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北朝鮮が核実験を実施したと発表した。ついに狂ったか!・・・ということでもないようだ。 村上龍の『半島を出よ』という小説の中に、金正日は、現指導体制が崩壊するようならば、北朝鮮そのものが崩壊してもかまわないと思っている、みたいな表現が出てくるが、そこまで自暴自棄になっているわけではなさそうだ。 3日の声明文にある「絶対に核兵器を最初に使用しない」とか、自分たちの核兵器は「朝鮮半島で新たな戦争を防ぎ、平和と安定を守る頼もしい戦争抑止力になるだろう」とか、自分たちの最終目標は非核化であり「対話と交渉を通じて朝鮮半島の非核化を実現しようとする我々の原則的な立場に変化はない」といった物言いは、いっぱしの核保有国気取りと言っていいだろう。前に、まだ理性がある表れと書いたが訂正しよう。ついにわが国は大きな顔で世界を渡り合えるカードを手に入れた! という高揚感の表れであった。 いままで悪童と表現してきたが、これも変えよう。チンピラへの昇格を認める。 オレを怒らせたら怪我するぞ! なめたことすると痛い目にあわせるぞ! という脅しに有効な、最も強力な暴力装置を手に入れたと宣言したわけだから。 ヤクザというのは暴力を資本とする営利集団である、という言い方があるが、北朝鮮も暴力装置をちらつかせて経済的利益を得ようとする国家になったといっていいだろう。 実験は失敗に終わったのではないかという専門機関の分析もあるが、この際、実験成功の真偽は問題ではない。強大な殺戮兵器を保有しているという脅かしが通用すると思っている以上、ヤクザの行動原理と同じだ。まだ国力は貧弱なのでヤクザといってもチンピラ程度だが、国際社会を、肩で風を切って歩こうという構えには違いない。 大きな賭けに出た、という見方が国際社会から提起されることにもなるが、本人たちはそこまで深刻ではないのではないか。国際社会全体を敵に回すことになるかもしれないが、一人前に扱ってくれる立場は得られた。インドもパキスタンも結局、核保有が黙認された。保有してしまえばこっちのものだ。悪態をつかれようが、非難されようが、その代償の方が大きい・・・マッチョ思想で覆いつくされた思考からは、そういう結論になる。 なめられるから軽んじられる。弱いと思われるから要求を無視される。それを覆すのは強くなるしかない。強力な武器を保持するしかない。 さぁ、これからだ! これからがやっと敵国と対等な交渉ができるのだ! という高揚感に包まれているのではないだろうか。 瀬戸際外交だとか、危機を演出する駆け引きみたいな言われ方をして口惜しい思いもしてきたのだろう。やるといったら本当にやるのだ! という実行力を世界に知らしめたという誇らしげな気持ちにも浸っているのではないか。 今後の展開はどうなるのか。アメリカは動かないだろう。マッチョ思想の雄である現アメリカ政権も、脅しに屈するということを非常に嫌う。経済制裁などで締め付け、それでも屈しなければ叩き潰す、という考え方になりやすい。 当然、北朝鮮もすぐに交渉再開となるとは思っていないはずだ。自分たちからも動こうとはしないだろう。 でも、回りの国々が動くと思っているのではないか。核保有国として回りが気を使ってくれる。アメリカへの説得に努力したり、北朝鮮にも交渉テーブルにつくことを促してくれる。それもお願い口調で。 だが、そんな北朝鮮の思惑は崩れる可能性が高い。世の中そんなに甘くない。
すると、今度こそパニックになる。自暴自棄になる可能性が高い。そうなったとき、国際社会には平和裏に事を治める力はないのではないか。 だから、今のうちになだめすかす必要があるように思う。マッチョ思想ばかりが国際社会のルールではないことを諭す必要があるように思う。しかし・・・、人類の歴史を振り返ると・・・それも無理かな? |
国際・戦争
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北朝鮮の指導部のやることは本当に面白い。 面白いとは不謹慎であり、ミサイルが飛んできたりしたら笑いごとではすまないわけだが、前にも書いたとおり、悪童のような振る舞いには興味をそそられる。国際政治における話題提供者としては欠かせない存在だ。 騒動を起こすタイミングもまた憎々しい。「韓国の外交通商相、国連事務総長選出確実」という国際ニュースに強引に割って入ってくるかのようだ。このニュースを蹴散らし、自分たちの核実験実施声明の方がトップ記事だ! と言いたいかのようだ。 タイミングは常に研究しているに違いない。今回は、安部首相が数日後に訪中、訪韓するということも念頭にあるのだろう。挑発行為は常にアメリカを意識したものだが、そのアメリカを懐柔してもらうために、中韓だけでなく日本にもなにがしかの影響力を期待している可能性はある。それとも就任早々の首相をあわてさせて喜びたい?・・・それほどの余裕はないだろう。 国内の窮状を打開したい、そのためには国際社会から援助を仰ぎたい、でも現体制の崩壊と引き換えにはできない、・・・というところから始まった挑発である。挑発はなかなか功を奏せず、現体制を転覆させようとするなら暴力を使うぞ! という脅しはますますエスカレートしてきた。ついに究極の兵器を保持しようという意思表示に至ってしまった。悪童のいたずらにしては危険すぎる。 そんな火遊びを国際社会は当然許さないだろう。 でも、敵対する強大な勢力が目の前に存在するという恐怖を長い間抱えていては、精神にも異常をきたすというものだ。いじけたり、すねたりしているうちはまだいいが、被害妄想にとりつかれたら手に負えなくなる。 なんとかならないものか。 今のところまだ理性は残っているようだ。先の声明文には「絶対に核兵器を最初に使用しない」と宣言し、自分たちの核兵器は「朝鮮半島で新たな戦争を防ぎ、平和と安定を守る頼もしい戦争抑止力になるだろう」とする。自分たちの最終目標は非核化であるとし、「対話と交渉を通じて朝鮮半島の非核化を実現しようとする我々の原則的な立場に変化はない」と謳う。 国際社会は中国に期待を寄せる。北朝鮮の味方として振る舞える大国として、国際社会の言い分を聞くように諭す役割が期待されている。しかし中国は期待されては困るという態度を最近示している。北朝鮮をコントロールする力はないというニュアンスの発言が中国要人から発せられている。 実は・・・、という話がある。中国は、アメリカとの緩衝地帯である北朝鮮が崩壊することを好まない、韓国主導で統一されたら、すぐ隣にアメリカの息の掛かった国家が出現することになるから、という説だ。 国際社会の裏側とか、陰謀とか、隠された本音というのが好きな人たちの考え方であるが、そうした一面がないとは言えない。というか、中国の指導層の中には、そう考える人は必ず存在する。敵・味方という単純二元思考で政策判断する指導者はどの国にもいるものだ。いままでの、北朝鮮からの難民流出が怖いから、という理由だけを思い描いて中国の動向を予想したり、説得しようとすると誤る可能性がある。 しかし、だからといって、中国がアメリカとの関係だけを念頭に国際政治をやっている、とするのも偏った考え方だろう。 今の中国の最大目標は経済力をつけることであると私は思っている。そのためには国内の混乱を静め、治安を良くし、不正を摘発し、経済活動に専念できる体制にしなければならない。それに一番腐心しているのであって、北朝鮮の崩壊はそうした面でマイナス、という位置づけなのではないだろうか。 昔と違って、同盟国・北朝鮮を守るという意識は薄くなっている。北朝鮮のために国内のことをおろそかにするつもりはないし、ましてや北朝鮮とともに国際社会で孤立する気は毛頭ない。だから国際社会がイメージするほどには北朝鮮に対する影響力はない、ということなのではないのか。 このまま北朝鮮がエスカレートしていくと、最後は、中国も見放すことになるのだろうな。
となると北朝鮮を救えるのはだれなのだ! 第三者たる北欧の政治家か? |
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ノーマン・メイラー氏は「ゆっくりだが、この国(米国)は全体主義的な危険な状況に向かっているのだろう」と言う。(060909) でも、朝日に載ったインタビューだけでは、その根拠はよくわからない。アメリカンフットボールの決勝での国旗の扱い方を例に、国旗への愛着と全体主義的傾向を結びつけるが、それは単にこの傾向の象徴に過ぎない。 後段で述べる「「テロとの戦い」のために、思想や表現の自由まで投げ出してはならない」に、この傾向の具体があるようだ。 ブッシュ大統領は、アルカイダなどをヒトラーと同様であるとして自分のテロ対策を正当化しているが、メイラー氏の言うとおりの事態が進んでいるとすれば、自らがヒトラーに近づきつつあることになる。 全体主義とは、独裁という指導体制のもと、その指導者の思想信条を全体に行き渡らせるため、それに逆らう人々を強固に排除する政治体制をいうのだろう。異物を排除することが非常に重要であり、管理・監視体制の強化が全体主義の大きな特徴である。 ヒトラーのドイツ、戦前日本の軍事国家、旧ソ連の共産主義体制しかり。北朝鮮も体制批判を一切許さない国家であるようだ。イラクの旧フセイン政権でも弾圧により体制維持を図っていたようだ。 アメリカはそれとは対極の民主主義国家であるはずだ。それが全体主義的になっているとは・・・。 テロリストを入国させないための厳重な審査体制ぐらいは国民は許容しているようだが、国内での予防・摘発のための措置には、やり過ぎを感じている人が多いようだ。地下鉄乗車の際の荷物チェック、イスラム系に対する予断的拘禁など。 情報収集にもかなりの強権が発動されるようになり、盗聴などプライバシーの侵害を情報機関にかなり許すようになった。自由主義国家にあるまじき行為であっても、テロ対策のための例外として措置されるようになった。 なるほど管理・監視体制の強化に違いあるまい。多くの自由が奪われる方向に進んでいる以上、全体主義的な状況に向かっているという見方が出てこよう。言論人としては、看過できないところだろう。 そしてメイラー氏は言う。 「私は、民主主義とは大きな賭けであり、非常に珍しい政治体制だと考えている。人間は子供の時から命令されるのに慣れていて、ファシズムの環境の方に進む方がむしろ自然なのだ。・・・ 民主主義は常に育てていくものであり、再生させていかなければならない」 卓見だろう。 これを間違えて、全体主義的傾向を許すとどうなるか。独裁者のもうひとつの特質である狂信性に巻き込まれることになる。 自分こそ正義だとかたくなに信じる人間は実は弱い人間である。間違いを認めることを嫌うのは、非難されることに堪えられないからである。 自分が正しいと思いたいのは人間の共通感覚であろうが、年長者に叱られたり、同僚に修正されたりして正しくないときもあることを学習する。隣人との争いなどで、自分に都合のいいだけの主張は通らないことも学ぶ。社会生活にはそうした教訓が溢れている。 しかし、自分が正しいと思える期間が長くなると、修正が利かなくなり、なにより、非難されることへの耐性が失われていく。少し非難されただけで冷静さを失い、パニックになる。 こうして独裁者は自分を守ることに執着し、ついには自分の正義主張を狂信的なまでに信じ込むようになる。利害を共にする構成員たちもその渦に巻かれ、集団心理という相乗効果もあって、全体が狂信的となる。 アメリカが近い将来、こうした国家になるということはないだろう。しかし、自分たちにこそ絶対の正義があり、自分たちに反感を持つ者はすなわち絶対的悪である、という信念に取り付かれているうちに、修正が利かなくなることは十分ありえる。非難も大きくなるが、耐性を失った精神は冷静な判断力を喪失する。戦場における「動くものは何でも撃つ」という兵士の習性さながら、疑わしき国や勢力はすべて殲滅するという主義へと進みかねない。自国内においても非難を一切許さないという風潮となれば、全体主義は完成する。 遠い将来にそんな国にならないという保証はない。メイラー氏はそんな思いを抱えているのだろう。杞憂であることを望む。
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9.11同時多発テロが5周年を迎えた。 その間、ブッシュ政権は対テロ戦争と称してアフガニスタンとイラクを攻撃した。 その結果、アフガンでは民主化が進んでいるように見えるが、タリバーンが復活しているという報道もある。イラク問題も混迷を深めており、国内世論が怪しくなってきた。 旧フセイン政権とアルカイダとの明確な接点が見つからず、大量破壊兵器もとうとう発見できなかった。最近は、内戦が激しさを増し、多数の米兵死傷者を出すに及んで、国内世論も疑義が大きくなったようだ。 そんな中で迎えた5周年である。政権に対する反感が盛り上がると予想したのだろう。ブッシュ大統領自らが、対テロ戦争についての演説をいくつか行ったという。 その中で、あぜんとしたのが、アルカイダをレーニンやヒトラーにたとえた発言だ。 <「邪悪な野心家を過小評価するのは大きな過ちだと歴史は教えている」。イラクから米軍が撤退すればアルカイダがイラクを聖域として活用する。 レーニンが共産主義革命を目指す本を出版したときや、ヒトラーがユダヤ人絶滅の意図を自著で説明した時に「世界は真剣に受け止めず、後から痛い代償を払った」 「ビンラディンとそのテロ同盟者たちはレーニンやヒトラー同様、意図を明確にしている。問題は我々がそれを聞くかどうかだ」「我々は攻撃を続け、たゆまず、こうした文明にとっての脅威が除去されるまで撤退しない」>(060906) 為政者たちは、自分たちが歴史を作っているという自負を持つものだ。それも正義の歴史である。その信念を守るために様々な説明を尽くすが、それがうまく行かず、窮地に陥ると歴史を振り返ってのイメージ戦略に乗り出すことがある。中身は希薄でこじつけも多いが、イメージアップに役立つと信じて疑わない。 だが、本当の動機は、劣勢にある自分を奮い立たせることにあると思われる。 戦前の日本における2.26事件の決行将校の言動にも似たものがあった。 革命を志す者たちも、歴史を作るという高揚感があるものだが、将校たちは「昭和維新」を成し遂げるために立ち上がったと称する。明治維新になぞらえた言葉だ。 失敗に終わりそうになると、その渦中で、南北朝まで歴史を遡り、自分たちを楠公の心境に比する。自分たちを鼓舞するためのたとえであり、空想空論を糊塗するために自分を洗脳しているみたいなものである。 敵を歴史上の悪者になぞらえるという今回のブッシュ発言とは反対だが、心境は表裏一体である。 自分たちを非難する人々へ、明証的な反論ができなくなったとき、意気消沈しそうな自分の気持ちを奮い立たせたいのである。ある史実の中に自分を置いてみる。もちろん結果的に正義となる側に自分がいる。それで自分の行動を正当化できたような気分になる。 ノーマン・メイラー氏のブッシュ批判は痛烈だ。 「ブッシュは歴代の大統領で最も無知かもしれない。だが「十字軍による聖戦(クルセード)」という意味はわかる。単純に信じ込むタイプなので「テロとの戦い」を、お経のように繰り返すには適任だ」(060909) もしかすると、ブッシュ大統領は、「今やっていることはヒトラーとの戦いに等しい」と本当に信じ込んでいるのかもしれない。そんな高揚感に浮かれている? そこまで愚かだとは私には思えないが、そんな無知な大統領を選んでくれた米国民には、この主張は通じるという確信はあるに違いない。このインパクトのあるたとえに感応するはずと、計算していることは間違いない。 <人は自分に近いものを愛する>
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先週、近くで花火大会があった。真夏の夜をいろどる風物詩として欠かせないイベントである。 が、しかし、その音だけを聞いていると何やら砲撃のようでもある。 中東の人々もこんな音を聞いているのか、と想像した。われわれとは違って、おびえながら聞いているのだろうが・・・ イスラエルはますますエスカレートしてきた。対レバノンに気取られていたら、対パレスチナでは、こんどは自治評議会(国会)の議長を拘束したらしい。すでに、ハマスの閣僚8人と議員20人以上を、テロ行為への関与を理由に拘束してきた。やってくれますな。 前にも書いたが、相手国家の主権蹂躙もはなはだしい。日本に置き換えれば、河野議長や麻生外相が他国に拘束されたみたいなものだ。 テロを仕掛けるのはハマスやヒズボラかもしれないが、戦争を仕掛けているのは間違いなくイスラエルである。 国家間の戦争になって当然の所業だが、パレスチナやレバノンに応じる力はない。イスラエルはそれを見越して戦争を仕掛けている。戦争なら負けない力を保持しているという確信があるからこそ戦端を開ける。それは力の誇示であり、侵略と言っても言い過ぎではない。 結果として、100人の死者で済む争いを、1000人に拡大することになる。その原因はすべてイスラエルにあると言っていい。 イスラエルにも理屈があろう。自国の正義を信じることは許される。国際舞台で活躍するためには、他国よりも秀でたもので勝負するのは常道でもある。それが武力であっても、国家利益にかなうなら止めることはできない。 しかし、今のやり方が本当に国家利益にかなう行為なのか。はなはだ疑問である。 国際社会から、武力に頼る国家であると見られることの影響をどう見積もっているのだろうか。 負の連鎖ともいうべき影響も怖い。イランにウラン濃縮をやめる機運を遠のかせる。北朝鮮などにも、やはり核兵器を持たなければ蹂躙される、という恐怖を抱かせる。その他の小国にも、武力がなければ国際社会で生き伸びることが出来ないという考えを強いる。 しかも、その余波は確実に自分に降りかかる。現に、ミサイルなどの武器は、そうした大国に翻弄されたくないという国々を経由して、自国に降り注いでいるのである。それを忘れてはならない。 ハリネズミのように武器で身を固めて他を寄せ付けず、内にこもっていてはいつまでたっても近隣諸国と融和できない。 中東の地では新参者であることを自覚すべきだ。歴史をさかのぼって、今のイスラエルの地で生存する権利があると叫んでみても、大戦後、突然闖入してきたという事実は消えない。有史以降のほとんどの時間、その地で生活圏を切り開いてきたのはパレスチナの民なのである。突然闖入してきた者として抵抗にあうのは当たり前である。それを武力のみで制圧するのは侵略者と変わりない。 新参者こそ、その地に溶け込む努力をすべきである。自分たちにも生存権があることは、相手の生存権を脅かさなければ認めてもらえるはずだ。 確かに時間は掛かる。しかしそれは仕方ないことだ。逆の立場になって考えれば容易に想像がつくだろう。溶け込む努力を重ねていけば、他民族と融和することは充分可能である。 実際、先進国に等しい産業を構築し、近隣諸国から出稼ぎ労働者を受け入れてきた。彼らに富を配分することができた。それは強みであり、存在を認めてもらえる大きな原動力だ。 どの国家も犯罪者を0にすることが出来ないように、他民族の抵抗を0にすることはできない。しかし、時間をかければ限りなく0に近づけることが出来るはずだ。最初の抵抗のレベルを10とすれば、厭戦感や労働者受け入れで5ぐらいになってきたと信じるべきだ。それをまた6や7に上昇させてどうする。 国家間の戦争を仕掛けようとする国は、今日、もうほとんどない。科学技術に優れた国では皆無といっていい(アメリカだけは例外?)。
そんな国際社会の中で、今のイスラエルは異端児だ。そんな立場から早く降りるべきだ。 |



