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エジプトで起こったことは革命?
そうかもしれない。最高権力者が辞任しただけでなく、憲法を停止し、議会を解散することを決めたのだから。権力が覆ったに等しい。
憲法を改正して大統領職に就く者の権力も狭められるのだろう。議員も公平に選出されるようになるのだろう。それらによって民主化が格段に進むことになれば、独裁から民主主義に転換したことになる。
それにしても若い国だ。今回の暴動関連記事で初めて知ったが、エジプトの人口は、1980年の約4,400万人から2010年には約8,400万人にまで増えたそうだ。30年間で2倍近く、ということは人口の半分は二十代以下ということになる。
この若さが、大きな暴動を引き起こす原動力になったはずだ。若い国のエネルギーは計り知れない。
日本にもそんな時代があったような気がするが、今は高齢者の国へとまっしぐら。とても革命や大暴動を起こすエネルギーがあるとは思えない。選挙での投票行動で暴動のような意思表示をするくらいか。
幸い、日本の政治はかなり民主化されている。暴動などを起こさなくとも、政権に反旗を翻ることができる。問題点としては、多数派になった高齢者の意向が政治に反映されやすく、老人天国になりかねないことか。
エジプトでは若者の失業率が4割にのぼるという。この数値にも驚いた。暴動の機運はすでに高まっていたと言える。きっかけがあれば、「革命を起こせ!」の合唱が湧き上がる環境にあった。
暴動の主因は失業だ。そう判断していいだろう。この不満が権力者に向くのはどの国でも同じだ。
苦しい生活、将来への不安…。原因は社会が悪いから…、社会を形作っている権力機構が悪いから…、権力機構のトップが悪人だから! そんな連想となって国民は爆発する。
日本の若年者の失業率も高い。ただ数値としては、二十代前半でも10%ぐらいだ。他の世代より高く、長らく続く傾向だが、いまのところ暴動の気配はない。
しかし今後はどうだろう。パラサイトできる親がいなくなり、政府の援助もついえたら? 赤木智弘氏の主張が広く共有されるようになるかもしれない。「希望は、戦争」とまでいかなくとも、「希望は、革命」ぐらいの気運は生じるのではないか。
カイロ中心部にあるタハリール広場を埋め尽くしたのは20万人。他の地域でもデモや集会があったようだが、政権を打倒した主役はこの20万人らしい。
日本の若年人口は少なくなったといっても、30万人ぐらいの動員は不可能ではない。日本の首都では、この規模の集会ができる場所はないが、ならば永田町界隈を埋め尽くせばよい。
日本のことはさておき、革命に失業率を減らす力があるのかといえば、悲観的にならざるを得ない。民主化が実現したからといって、失業の原因を除去したことにはならない。
独裁者一族の利権を奪うことで公平な社会が築かれ、警察や司法の横暴が抑制されることで自由な経済活動ができるようにはなろう。その効果は決して小さくないが、社会の活力につなげるにはもうひと工夫が必要だ。ある程度の時間もかかる。
独裁国家では権力者の蓄財は途方もない額に上るものだが、それらをすべて没収しても、失業者を救うには到底足りない。救えても一時的なものだ。
利権とはパイが少ないときにこそ発生しやすく、富の集中は貧しい国にこそ起きる、ともいえるのである。
そして自由で平等な社会とは、言い訳できない社会でもある。個人の経済的困難を社会や権力者のせいにはできない。その辺の厳しさを民衆が自覚するようになるのにも時間がかかる。もはや倒すべき独裁者はいない。希望と高揚感に包まれるのは、独裁者を退場させた直後だけ、ということになりかねない。
決してエジプトの民衆に冷や水を浴びせるつもりはない。民主化は活力ある社会になるための第一歩だ。ただ、自動的に明るい未来になるわけではない。興奮するメディアに踊らされてもいけない。
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