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今話題の萩生田官房副長官は、安部首相を「お坊ちゃま育ちのわりには、不良と付き合うのがものすごく上手だ」と論評したことがあるそうだ。「不良」とはプーチン大統領やトランプ大統領のことというから恐れ入る。
昨年11月23日に開催された、櫻井よしこ氏が理事長を務める「国家基本問題研究所」主催のシンポジウムでの発言とのこと。フィリピンのドゥテルテ大統領やトルコのエルドアン大統領の名も上げ、「荒っぽい政治家と堂々と話すことができる」と続けたらしい。
仲間内での軽口であり、安倍首相を持ち上げることが主眼とはいえ、他国の大統領をつかまえて「不良」はない。与党幹部としては失格だ。本人こそ不良国会議員だ。
確かに強権を発動するタイプの大統領たちである。トランプ大統領などは口汚い罵り言葉を平気で口にする。戯画化するなら「不良」として描きたくなる。私も「幼稚」と批判してきた。しかし、首相側近の立場の人間が、公の席で発言してしまう神経はどうかしている。国民の代表たる国会議員としてふさわしくない。
結局、緊張感がないんだよな〜。「お坊ちゃま育ち」も含めて、聴衆へのサービス、受け狙いの言葉遊びである。加えて、安部首相とは、お坊ちゃま育ちと揶揄しても許される関係だと伝えたかったに違いない。
この手のタイプの政治家は、国民にとって危険である。他国の権力者を「不良」と呼ぶ感性は、当然、国民にも向けられる。言うことを聞かない国民は「不良」であり、反政府デモをする「荒っぽい」国民と堂々と渡り合える権力者こそ優れている、となる。
さらに、権力を保持する立場を当然視するようになると、権力行使はどんどん遊戯化する。腐敗したり尊大になるだけでなく、遊びのような無責任な権力行使が増えていく。絶対的権力の権力行使は絶対的に遊戯化する!
特に、萩生田氏のような側近や幹部クラスが危ない。権力機構に長くいる彼らは、世の中には権力者と権力に従う者の二種類しかいないという考えに染まる。国民を権力に従うべき存在としか見なくなる。
そんな彼らの権力行使は強引なものになりやすい。一般国民は“下々の者”扱いとなり、ときに無謀な要求を強いる。国民をコントロールすることに使命感を持ち、やがて優越意識となり、愉悦を覚え、果てに権力を弄(もてあそ)ぶようになっていく。
先の大戦では、司令官クラスが無謀な作戦を進言したり実行しました。ノモンハン、インパール、ガダルカナル…。ていうか開戦そのもの無謀かぁ…。特攻隊という無謀な戦術もあったし…。沖縄戦での抵抗も無謀だったし、挙げればキリがない。でも今日の政治批判の例として用いる私の行為も無謀か? 時代が違う?
国民主権の国になったのだから、戦前戦中のようなことは起こらない、と私も思いたい。ただ、権力機構というのはどうしても、権力を弄ぶ人間を産み出す。権力側に都合の良い遊戯のような命令が発せられることを防げない。その辺は、時代が変わっても、権力の変わらぬ傾向であるように思います。
だから、そうした不良政治家を監視することを国民は怠ってはいけない、主権を行使することをためらってはいけない!という話になりますが、それはさておき、萩生田発言にはもう一つの感想がある。それは、「安倍首相は外交が上手」という評価が政府与党内に浸透している様子がうかがえることです。
外交のシナリオは外務官僚が描くことが多いが、その成否は政治家の力量に頼る部分が大きい。安部政権による外交政策はそれなりの進展を見せている。
一昨年末の日韓合意やTPP成立は、その後、相手国の政権交代によって頓挫したとはいえ、外交成果として認められる。北方領土問題がらみのロシアとの経済協力も危うくなったが、一旦は前進を見た。頓挫しても停滞しても安部首相ならば新たな合意を模索できるのではないか、という気運が政府内に漂っているように感じる。
萩生田氏が褒めるように、相手に取り入る資質が安倍首相に備わっていることは、トランプ大統領への対応で証明された。少なくとも政府内の評価は高い。友好ムードを演出できる能力が国益に結びつくとは限らないが、国際社会で生き延びていくための重要な要素である。
安部首相のこうした資質が高評価になるのは、多くの日本人が異質な人との関係構築が下手だからだ。異国人に物怖(ものお)じしやすく、親しい関係になるのに時間がかかる。内弁慶は日本人の特徴だ。
与党内に「首相は安部しかいない」みたいなムードがあるのは、外交的資質を持つ政治家が少ないからだろう。だから外交的資質が尊重され、首相になる要件としても重要視し過ぎることになる。
でも、規範意識が低い人ほど社交性があるんですよね〜。前例を破ることに躊躇がなく、基本的に融通無碍だから、相手には外連味(けれんみ)がないと映る。偉そうに振る舞うことへの欲求が薄いから、アクの強い他国の大統領に好かれたりする。
妥協することにも躊躇がない。それは日韓合意に表れている。実質的に謝罪しているのだから。この問題については、蒸し返す韓国側に非がある。明らかに図に乗っている。
とはいえ内政では強弁しがちだ。それは攻められる立場だからだ。偉そうに振る舞う欲求が薄い一方で、褒められることに無上の喜びを感じるタイプだから、持ち上げてくれる人に「お坊ちゃま育ち」と揶揄されても気にしないが、反対に、責め立てる人への嫌悪はひとしおである。
外交は基本的に駆け引きであり、罵り合う場面は少ない。敵国でなければ、丁重に扱うのが相手国の立場である。安部首相の場合は、異国人への違和感より、主要国のトップとして遇される気持ち良さの方が勝る。
強弁しがちなのも、実は規範意識の低さと関係がある。強弁すれば押し通せると思うのは、規範や原則への配慮に欠けるからである。物事は規範や原則に従って動いているわけではないと思っているからである。
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