をくい止めることができる。
行政にとっては、登山道を整備する意義がいくつかある。まず観光に利する事業としての意義である。廃道が増えては登山者が寄り付かなくなる。多くの登山者に来てもらってこそ観光収入が増え、行政も潤う。登山道整備は、山岳という観光資源を生かすための公共事業となる。
登山者の安全確保のためにも重要である。道迷い、登山道逸脱、滑落などによる遭難者を救助する役割が行政にはある。登山は自己責任で行うものではあるが、行政にも危険を少なくする努力が求められる。不特定多数の登山者が歩く道であり、公道としての一面がある。
ちなみに富士山の登山道は県道である。山梨県と静岡県が管理している道路である。夏山シーズンが始まる前には登山道の状況を必ずチェックしている。浮石を排除する作業員を見たこともある。標識には<環境省>の文字。
剱岳にも、りっぱな金属プレートが設置されている。今回、気まぐれに3つのプレートを写真に収めたが、その一つには、<環境庁・富山県>と明記されている(写真1)。他の二枚には<富山県>。立山も含め、この辺の山域全体の登山道を管理する意識が行政にはあると思われる。
ということで、黒部平駅近くの笹やぶを草刈りしたのは行政である可能性が高い。
さて、次に浮かぶ問いは、行政はどの程度まで登山道整備をやるべきなのか?である。難しい問題だ。行政の予算を費やすということは税金を投入することである。費用対効果を意識せざるを得ない。
“毎年多くの登山者が訪れるので、安全確保のために登山道を整備します”という理由で予算を投じることは許されよう。だが“訪れる登山者を増やすために登山道を整備したい”との予算要求を、だれもが納得するとは思えない。しかも整備による増大効果を正確に計ることはできない。
昨年、剱岳の登山道にペンキマークが少ないことを指摘した。ペンキマークの塗り直しを山小屋の運営者がやったらどうかと提案した。登山道を外れる人が続出なんて評判になれば、山小屋商売に響くはず、とも書いた。
山小屋にとって、登山道が整備されれば集客効果が高まる。経済面の最大の受益者という考え方さえ成り立つ。登山道整備は行政に任せっきりにするのではなく、山小屋運営者が積極的に介入すべきであろう。
実際、登山道整備を仕事の一つと考える山小屋の主はたくさんいる。登山道を切り開いた末に山小屋を設営した人などは、特にそうだ。登山道を定期的に点検し、情報発信にも余念がない。
本来は登山者がやるべき、という意見もあろう。登山道は生活道路ではない。利用者は登山者のみである。行政の役割といえるのは危険個所を伝えることぐらい。それ以上のことをやる義務はない――そのとおりだ。
山小屋設営者の多くも同じ意見かもしれない。そもそも山小屋は商売第一で運営しているわけではない。緊急時には避難場所となる。傷病に対する応急措置、ヘリポート機能など登山者に福祉を提供する施設である。登山道整備の役割まで期待されては困る――というわけだ。
実際、山小屋の運営者は、行政と連携しながら遭難者を助けることを使命としている。行政に状況報告することは日常業務である。登山者の安全確保に大きな貢献をしていることは間違いない。
ただ剱岳クラスの人気の山ともなると、そういった使命感は薄れていくように見える。ハイシーズンともなれば定員が満たされるほど混雑する。予約が原則となり「泊めてあげます」感が強くなる。宿泊客をさばくだけで使命を果たしている気持ちになる。登山道整備なんかやっている暇はない!
剱岳には、太いクサリが太いボルトで頑丈に固定されている。安全を第一に考える行政の仕事である。仰々しい金属プレートまで設置し、鎖場に番号を振るのも行政らしい。設置状況や現況を報告しやすいからだ。
だが登山者としては、そのコストを少し削ってでも道標を充実してもらうほうがありがたい。ペンキマークでいいのだ。わずかなペンキ代と一日分の人件費で済む。山小屋に委託してもいいだろう。
やはり山小屋はもっと協力すべきだ。登山者に便宜を与える立場なら、それくらいは当然と思わないといけない。登山者に与える便宜の中には、道案内や登山道の状況を伝えることも含まれる。なのに道標設置なんかは行政がやればよいという心境のようだ。行政に登山者の要望を伝える気がない。商売でしかない。
そういえば、カニのヨコバイを示すプレートの黒い文字がすっかり消えていた。
山小屋のみなさん、偉そうなことを言ってすみません。登山記を書くのは他の登山者に状況を伝えるためです。お察しください。山小屋も従業員が集まらなくてたいへんですよね。先々、団塊の世代が登山から引退していき、登山者数が減っていく心配もありましょう。私は廃道が増えることを覚悟しております。
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