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首相が「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と叫んだ7月の都議選では、自民党は負けてしまった。でも今月の総選挙では、「こんな人たち」に勝つことができました。
首相は「安部やめろ!」などと誹謗する人たちを、「こんな人たち」と指弾しました。たしかに首相個人や自民党政権への批判活動が本業のような人たちがいます。生き甲斐のように情熱を燃やす人たちがいます。首相が「こんな人たち」と表現したくなる気持ちも分かります。
対する首相も情熱的です。ときに、批判は一切受け付けない!ぐらいの勢いで反駁する。きっと、批判がましいことを公言する人たちすべてを「こんな人たち」と思っている。
首相は以前、特定のメディアを取り上げて、報道の仕方が公平でないと苦情を述べたことがあります。首相からすれば、それらのメディアは政権批判に情熱を燃やしているようにしか見えない。「こんなマスコミ」にも負けるわけにはいかない。
マスコミは、権力監視への役割意識が強く、常に批判的です。政策のデメリットを言い立て、副作用を書き連ねます。運用上の危惧も示す。権力者を疑い、性悪説を前提とした論を振りかざす。
国民の中にも、社会のマイナス面をすべて政治にせいにする人たちがいます。経済の不振も、福祉の不足も、財政の危機も、治安の悪化もすべて政治のせいというわけです。個人的な不幸さえ政治のせいにしかねない。
「すべては政治が原因」と考える人たちと、批判的なマスコミが呼応し合うと、政権批判のうねりは大きくなります。首相にとって、批判的マスコミに同調する国民も「こんな人たち」の範疇に入るはずです。
一方、内閣を支える官僚たちはどう思っているのでしょう。その心境は少し複雑です。政府の努力を一顧だにしない我がままで無責任な国民、あるいは主体性のない国民との見立てがある反面、従属させやすい国民とも映ります。主体性がないからこそ、社会情勢の好転を政府のおかげと思わせることができる。
官僚たちはまた、すべての国民を満足させる政策はありえず、あちら立てればこちら立たずとなりやすいことを承知している。法案は、デメリットや副作用などを勘案した上で、便益の方が大きいと判断して作成している。だから、ほとんどの批判は想定内。批判が大きくならないことに腐心するだけのことです。
首相をはじめ行政府内で働く政治家たちは、これまで、そんな心境の官僚たちと一体化しながら政府を運営してきたが、どうも最近は違うようだ。批判を鷹揚に受け止められない。マスコミは批判活動が本業だから仕方ないとはならない。どうしてだろう。
子供っぽい性格だからでしょうか。一つの解答ではありましょう。子供は自分に自信がなく、批判に対してとても敏感です。自意識過剰な青少年にとって、自分への批判は人格の否定のように聞こえる。だから感情的に反発するばかりで、冷静に反論できない。
面白いのが、そんな子供っぽさを国民の多くは否定的に見ないこと。感情がすぐに表に出るのは素直である証であり、隠し事ができない好ましい人間性と捉える。
なぜ好ましいのかというと、自分と似ているから。自分と似ている人間がリーダーに就く、それは自分自身への肯定につながります。
豊かになればなるほど子供っぽいままでいることが許される社会になる。そこで普通選挙をやれば、幼稚なリーダーが選出されやすくなる。海の向こうでは、粗野で気まぐれで無責任に見える人物が大統領になったが、有権者の人間性を反映していると言えそうです。
政治家が情実で制度を捻じ曲げ、返答に窮する場面に追い込まれ、言い逃れを繰り返しても、イメージはマスコミが思うほど悪化しない。これも同じ理由です。国民の多くがやりがちなことだからです。
なお、子供っぽさが肯定される社会では、人間的に成長することは“悪”です。「お前は変わった」と非難されます。狡猾になったとさえ思われますので注意しましょう。
庶民はエリート官僚が嫌いです。自分と違うからです。その人間性が理解できないからです。頭の良さを使って自分が有利になる事ばかりを画策している、と想像しています。
実際、バブル時代には官官接待が横行し、天下りが拡充しました。贈収賄事件などもありました。これらの不祥事を経て、公務員制度改革の必要性が政治課題となっていきます。しかし官僚内閣制と揶揄されるくらい政治に介入してきた官僚たちの抵抗は激しく、公務員制度改革は簡単には進まなかった。
でも安倍政権が実現します。内閣人事局が2014年5月に設置され、官僚の幹部人事を政治主導で決められるようになった。内閣人事局長は内閣官房副長官が務めますので、事実上、首相官邸が人事権を掌握する制度です。官邸に逆らう官僚は降格されます。
人事権の掌握は強力です。官邸機能は強化されました。首相が強気になる下地となった。「批判を鷹揚に受け止められないのはどうして?」の解答のひとつに、この人事権掌握があるような気がしてならない。
官僚は首相の意向を忖度(そんたく)しながら仕事するようになる。首相の情実に手を貸す。その一つが「もり・かけ疑惑」というわけです。
公平性に欠く国有財産の引き渡しや許認可は大きな政治問題ですが、国民の多くは驚きませんでした。実際、選挙にあまり影響しなかった。自分たちも人情を尊重する生活をしているからでしょう。
選挙で議席数を確保し、官僚も牛耳れるようになった。逆らうのは在野の活動家だけ…。こうして首相の頭の中では、批判者は、「こんな人たち」と指弾できるくらい小さな存在になった。
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