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反論、質問受け付けますが、何せ思いつくままなので

国際・戦争

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祝 米朝首脳会談!
トランプ大統領も金委員長も、共に楽しそうでした。
会うだけで世界的なニュースになる。両者とも、歴史的会談の主役になれたことの興奮は隠せない。

金委員長がトランプ大統領につぶやく。「世界中の多くの人々は、これをSF映画のファンタジーだと思っているでしょうね」。

トランプ大統領の口舌も快調。会談の冒頭から「すばらしい気分だ」と宣言し、会談後も「だれもが期待していたことよりもはるかに優れた仕事を成し遂げた」と自賛。北朝鮮との関係は「これまでとはまったく違うものになる」と、過去の大統領との違いを強調して見せた。

金委員長にしても、父祖にはできなかったことを実現した高揚感にあふれる。対等に歓談し、体制維持をアメリカに認めさせた成果を、誇らしげに自国民に伝えた。

これだからリーダーはやめられない。国家元首としての愉悦は、世界を驚かせたときにこそ味わえる!…といったところか。

共同声明によれば、トランプ大統領は「北朝鮮に安全の保証を与えることを約束し」、金委員長は「朝鮮半島の完全な非核化に向けた債務を再確認した」そうだ。施策の具体性に乏しいことから、マスメディアや識者からは、実現を危ぶむ声が多い。

でもよかった。日本にミサイルが飛んでくることは当面なくなった。豹変しやすいトランプ大統領といえども「すばらしい関係を築いた」と公言したからには、両国の政府間協議はしばらく続くだろう。

それにしても、金委員長はどうして急に外交的になったのか。

昨年の11月のブログ記事では次のように書いた。
<金正恩委員長は外交どころか政治経験さえない。他国との交渉を取り仕切る自信など全くないに違いない。もっと言えば、外国人と話し合うことが“怖い”。よって外国訪問などもってのほか。中国さえ行けない。自分の城から一歩も外に出られない引きこもり児童と同じ心境と察する>

同時に、<金委員長も他国トップとの面談という初体験を済ませれば少しは落ち着くのではないか>と、変わる可能性も示唆したが、当時はもう手遅れだと思っていた。指導者になって6年、外国要人との接触といえば、元NBAのロッドマン氏(要人?)ぐらいしか思い浮かばなかったからだ。

すべて訂正しなければならないぐらいの急変だ。金委員長もさすがに危機感を覚えたか。それとも、打って出る機会を前から画策していたのか。核を持ち、ICBM完成に自信を得ての転身か。

国際社会は、私が指摘するまでもなく、金委員長の外交に対する自信のなさを読み取っていた。一歩も国外に出られない小心…そんな評判を本人も感じ取っていたことだろう。そんな心中の最中、トランプ大統領から飛んできた「チビでぶ」発言。外国の元首に直接的に挑発された衝撃はいかばかりだったか!

金委員長にとって、意気地無しのままで終わるわけにはいかない!との思いは強かったはずだ。実際、自ら声明を読み上げ、お返しとばかりにトランプ大統領を罵倒した。今までなかったことだ。

ただ、それだけではないだろう。
思うに、アメリカに対する軍事的挑発はもうやり尽した感があったのではないか。核開発など、できることはすべてやったということであり、経済的にも技術的にも限界に達したという意味でもある。

とはいえ、切羽詰まって外交姿勢に転じたという感じとも違うように思う。金委員長の心境としては、次のステップのつもりであろう。軍事強国の次は経済発展、という気分なのではないか。

もっといえば、我がままお坊ちゃまの興味が変わった。自国経済を先進国並みに向上させることを、オレの手で成し遂げてみよう!という野望が芽生えた。

そのような願望は、共産主義を標榜する国にとって、いったんは潰(つい)えたはずだった。前世紀の終盤、ソ連邦の経済は疲弊し、東側諸国の政権は次々と倒れていった。ところが、今世紀に入り、中国をはじめアジアの共産主義国家の経済は発展していく。

つまり、共産主義体制のままでも資本主義経済を導入できることが証明された。外資を受け入れ、企業を誘致し、貿易を活性化させることができる。近代化への道は、政治体制を問わず開かれていた。

さらに、軍事独裁の国家でも自由主義経済圏に仲間として入れてもらえる。民主制に向かう姿勢さえ示せば、先進国から経済支援や技術支援が受けられる。そんな事例が増えた。

さらなる楽観は、人権にうるさい西側諸国から支援が受けられなかったら、中国に頼れば良いという時代の変化だ。経済大国になった中国は、経済規模の小さな独裁国家への支援に熱心であり、実績を重ねている。

となれば、北朝鮮にとって経済発展を阻害する要因はただ一つ、アメリカからの軍事攻撃だ。その脅威さえ押し止めておけば、経済発展への道筋は幾通りもある――そんな思惑があっての転身ではないのか。

外交的になるのは悪いことではない。だが、注目されることに心酔しやすいリーダーというのは、“道楽”のような政治をしがちだ。火遊びに飽きて外遊ごっこをしてみたけれど思惑通りにいかない、となったらどうする?
金委員長もトランプ大統領も、共にふくれっ面がよく似合う。

慰安婦像は「歴史上の人権問題である慰安婦制度問題について、同様なことが繰り返されないことを祈る」もので、「日本を批判するものでは全くなく、大阪市が日本への批判ととるのは見当違い」と指摘したのは、シカゴ大学の山口一男教授。

大阪市長が昨年11月、民間団体から慰安婦像の寄贈を受け入れたサンフランシスコ市に対し、姉妹都市関係を解消する方針を示したことへの反対意見である。山口氏が昨年12月、ブログで発信したもの。

言いたいことは分かる。だが、ちょっとナイーブすぎないか。

学者としては真っ当な言い分である。人権に対する今日の国際規範に照らせば、日本は謝罪するしかない立場である。同種のことを繰り返してよいはずがない。また、中立的な姿勢は学者にとって重要だし、客観的な分析力に優れた学者だからこそ、逆の立場を想像できる自信があるのだろう。

しかし、慰安婦像を制作し寄贈する人たちの心理は、はたして<祈り>だけであろうか。もう少し屈折していると見るのが、真っ当な想像力ではないか。

慰安婦像は増える一方である。「相手が嫌がることをしたい」という意地の悪い心理が隠されていることぐらい分かりそうなものだ。なぜなら、慰安婦像設置運動は、「日本政府よ、過去の悪行を正式に謝罪せよ」という主張と結びついているからだ。

「日本の名誉を傷つける」意図を感じるから日本政府は設置に反対するのである。一方で設置する側は、日本政府が嫌がるからこそ執拗に設置する。<祈り>が本意ならば、日本も賛同する形式を模索するはずだ。

中学生でさえ分かる。いじめや意地悪は、相手が嫌がる行為を実行することによって成立し、自分の方に正義があるとの論拠で正当化される。そんな簡単な人間心理に目をつぶる山口氏の意図は何なのか。

慰安婦像設置を推進する人たちの心理を、もう少し踏み込んで考えてみよう。そのためには、もしあなたが近代史を勉強した韓国人だったら…と想像することが役に立ちそうだ。

…わが民族が日本に植民地化されたのは1910年。以来1945年まで日本領と世界史地図に記される。ただそれ以前から属国扱いは進んでいた。
…まず1895年、日本は日清戦争に勝った。中国におもねっていれば朝鮮半島は安泰という状況ではなくなる。それ以前に清はアヘン戦争にも敗れており、わが民族ともども、植民地化されやすい後進国であることが鮮明になる。日本の大陸進出が始まる。
…1904年の日露戦争では、日本軍は朝鮮半島からロシアの租借地に進撃。日本の勝利によってロシアの南下政策は止まったが、日本に植民地化される端緒となる。
…1945年までの35年間、我が朝鮮民族は日本国民となる。日本の炭坑や工場で働き、太平洋戦争では日本帝国軍人の一員として戦うことになる。子女が挺身隊として軍需生産に貢献し、従軍慰安婦として戦場に赴くことも当然であった。
…<創氏改名>と称して無理やり日本人風の名にされられたが、差別は激しく、過酷な労役を担わされた同胞が少なくない。
…日本は敗戦後、旧軍人や被災した民間人に一定の補償をなしたが、わが民族の日本軍への貢献はないがしろにされた。補償措置もほとんど受けられず。1965年に韓国政府は賠償金らしきものを受け取ったが、慰安婦への謝罪はなされず。

…こうした歴史的な屈辱を晴らすためにも、日本政府に辱(はずかし)めを与える必要がある。
…日本に対する劣等意識はもうなくなった。我が国は近代化を遂げ、国際競争力で日本を上回る産業も育った。鉄鋼で勝ち、繊維で勝ち、造船で勝ってきた。自動車も負けていない。電子機器分野では日本に勝つどころか世界トップにまで上り詰めた。
…日本に学ぶものはもうない。中国が台頭してきたこともあり、日本との政治同盟の必要性は減り、経済関係の比重も低下した。
…日本よ、いつまでも偉そうにふるまっているんじゃねぇ! 近代化なんて順序を踏めば、どの国だって成し遂げられるんだ! 日本が教師役だったなんて自惚れてんじゃねぇ!

もし将来、中国が国際的な政治力を身に着けて覇権国となれば、朝鮮も日本も中国の衛星国みたいになる。そうなれば、中世以前のように日本を見下す立場になれる…なんて空想をめぐらす人もいるかもしれません。

かように、加害者対被害者の関係では済まない屈折した思いが、慰安婦像設置運動には込められている。文化面も含め、日本が優越する分野が一つでもあることさえ気に食わない…ぐらいの強い思いを抱いている人だっていそうだ。そんな日本に一時的とはいえ支配されたのだから怨念は深い。正しく<恨(ハン)>の民族。

ただ正面から怨念を晴らす実力はない。大国には逆らえないという弱者意識は歴史的に深く刻まれている。だから弱者らしい反抗として、相手が根負けするまで嫌がらせを続けるという方法をとる。北朝鮮の核開発にも似たところがある。

実際、日本にとって、慰安婦像がいくら設置されても物理的損害はない。単なる嫌がらせであり、実力で阻止するほどのことではない。民事裁判ならば名誉棄損が争点になるだけだ。

さて、そんな弱者の嫌がらせにどう対処すべきか。ひとつは放置である。世界中に慰安婦像が増え続けるかもしれないが、日本政府が反応しなくなれば、設置運動の意義は半減する。日本の過去の汚点が国際的に広まるという効果だけになる。

さらに、この効果さえ粉砕する対処がある。「<祈り>であり設置を歓迎する」と表明してしまうのだ。実は、これが山口氏の意図ではないのか。学者らしい、相手の虚をつく荒業といえる。

韓国の自殺率は、比較的高いとされる日本を上回り、OECD加盟国でトップだという。

<韓国統計庁の資料によると、2016年の自殺者は13,092人。人口10万人当たり25.6人。OECD加盟国平均(12.1人)の2.4倍。2位のハンガリー(19.4人)、3位圏の日本(17.6人)と比べても抜きん出る>

1998年、日本で自殺者数が急増して3万人を超えたとき、経済不況に原因が着せられた。韓国でも経済の影響を受ける自殺率であるが、近年の韓国経済は上向きである。韓国の自殺率はここ数年、下降している。つまり、最近の急増によってOECDトップに躍り出たわけではない。

原因は、苛烈な競争社会にあるとする分析が多い。学歴社会ゆえ、大学進学率は日本を上回るが、サムスンなど財閥系有力企業の採用枠は限られる。企業間の賃金格差が大きいこともあり、就職競争は過熱する。大卒者の就職率は日本より低く、若年者全体の失業率も高い。

高齢者の自殺率が高いことも韓国の特徴とされる。高齢者の自殺率は53.3人と全体の2倍以上。

過当競争が韓国経済を支えている部分はあるだろう。能力無き者をふるい落とし、意欲の乏しい者を隅に追いやることによって、世界的に競争力のある組織を作り上げていく。国内需要を賄うだけの企業は大企業になれない。中小企業の労働者待遇は低いままで、大企業との格差は拡大していく。

厳しい競争にさらされてこそ、人は勝つために労力を傾注し、能力を惜しみなく発揮する。この法則は人類普遍だろうが、敗者に対する寛容さには国柄が出る。経済的に豊かになるほど寛容さは増すはずだが、文化の違いが複雑に作用し、単純ではない。

韓国は他人の評価を過剰に気にする社会であることが、原因の一つとも分析される。親類縁者や共同体内の他者が下す評価がストレスになっている。就職競争での敗者が社会的地位で失ったかのような目で見られ、低所得者が落伍者のような扱いを受ける社会は、自殺率も高くなるに違いない。

そういえば、日本は<恥の文化>を持つと言われてきた。日本も他人の評価に敏感な国柄と言えるだろう。そのためか、自殺率は昔から国際的に上位である。

日本は四方を海に囲まれ、異民族から侵略されにくい島国であったことが、内向的な性格を培ったのだろう。韓国は三方が海の半島だが、民族的同一性を保ってきた歴史は日本と似ている。

民族的同一性は、異民族との諍いの場では団結力を高めるが、同一性からの逸脱に対する不寛容を育みやすい。そんな伝統が、今日の過剰な競争意識となって表れているのだろう。経済のグローバル化が進んでも、国単位の文化は簡単には変容しない。

ところで、岡檀(まゆみ)著『生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由がある』という本がある。徳島県の海部町(当時)をフィールドワークしながら、自殺率が低い理由を社会学的に探っていく内容だが、冒頭で語られる話が興味深い。

<このテーマへの意識の芽生えは、… 戦争被害者の体験について聞き取りをしたことにさかのぼる。抑留されたり慰安所に送られたりという辛い体験をもつ高齢の被害者らから話を聞くうち、気づいたことがあった。同じように過酷な体験をした人たちの中にも、徐々に心の傷が癒されている人と、いつまでもトラウマに苛(さいな)まれ続けている人の両方がいる。終戦後半世紀以上の歳月を経てもなお、その苦しみがしずまるばかりかさらに強まり、精神を病んでいる人さえいた。
当然、個人差というものがあろう。しかしそれだけでは説明しきれない何かがあり、なぜそこまでの大きな差が生じるのかと考えるようになったとき、その違いの背景に、彼らが戦後もどって行った故郷やコミュニティの規範、隣人たちの価値観が大きくかかわっているということに思い至った。戦場からもどって来た彼らを故郷の人々がどのような態度で迎えたかによって、彼らの苦しみの度合いは大きくも小さくもなっていた>

簡単に言えば、心に傷を負った人を癒す文化が、その共同体にあるかどうかということだ。この逸話は、自殺率に関し、もう一つの視点を与えてくれる。

韓国には癒しの文化が希薄なのではないか。癒しの場を持たない人がストレスを抱えたとき、たとえば他者への攻撃でストレスを紛らわそうとする。韓国の大学では、過激な新入生いじめが多発しているとの報道がある。

慰安婦問題を執拗に追求する姿とも重なる。ストレスのはけ口としての日本攻撃であり、攻撃の糸口を見つけたからには簡単には手放さない。また、癒しの文化が自国に薄いから、「情緒的に受け入れずにいる」との言い分となり、「和解・癒し財団」という名称となる。つまり、癒す行為を加害者たる日本に全面的に依存する。

立命館大学教授の山本耕平氏の話も示唆に富む。「韓国は日本以上の学歴社会とされ、競争の中でドロップアウトする若者が少なくありません。こうした若者の多くは、家に閉じこもらずに家出して路上で生活します。青少年福祉法に基づいて一時保護するシェルターがあるほどです」。一方、日本では引きこもりとなる。

韓国では、家族さえ癒しを与えられずにいるのかもしれない。

所変わって「イタリアでは息子が母親に甘える気風がとくに強い」(佐藤忠雄)という証言がある通り、南欧は家族主義が強いと聞く。自殺率を調べてみると、やはりイタリアはOECD内で下位グループだ。WHOの統計を見たら、2015年の自殺率はイタリアが10万人当たり7.9人、スペインが8.5人、ギリシャはなんと4.3人。

ギリシャの財政破綻が発覚したのは8年前。まだ財政再建途中で、税率は上昇、失業率も高いはずなのに!である。イタリアやスペインも財政危機が叫ばれていた。過当競争のない国は経済は弱いが、癒しの文化は発達しているということか。

グレッグソン国防次官補に朝日新聞が質問。
Q.今回の迅速で大規模な支援は、日本が同盟国だからですか?
A.確かにそれはあった。米国が日本を尊敬していること、日本に米軍が駐留していることも理由だ。
とにかく、困っている友人を助けようということだ。この支援は今後も長く続く。米国としては、不幸な大災害を乗り越えて日本と日米関係をより強固なものにしたい。(110407)

日本人らしい質問だ。支援には何らかの理由があるはず、という先入観がありあり。理由もなく支援する人はあまりいないというのが、古来より贈答文化を育んできた日本人の感性である。

しかし、欧米人の感性はちょっと違う。彼らは、助けるという行為を純粋に楽しむことができる。楽しむという表現は語弊があるかもしれないが、とにかく見返りを求める気持ちはほとんどない。したがって、上の答えで一番力が入っているのは、「困っている友人を助けようということだ」である。

贈答文化を育んできた日本人と書いたが、あちらにも贈り物の風習はある。しかし欧米人は贈ったからといって返礼を求めない。贈りっぱなしである。日本の感覚で、贈られた後に「お返し」を持っていくと変な顔をされる――というのが、欧米に住むことになった日本人が味わうカルチャーショックのひとつである。

これは私個人の経験ではないが、多くの報告がある。
つまり、贈り物は儀礼ではない。したがって返礼も想定しない、ということだ。
birthday gift はあるが、あくまでもお祝いに付随するものである。贈ることが主ではない。友人同士であれば、相手を楽しませ、喜ばせることに重きが置かれる。

同様に、困っている人に対する感性も、日本の場合は「困ったときはお互い様」という倫理が働きやすいが、あちらでは、単に「困った人を助けたい」という欲求の方が前面に出やすい。
佐藤直樹氏(『世間の目』)に言わせれば、彼らは「みてみぬふり」ができない実に「おせっかいな」人種らしい。ということは、困っている人を助ける場合も、「助けることができる自分が誇らしい」という意識が勝るといえそうだ。

阪神大震災のときにボランティア活動をしたアメリカ青年の言葉が蘇る。その理由を問われて曰く、「もちろん見返りを求めてです。誰かのために働いたとき、相手が反応してくれるから行くんです」。

彼らも見返りを求めている? 前言を訂正しなければいけないかな。でも返すのは「感謝の笑顔」だけでいいらしい。日本人の感覚では、それは「見返り」とは言えないわけで、訂正するのはやめておく。

それと、彼らは困難に立ち向かうのが好きだ。高い山に登るのも、深い海に潜るのも、極地を訪れるのも、宇宙に飛び出すのも、みな、欧米人がフロントランナーである。技術力や豊かさの問題ではない。純粋に挑戦することに意義を見出す。英雄願望が強いと言い換えてもいい。もはやDNAが違うといえそうだ。

困難を乗り越えた人に惜しみない賞賛を贈るのも、ここからくる。未知の日本人でも分け隔てない。単独航海の末、太平洋を越えてアメリカ大陸にたどり着いた日本人がいれば、「まず入国許可を」なんて野暮なことは決して言わない。最近では間寛平がアメリカをマラソンで横断したが、盛大な拍手が贈られた。

そんなわけで、助けに向かうときにリスクをいとわない感性も、日本人が好きな「犠牲心」とは少し違う。

ちょっとほめ過ぎたかな。ただ、「困っている友人を助けたい」という言葉を日本流に解釈しては間違える、ということだけは強調しておきたい。恩を着せる気持ちは、日本人が考えるほど大きくない。別の思惑がないとは言わないが、もう少し素直に受け止めるべきである。情念みたいなものなのだ。

原発事故への協力も同様だ。フランスも手を差し伸べてくれている。これも、原発大国として、原発への不信感が広がることへの懸念が第一の理由、などと解釈しない方がいい。困難に立ち向かう同士として、素直に迎い入れるべきである。

そういえば、事故現場に残って奮闘する作業員を「フクシマ・フィフティーズ」と讃えたのは、もっぱら欧米メディアであった。

エジプトで起こったことは革命?
そうかもしれない。最高権力者が辞任しただけでなく、憲法を停止し、議会を解散することを決めたのだから。権力が覆ったに等しい。

憲法を改正して大統領職に就く者の権力も狭められるのだろう。議員も公平に選出されるようになるのだろう。それらによって民主化が格段に進むことになれば、独裁から民主主義に転換したことになる。

それにしても若い国だ。今回の暴動関連記事で初めて知ったが、エジプトの人口は、1980年の約4,400万人から2010年には約8,400万人にまで増えたそうだ。30年間で2倍近く、ということは人口の半分は二十代以下ということになる。

この若さが、大きな暴動を引き起こす原動力になったはずだ。若い国のエネルギーは計り知れない。
日本にもそんな時代があったような気がするが、今は高齢者の国へとまっしぐら。とても革命や大暴動を起こすエネルギーがあるとは思えない。選挙での投票行動で暴動のような意思表示をするくらいか。

幸い、日本の政治はかなり民主化されている。暴動などを起こさなくとも、政権に反旗を翻ることができる。問題点としては、多数派になった高齢者の意向が政治に反映されやすく、老人天国になりかねないことか。

エジプトでは若者の失業率が4割にのぼるという。この数値にも驚いた。暴動の機運はすでに高まっていたと言える。きっかけがあれば、「革命を起こせ!」の合唱が湧き上がる環境にあった。

暴動の主因は失業だ。そう判断していいだろう。この不満が権力者に向くのはどの国でも同じだ。
苦しい生活、将来への不安…。原因は社会が悪いから…、社会を形作っている権力機構が悪いから…、権力機構のトップが悪人だから! そんな連想となって国民は爆発する。

日本の若年者の失業率も高い。ただ数値としては、二十代前半でも10%ぐらいだ。他の世代より高く、長らく続く傾向だが、いまのところ暴動の気配はない。

しかし今後はどうだろう。パラサイトできる親がいなくなり、政府の援助もついえたら? 赤木智弘氏の主張が広く共有されるようになるかもしれない。「希望は、戦争」とまでいかなくとも、「希望は、革命」ぐらいの気運は生じるのではないか。

カイロ中心部にあるタハリール広場を埋め尽くしたのは20万人。他の地域でもデモや集会があったようだが、政権を打倒した主役はこの20万人らしい。
日本の若年人口は少なくなったといっても、30万人ぐらいの動員は不可能ではない。日本の首都では、この規模の集会ができる場所はないが、ならば永田町界隈を埋め尽くせばよい。

日本のことはさておき、革命に失業率を減らす力があるのかといえば、悲観的にならざるを得ない。民主化が実現したからといって、失業の原因を除去したことにはならない。

独裁者一族の利権を奪うことで公平な社会が築かれ、警察や司法の横暴が抑制されることで自由な経済活動ができるようにはなろう。その効果は決して小さくないが、社会の活力につなげるにはもうひと工夫が必要だ。ある程度の時間もかかる。

独裁国家では権力者の蓄財は途方もない額に上るものだが、それらをすべて没収しても、失業者を救うには到底足りない。救えても一時的なものだ。
利権とはパイが少ないときにこそ発生しやすく、富の集中は貧しい国にこそ起きる、ともいえるのである。

そして自由で平等な社会とは、言い訳できない社会でもある。個人の経済的困難を社会や権力者のせいにはできない。その辺の厳しさを民衆が自覚するようになるのにも時間がかかる。もはや倒すべき独裁者はいない。希望と高揚感に包まれるのは、独裁者を退場させた直後だけ、ということになりかねない。

決してエジプトの民衆に冷や水を浴びせるつもりはない。民主化は活力ある社会になるための第一歩だ。ただ、自動的に明るい未来になるわけではない。興奮するメディアに踊らされてもいけない。


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