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反論、質問受け付けますが、何せ思いつくままなので

政治・政策

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ひるがえって、日本はどうなのか。トランプ現象みたいなことは起こるのか。

いまのところ、他国や他民族を挑発するような人物が権力の座に就く機運はない。安倍内閣は高支持率を維持。安部首相は感情的になりやすいが、攻撃的になるのは野党や国内メディアに反論するときに限られる。

日本でも、格差拡大や貧困層の増加が話題になっている。バブル崩壊以降、非正規雇用の比率は上昇し続け、平均賃金は低下傾向。生活が苦しくなったと答える世帯が増えている。

ただ日本人の場合、庶民という立場では、いつの時代でも「生活は苦しい」と答えるのが慣わし。バブルの頃でさえ、「バブルの恩恵は私のところまで回ってきません。物価が上がって困る」と嘆いていた。内心はともかく、表向きは「他人さまより裕福ではありません」と卑下するのが礼儀である。

ところが、卑下する割には中流意識が消えない。…賃金が上がらず生活は少し苦しくなったが、みんなも苦しいと言っているから自分の生活は平均レベルだろう――との判断にもとづく。貧困が話題になればなるほど、むしろ「自分だけじゃない」と安心してしまう。

こうした日本人の特性が、相対的貧困レベルに落ちた人でさえ<中の下>意識にとどまる理由だ。もっとも、他の先進国と同様、相対的貧困といっても飢餓に陥るわけではないが…

日本人の方が謙虚であると言ってもよい。アメリカ白人には「オレは世界一の国に住んでいる」といった慢心がある。日本でもヘイトスピーチはあるが、広くは浸透していかない。

日本では同時にデフレが進み、賃金低下の悪影響を緩和した? いや、デフレと賃金低下は互いに影響し合っています。デフレだから賃金が低下し、賃金の低下によってデフレが維持される。デフレが生活苦を緩和しているとまでは言えない。

日本も経済成長できない国になったことは確かだ。デフレがその象徴。需要の増大はもうない。これからも、生活水準が低下する世帯は増えていくだろう。

失業率が低い? 日本の場合、高齢化が失業率低下に貢献している。医療や介護職の需要が増加した。高齢化とは生産年齢人口の減少でもあり、雇用の需給は逼迫しやすくなっている。失業率の低下は景気回復とリンクしない。(ちなみに失業率の算出方法は日米で異なる。アメリカの方が高目に出る)

ところで学者の中には、先進国全体を俯瞰して「ここ40年、経済を成長させるための試みは失敗した」と表現する人がいる。しかし「失敗」なのだろうか。失敗と表現するからには「成功」のための方策があるように聞こえるが、経済が成長しないのは本当に政策の不手際のせいなのだろうか。

私にはそうとは思えない。やはり「経済成長の終わり」なのだ。日本政府も日銀もできることはやり尽した。なのに「成功」が遠いということは、先進国共通の「経済成長の終わり」という現実があるからだ。そろそろそのことに気づくべきだ。

政府は、景気対策と称して財政出動に明け暮れてきた。公共事業としてのインフラ整備は、増額されればされるほど経済効果が薄れ、限りなく失業対策事業に近くなる。

産業振興として行う企業への助成措置も似たようなもの。発展中の産業ならば成長速度を少し上げるだけだし、衰退中の産業ならば延命に少し手を貸すだけ。消える運命にある産業ほど苦境を強く訴えるから、政治的案件となり、手厚い助成の対象となる。

これらの財政措置は失業者を減らし、生活保護費の増額を抑える効果があった。逆に言えば、生活保護費代わりの政府支出ということになる。名目が違うだけで実質的には救済費用。しかも、その原資は借金。

政府は借金を重ねるが、国内で楽に資金調達できてしまうのも、経済成長できない国であることの証。民間に資金需要がないから、政府はいくらでも借金できてしまう。国内に投資先が少ないことの反映であり、経済成長がままならない国になったことを表す。

財政出動に限界を感じつつも諦めきれない政府は、金融政策に期待を寄せ、日銀に圧力をかける。第二次安倍内閣になってからは、過剰な金融政策が実行されるようになった。

日銀はまずゼロ金利政策を実行。市中金利はどんどん下がって行った。想定では、企業は投資を増やし、市民の支出も増え、経済活動が活発化するはずだった。

次に国債購入。日銀が国債を引き受けることは禁じ手であるが、市中から調達するという名目で、銀行所有の国債を大量に購入。市中には現金があふれ、デフレは退治されるはずだった。

ところが住宅投資が増えたぐらいで終わる。インフレ率も目標の2%に届かず、「成功」を手にすることはできなかった――というのが昨年までの経過。業を煮やした日銀が次に繰り出したのがマイナス金利政策。

ゼロ金利になっても資金需要が増えなかったのは、モノの需要が飽和状態だからだ。新商品は現れるが、モノの需要の総和は変わらない。企業はそもそも内部留保が潤沢だ。銀行が国債を大量に保有していたのも、投資案件の縮小が原因である。

にもかかわらず、究極の金利政策であるマイナス金利を導入するとはどういう神経をしているのか。もうマネーゲームでもなんでもいいから現金を循環させろ!といった破れかぶれにしか見えない。浪費で経済を支えるしかないとの表明にしか聞こえない。

思うにマイナス金利は、経済成長する余地の消えた先進国経済の末路を示している。
<続く>

アメリカ大統領選から一か月半が経つというのに、学者たちからは相変わらずナイーブな発言が聞こえてくる。ショックを受けたのは分かるが、早く立ち直れよ!と言いたい。

まぁ、学者にはナイーブな人が多いのだろう。思索が商売の人たちだ。マスメディアに登場する学者は、それなりに刺激的なことが好きなのだろうが、平穏な環境で冷静な議論をしたい人たちに変わりはない。安全な場所で過激派の動向を論評することはできても、研究室の窓外で大衆が反乱していては落ち着かない。

しかし、多数決が必ずしも正論を導き出さないことは知っているはずだ。正義を無視し、倫理を軽んじ、歴史を省みない大衆が多数派になったからといって、おじ気づいてどうする。

学者たるもの「大衆は幼稚になっている」ぐらいのことを言ってほしいものだ。

なのに、どうも大衆に寄り添いたいようで、「中間層の苦境を理解します」と言ってみたり、トランプ現象は自明のことであるかのように語る。困ったものだ。言っておくが、大衆の多くはエリートが嫌いだ。学者も同類。大衆にとっては、その旺盛な知識欲や豊富な語彙が、そもそも鼻持ちならない。

著名な学者たちは、自分以外のエリートの間違えや失敗を指摘するのが得意です。ならば大衆が繰り返す愚かさだって、しっかりと指摘してやらねば…。それが公正な論述を重んじる学者の役割というもの。

イギリスのEU脱退やアメリカの暴言大統領選出は、大衆の正当な反乱というより、幼稚化が生み出した混乱だ。先進国だからといって政治的に成熟した有権者が増えるわけではない。豊かさを味わった人間は、むしろ政治的に退化していく。

心理学の教えに、「人間は放っておかれると幼児化する」というのがあります。豊かさにおいても、これと似たことが起こる。

豊かになればなるほど共同体への意識は薄れていく。理由は簡単だ。生活を維持する上で、助け合う必要が少なくなるからだ。人情が及ぶ範囲は狭くなり、ついには家族だけにしか関心が及ばなくなる。家族だけで孤立。それで生きていけるのだから当然だ。まるで本能だけが頼りの狩猟採集時代に戻ったかのような退行。

分かりやすい例が、豊かな都市部と所得の低い農村地帯の比較だ。郷土愛が強いのはどちらの住人かといえば、言わずもがな。政治への期待にも大きな差がある。

こうして共同体への意識も、政治への感心も希薄になっていく先進国の大衆であるが、生活水準が低下するなどの不満を抱えると、途端に政治的になる。とはいえ、助け合う生活を復活させるべく共同体への意識が高まるわけではない。いきなり国家に不満をぶつけるといった政治感情になる。

政治に関心がない人間が政治権力を行使するようになる、と言ってもいい。政策を吟味するわけでもなく、複雑な利害を考慮するわけでもない。時代の変化を見据えるわけでもなく、将来を見通すわけでもない。ただただ自分の現実と勝手な思い込みだけで政治的判断を下す。

「アメリカファースト」の響きは「自分第一」への肯定感を呼び覚ます。自分第一は悪いことではないが、他者だって自分第一ですよね。他者への配慮を身に着けていくのが人間としての成長であるはずなのに、まるで乳幼児の生き方に戻るかのようなファースト意識――

学者ならば、それくらいの疑義を提起してほしい。エリートも間違えるし、為政者も罪を犯すけど、大衆だって十分に愚かです。愚かである自覚がない人ほど愚かさの度合いが高いことを、周知すべきです。

協力し合うことが生き延びる力になるとの思想的成熟を得て、やっとここまで世界は開かれてきたのに…。グローバル化とは決して不公正を広める運動ではないのに…。どうして大衆の我がままな反乱を肯定するような意見を繰り返すのでしょうかね〜

トランプ現象にまつわる記事を書くのはもう6回目だ。 始まりはエマニュエル・トッド氏への批判からだった。くどいことは承知だが、どうも気に食わない論評が多すぎる。

トッド氏は『問題は英国ではなくEUなのだ』と煽るが、煽ったところでどうなる。EUの理念までも否定するようでは、時代は逆戻りだ。単なる冷やかしならやめてくれ。まるで、何もやらない奴が何かをやって失敗した人を笑うみたいじゃないか。

「闘う君の唄を、闘わない奴らが笑うだろう」と歌ったのは中島みゆき。ここでいう「闘う」は争うことではない。困難から逃げずに立ち向かうことだ。苦境から抜け出すために努力を重ね、理念実現のために悪戦苦闘することだ。政治家ならば、錯綜する利害を調整するために、倦(う)まず、たゆまずに前進することだ。

反グローバル主義に賛同する学者たちよ、どんな未来図を描いているんだ。ナショナリストを増やして近代前期の状態に戻すつもりか。国家至上主義の政治家が権力を握り、好戦的な国際社会になるだけだぞ。

権力者を冷やかしたい気持ちは分からないでもない。人為的な操作で、すべてがうまくいくと考えるのは傲慢だ。そんな権力者がいたら笑い飛ばしていい。だが、自分第一を絶対視することにつながりかねない反グローバル主義より、EUという人工物の方がマシだ。

反グローバル主義は自由貿易思想も否定する。確かに、孤立主義の方が面倒が少ない。国家が交流すれば対立する場面が多々発生する。利害調整に骨が折れる。様々な外交文書が必要になる。しかし、対立を経験しなければ、相手の立場に思い致す想像力は生まれない。反省ができない幼児のままで終わる。

…Once Upon a Time 昔々、大きな商家に生まれたボンボンがいました。うぬぼれが強く、見栄っ張りで、金遣いが荒い。遊び呆けたあげく、身上(しんしょう=資産)をつぶしました、とさ。

経済のグローバル化によって経済成長する国が増えた。先進国に準じる経済力を身に着けた国は、新興国と呼ばれるようになった。かつての発展途上国という表現は消え、今や、開かれた国になるなど条件さえ整えば、どの国でも経済成長できる時代となった。

道筋としては、農業の生産性が向上し、余剰労働力が生まれ、工業が発展して輸出量が増え、国民所得が伸長していく。資源国以外の経済成長はほとんどがこのパターンである。

手を貸すのは先進国である。技術移転し、インフラ整備を指導し、近代的な工場を建設し、工業品の輸入も引き受ける。先進国の中間層から仕事を奪うことになるにもかかわらず、まるで先進国自らが新興国への所得移転を主導しているように見える。

しかし、“資本の論理”としては当然の成り行きである。資本は、より大きな利潤が見込める所に投下される。コスト低減になる低賃金国への工場移転は止められない。

それだけではない。豊かさが足りない国の方が成長余力が大きいと判断される。貧しい暮らしを送る人々は、所得が増えれば衣食住の充実に邁進する。需要増大である。内需による利益という面でも、低賃金国へ投資した方が資本効率は良いわけだ。

この成り行きは、資本主義国に住む人間ならば受容しなければならない。自分たちの豊かさも資本の論理がもたらしたものだ。自分たちの“いつか来た道”を低賃金国もたどっているだけである。

こうして先進国の資本は低賃金国に流れていく。資本の論理としては、経済のグローバル化は良いことなのである。このことが、経済のグローバル化を抑え込めない大きな理由である。

新興国などの経済成長の果実は、先進国にももたらされているということでもある。先進国には資本の蓄積があるから、資本家としてふるまえる余地が大きい。また、金融という産業分野は、新興国がまだ追い付いていないから、投資を仲介する分野でも先進国は利益を得ている。

経済成長しにくくなった先進国でも、投資家や金融ブローカーが富を増やしているのは、こうした背景がある。富裕層がますます豊かになっていると問題視されるが、輸出で富を増やせない先進国にとって、投資と金融は国民所得を増やせる数少ない分野といえる。

経済成長の源泉が投資と金融にかたよるから所得格差が拡大することになるが、所得の一部は国や自治体の税収となり、中間層へ還流している。先進国では失業者の生活水準が極端に低下しないのも、この所得再配分のおかげである。だから低賃金国の労働者がうらやみ、移民を引き寄せることになる。

中間層が富裕層に嫉妬するのはわかるが、低賃金国の労働者からは反対に嫉妬されていることを忘れてはいけない。それに、ITなど低賃金国が追い付いていない産業分野は成長しているわけで、中間層にも所得向上を目指す方策はある。

いずれにしても、先進国の中間層にとって、所得再配分を強化させることが政治的に正しい主張となる。トランプ氏のような資産家への増税や教育無料化などの左翼的な政策を選ぶべきなのだ。同時に、再配分の原資を増やすために、アメリカが得意な産業の成長につながる自由貿易(TPPなど)に賛成すべきなのだ。

所得再配分に頼るしかない理由はもう一つある。経済成長の終わりである。

所得面で分断が進んだことがトランプ現象の原因と分析する識者たちは、政策の不備を語り、政治家の責任を言い募るが、無責任な評論家と変わるところがない。先進国経済の本質は、需要拡大の終息である。投資活動に従事している人たちが、例外的に富を増やしているだけである。

衣食住が足りている人は、必死になって働こうとしない。動物の本能としては真っ当だ。インフラ整備が終われば、共同体としてもやるべきことは少なくなる。所得向上の意欲が減り、経済成長しなくなる。

つまり、所得が向上せず経済成長に寄与しない中間層の姿が、先進国に住む人の本来の姿というわけだ。豊かさとは需要の減退を意味する。

ただ人間は他の動物と違い、欲望に限りがない。それがマネーゲームにもつながる。需要といった意味でも、ライオンなら満腹になれば狩りをやめるが、人間はいくらでも資源を浪費できる。

一般的な人間が豊かさの次に求めるのが「楽」である。たとえば重労働をせずに済ますための機械化であり、家事労働を省略するための自動化である。快適な生活環境のための設備も進化させていく。さらに精神的な快楽の追求にも貪欲になる。「楽」のためならエネルギー資源をいくらでも投入する。

こうした「楽」の追求が様々な先進技術を生み、富を増やすきっかけになる。娯楽産業が発展すればコンテンツ輸出で稼げる。経済成長の一助になる。先進国の経済は成長の余地がない、とは言わない。

しかし、豊かさが足りない国の経済成長とは質的に違う。先進国では需要が増える商品があれば減る商品もある。娯楽への需要も変転するだけで産業全体が一直線に拡大するわけではない。豊かさの追求に邁進する国の成長力を比べれば、「楽」の追求による成長など高が知れている。

それに「楽」の追求とは、仕事をなるべくしたくないということでもある。余暇活動を充実させることに関心が向かう人々が、生産活動を増大させるわけがない。好奇心の希薄な人は娯楽にさえ興味を示さず、日常生活の活動量が落ちていく。本能に忠実な人ほど消費は減退していく。

「いま成長を阻んでいるのは格差です」なんて偉そうに語る学者たちは、もう少し先進国の人々の生活を観察し、その上で論述してもらいたいものだ。

…話は続きます。
旧世代を糾弾する言葉が過ぎたかもしれないが、現実を受け止める力を育てないと、永遠に精神の安寧は訪れないと思うわけです。かくいう私も旧世代です。エリートでもありません。だれかのせいにしながら生き、愚痴りながら死んでいくのは避けたいものです。

自分の尊厳を守ることは大事です。そのための戦いは認めます。しかし、尊厳を守るために他国をさげすんだり、他民族を排斥して良いという倫理はない。憂さ晴らしの弱者虐待が許されないのと同じです。

だいだいアメリカ白人の反乱と言ったって、生命の危機といった深刻な理由ゆえの行動ではない。大方は生活水準が低下したことへの不満が理由だ。精神的な不遇感がエリート層への嫉妬を倍増させている。

嫉妬心をなくせとか、他人との比較をやめろと言われても無理であろうが、先人たちが説いてきたように、他人との比較だけで生きることは虚しい。経済的豊かさだけを喜びにすることは不毛だ。年を重ねれば、多くの人がそのように悟る。そして別の道を探ることになる。

でも先進国の旧世代にとって、悟ることは難しいのかな。経済成長に浮かれた世代ですからね。年ごとに豊かになっていく中、消費生活の快楽を存分に味わってきた。なのに、この快楽が味わえなくなった。まるで薬物中毒者が薬を断たれたような気分でしょうか。

ならば若い世代と比べてみましょう。バニー・サンダース氏は「たぶん近代史で初めて、いまの若者世代は親世代よりも低い水準の生活を送るだろう」なんて言います。真実味のある予測であることは、少し想像力を働かせれば分かるはずです。自分たちは恵まれていたと自覚すべきです。

サンダース氏は明確な説明をしていませんが、理由はもちろん経済のグローバル化です。先進国では中間層の高賃金が成り立たなくなっていく。TPPから離脱したって無駄です。経済のグローバル化を押しとどめることができないことを、TPPを否定していたサンダース氏でさえ認めてしまっているわけです。

他の先進国の中間層は共通して、生活水準の低下を余儀なくされると予想されます。復興、増産、貿易拡大といったかつての栄光はない。少なくとも、新興国などが代替できる仕事にしか就けない中間層は、所得減少を覚悟しなくてはいけない。

保護貿易を強化したって、一時的な効果しかありません。多くの製造業が自国に戻ってくるでしょうが、高賃金のままでは製造物も高額になり、物価が上がるので、労働者の生活水準は改善しない。再び、安価な輸入物を求める経済に戻ります。

安価な輸入物が、豊かな生活を支えていることを忘れてはいけません。中間層も恩恵を受けています。「代わりはいくらでもいる」と言われかねない労働者でさえ、世界水準に照らせば豊かな暮らしができている。

外国の低賃金労働者のおかげで生活水準が保たれていることを無視して、保護貿易を求めるのは矛盾です。フェアトレード運動の賛同者なら「富の収奪」とか「搾取している」という表現を使うでしょう。先進国の中間層はグローバル化の被害者ととらえる識者がいますが、ならば新興国の労働者が加害者なのでしょうか。

先進国は科学技術の面で世界の先端を走っていますが、これも「搾取」によって生まれた余力のおかげです。研究開発に多くの資金を投下できる。多くの労働者を研究職に従事させることを可能にしている。

保護貿易を強化すると、この余力がなくなる。旧来の製造業に多くの労働者を差し向けなければならなくなる。先端産業への労働者供給が減る。その結果、他の先進国との競争に敗れ、国力が低下するかもしません。

国力が低下したら、中間層が受ける被害は大きい。トリクルダウンの流量が細る。税収も減るので、政府の所得再配分機能が低下し、福祉政策の水準が維持できなくなる。

輸入をブロックする唯一の方法は、製造原価を輸入物価の水準まで下げることです。新興国からの輸入物なら、新興国と同じ生活水準で満足する労働者がいて初めて国内製造に切り替えることができる。後進国からの輸入物なら、さらに低い生活水準で暮らす労働者が必要なわけだ。

中国に仕事を奪われたと言いつつ、中国の労働者と同じ生活水準では満足できないアメリカ白人の姿は、新興国の労働者から見れば奇妙でしょう。(日本だって、1970年代の生活で満足する労働者がたくさんいれば、製造業はふたたび活況を呈する)

考えてみれば、先進国で仕事にあぶれた人たちも、後進国の人たちのように、他国に出稼ぎに行っていいわけです。新興国には、先進国から移転してきた製造業が生産を伸ばしています。製造業は旧世代にとって慣れ親しんだ仕事です。

ただし、いずれ、現在の新興国も賃金が上昇して、新たな低賃金国に製造拠点を譲ることになる。この流れが続けば、世界中の一般労働者の賃金は同レベルになる。つまり経済のグローバル化とは、賃金水準がグローバル化していくことを意味する。
このことはまた、製造拠点の移動に伴走すれば、労働者は生き延びられることを意味します。

そうそう、アメリカの白人も元はといえば移民でしたね。なのに国境に壁を作るなんて公言する人物を大統領にしてしまうなんて…。かつてのフロンティア・スピリットはどうしちゃったんでしょうかね。

アメリカは近代前期は農業国だったのが、イギリスから世界の工場の地位を奪い、経済で世界の中心に躍り出た。しばらくは軍事大国の道を選ばず経済力に専心。人種差別とも戦い、ついに黒人の大統領を選ぶ成熟を見せた。そんな国がどうしちゃったんでしょうかね。1970年代の英国病みたいになっちゃうのか。

いずれにしても、アメリカ・ファーストと言ったって、世界から孤立すればファーストもセカンドもない。

能力さえ認められれば、貧困家庭出身でもエリート階層に飛躍できる――と前回書いた。少々誤解を生んだかもしれない。断っておくが、ここで言う“能力”とは、先天的な才能のことではない。一般社会で必要とされる能力のほとんどは、努力と根性で身に着けるものである。

時代の変化についていけない旧世代にとって、努力とは“仲間にできることが自分もできるようになる”ぐらいなものであった。新しい産業に興味はなく、新しく求められる能力にも関心を寄せなかった。それでもしばらくは十分な報酬を手にすることができた。

精神生活も楽であった。とくにアメリカのアングロサクソンにとって、第二次大戦後に得た優越感は絶大で、他民族や他国について理解を深める必要性を感じなかった。

自分の感性と異なる人々を理解する必要のない贅沢な精神生活――そんな生活を続けていれば想像力は衰える。だから仲間以外の他者と交わることができない。異質な他者を受け入れる勇気もなく、排他的になる。

彼らのエリートへの嫌悪にしても、想像力の欠如が関係している。大衆のために働くエリートがいることを信じない。エリートすべてがシティやウォール街で働いているような強欲な連中だと断定する。

オバマ政権を運営するエリートたちは、リーマンショック後の金融危機を収束することに成功した。GMも救済した。OBの年金は減額したが、アメリカ全体の経済を巡航速度に戻した。TPPは、国際競争力のある国内産業をさらに発展させるための布石であった。

トッド氏は「経済的な対立」というが、旧世代の反乱は経済だけが原因だろうか。どうもそうとは思えない。奮闘努力するエリートたちを横目で見ながら自分は努力しようとしないのは、努力する奴がそもそも気に食わないからだろう。

…人知れず努力して、ひとりで儲けようとする奴は、仲間を見捨て、平気で抜け駆けできる人間。だから富を独占できてしまう…

努力したくない人間の逆恨みに見える。ただし、鬱憤を晴らす方法はある。数の力だ。自分たちの方が多数派であることを示すのだ。選挙で勝てば政治は自分たちのものであり、エリートたちを追いつめることができる。

数的優位によって、理由もなく自己肯定感が得られる。努力しない人間が多数派であればこそ、気楽に生きることが正常とされ、努力型エリートたちへの批判が成り立つ。

トランプ支持者のすべてがこのような人たちだと言うつもりはないが、精神的に優位に立ちたいとの意識は共通しているように思われる。そのための道具が、アウトサイダーのトランプ氏だった。

…トランプはめちゃくちゃな政治をやりかねないと怯えるエリートたちをあわてさせたい…
…超大国を運営していると偉そうにふるまうエリートを引きずり下ろしたい…
…エリートの権威を失墜させたい…

だからトランプ氏が大富豪であろうが、富裕層が喜ぶ減税を公約しようがかまわない。規制を緩和して金融エリートがさらに富むことになってもかまわない。弱者救済の原資が少なくなることにも頓着しない。ただただ時代に取り残されている感のある屈辱を政治にぶつけたかっただけ。

冷静に考えれば、クリントン女史の方が経済弱者寄りの政策を遂行したはずである。予備選で左翼のサンダース氏に追い詰められ、格差是正に力を入れざるを得ない立場になっていた。

結局、トランプ支持者は、自分で自分の首を絞めることになりかねない。それでもいいのだろう。政治は自分たちの手中にあると思えることが一番大事だった。もし自分たちの経済状況が良くならなかったら、次の4年間はトランプ大統領を責めればいいだけの話だ。と、すでに思い定めているのかもしれない。

E・トッド氏は、アメリカで白人中年の自殺が増えていることを憂える。でもトランプ大統領になれば自殺は減るのだろうか。TPPを破棄すればラストベルトがよみがえると、本気で思っているのだろうか。

不満の鬱積は、外に向かえば反乱となり、自分に向かえば絶望となる。攻撃が他者に向かうか、自分に向かうかの差でしかない。自殺の増加を政治的反乱の予兆ととらえるトッド氏の認識は正しかった。でもそれだけの話だ。現状分析しただけに過ぎない。

単なる現状分析が、なぜ、反乱しても良いとの意見になったり、トランプ現象を肯定する根拠になったりするのだろうか。おかしなことだ。誠実な知識人ならば、自分で自分の首を絞めることになりますよとアドヴァイスすべきではなかったか。

新興国と競合する産業は低賃金にならざるを得ないが、それでもアメリカ国民は恵まれている…
政治力は、富裕層への増税など格差是正策実現のために使うべき…ets.

トランプ現象を肯定することの副作用は大きい。まずエリートたちに、大衆のために働こうとする意欲を失わせる。エリートたちの良心的な熱意がなくなれば格差はますます拡大するだろう。

さらに怖いのが、トランプ現象を真似する政治家が増えることだ。政敵を愚弄し、他国を挑発し、他民族への差別感情を煽る。優越感情は原始的喜びであり、大衆は容易に洗脳される。世界中の傍流政治家が、トランプ流のプロパガンダ政治によって権力の座に就こうとする。そんな危険な世界になりかねない。

20世紀を振り返れば、プロパガンダ政治がどんな悲惨な結末を迎えるか分かりそうなものではないか。
トッド氏以外の有識者も、トランプ現象を当然のなりゆきだと言い始めているが、経済弱者を救済するのがトランプ氏のような人物だと、本気で思っているのだろうか。私には、その思考回路が理解できない。


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