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反論、質問受け付けますが、何せ思いつくままなので

音楽

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ヒット曲って何?4

ここ10年くらいの日本のポピュラーシーンは振り返ってみよう。

まず小室サウンドがヒットチャートを賑わした。
ユーロビートなど洋楽に影響されたアップテンポなダンスナンバーが若者の心を捉えた。
その結果、16ビートは完全に定着した。

音程もかなり高く、舞い上がるようなメロディラインが特徴的だった。
女性ヴォーカルが自分の高音域ぎりぎりまで使い、声量も目一杯で歌い上げるような曲が主流となる。
あげくにサビは全部裏声、みたいな曲も生まれる。

この時期、ポップスの王道を行くドリカムやミスチルも霞みがちになるが、次第に落ち着きを取り戻す。
さすがの若者もハイテンションに疲れたのか、ポップスらしいポップスが息を吹き返す。

ブリグリ、ELT、マイラバなどメロディセンスで勝負するグループが人気となる。
ヨーロッパでカーディガンズなど、力みのない楽曲が売れ出すのと呼応するように、メロディを伝えることに徹するような素朴な歌声が、人々の気持ちを捕える。

と同時に、平井賢やミーシャなど本格派も徐々に台頭。
洋楽を聴いてきた人たちが、本場のR&Bを消化したような歌唱力に魅力を感じたのだろう。

若者もヒップホップに注目するようになり、洋楽に対する興味が高まってくる。
アメリカのヒットチャートに登場するミュージシャンの歌唱力は押しなべて高い。
若者の耳も肥えてくる。

そんな中で、宇多田の登場である。
あちらのヒップホップをマスターした歌唱力はかなり魅力的だった。
同時にメロディメーカーとしての実力も高水準だったため、まれに見るビックセールスとなる。

私も心酔した。
今までの邦楽にないリズム感覚は新鮮だった。
そのリズム感を正確に伝えることのできる歌唱力に、思わず引き込まれる。
創意にあふれたアレンジもメロディラインを引き立てて小気味よかった。

こうしたミュージックシーンを受けて、中島美嘉の戦略が決まってくる。
中音域の歌唱力を際立たせる、ミディアムテンポな曲で勝負。
差別化であると同時に、ハイセンスな楽曲が受け入れられるとの見立てである。

ところがその後の展開が混乱する。
というかまた落ち着いてきたということだろうか。
今のヒット曲はみんなポップ!
当然か!

旧来のロックバンドスタイルにポップな味付け。
ピップホップというスタイルにポップな味付け。
R&B調にポップな味付け。

ドラゴンアッシュ系の無骨なヒップホップが必ずしも長続きせず、M-floを経てケツメイシである。
ケツメイシはメロディアスな曲、ヒットするための曲に徹している。
間奏にラップ、といったところだが、アレンジとしても成功しており、ヒップホップを知らない人にも心地よさを与える。

それにしても、ベニーKでやっと聞くに堪える女性ラッパーが出てきたという印象だ。

柴崎コウのあまりジャズワルツは売れなかったな。いいプロデュースだと思ったのに。ジャズ風はまだポップじゃないということか。

ジャズと言えば、オレンジペコのヴォーカルは物足りないな。演奏は一流のジャズしてるのに。一部では人気のようだが、中途半端だ。

ジャニーズの楽曲も相変わらずだ。去年のウィンズの楽曲センスがよかったので変化を期待したが。アレンジは物まね気味だったが、かなり先端行っていた。

いかん! 話が違ってきた。でも、やっぱり音楽の話は個別の話の方が面白いのだろうな。

さて、ポピュラーミュージックで先端を行くというのは、みんなが忘れかけているポップなメロディを提供できるセンスのことだろう。
ファッションのように流行が巡る、という現象がポピュラーミュージックでも出てくるだろう、これからは。
ポピュラーミュージックも半世紀を越えるカルチャーになったのだから。

ヒット曲って何?3

最近のヒット曲は恋愛の歌が圧倒的に多い。
人類永遠のテーマ、という側面もあるが、最大の購買層である若者が好むからである。

恋愛を謳歌する年頃にとって愛の歌は不可欠。
映画に音楽が必要なように、恋愛をしているときには、それにふさわしい歌が必要。

おじさん、おばさんだって恋愛が始まると、なぜか歌に感応するようになるから不思議。

青春を歌うヒット曲も必ずといっていいほどある。
多感な頃は、その気持ちを代弁してくれる歌が欲しくなる。

ベテランミュージシャンも自分の子供が不慮の事故で死んだりすると、急にいい作品を生み出す。
エリック・クラプトン Tears Of Heaven

年齢を重ねると新しい経験が少なくなくる。同時に感性も鈍る。ときめく機会も減り、悲劇に対しても達観しやすくなる。
ただ、さすがに息子の死という悲劇ともなると、感性は大きく躍動する。

ブルーハーツに熱狂した人が、モンパチに反応しないのは、その種の音楽に反応しなくなったとも言える。
新鮮味を感じないという面も大きいが、やはり感性の変化が下地にあるように思う。
同じように聞こえても、別の個性によって奏でられる別の音楽である。
その種の音がまだ好きであれば、オマージュ的な作品として受け入れることは可能なはずだ。

聞き飽きたのではなく、その種の音に反応しなくなった。
反応するだけのエネルギーがなくなったのかもしれない。

モンパチはインディーズ的な活動に固執したことが原因なのか、急にしぼんだが(コンサートはやっている)、知り合いの25歳の娘は、いまでも、カラオケでみんなで合唱するのはモンパチと決めている。
それも縦ノリだ! 年寄りには付いていけん!

また、年を取ると歌詞にも反応しなくなってくる。
青春は終わり、恋愛におけるトキメキも磨耗してくると、歌詞への感度も鈍る。
恋愛感情をストレートに表現した歌が大半のヒットチャートは、やはり若者向けと言わぜるを得ない。

2年ぐらい前、当時25歳の医学生は言った。「以前のミスチルの方が、歌詞が切なくてよかった」
韻を踏むことにこだわる桜井のことだから、始めから技巧的ではあったが、やはり若いときは恋愛感情を素直に歌っていた。
しかし年を重ねてメッセージ性の強い歌詞が増え、若者の求めるものとずれ始めた。

浜崎あゆみの詞の世界は今も独特であるが、やはり初期の方が、若い感受性をストレートに表現していたように思う。
一連のヒット曲は、共感を呼ぶ歌詞に負う部分が大きかったが、経験を重ねるごとに熟練さが目立ち、共感の度合いは弱まったように思う。

ミュージシャンといえども若い感性を永続させることはできない。
長く活躍するミュージシャンだから分かる変化で、特異な現象では決してない。

ただ、宇多田ヒカルの変化は短期間で激しかった。
幼い恋愛を歌っていると思ったら、エンターテインメント性が強くなり、3年目には人生を歌うまでなる。

いずれにせよ、購買層は常に若年層に保たれる以上、提供側も若い感性で勝負するしかない。
次々を入れ替わる購買層に合わせるように、歌手やクリエーターも新陳代謝していかなければならない、と言えようか。

こうしてヒットチャートは若年者のものという風潮が、ますます強固になってくる。

あれれ、歌詞の話になってしまった。
予定では、最近の日本のミュージックシーンを振り返って終わりにしようと思ってたのに。
明日で本当に終わりにします。
<続く>

ヒット曲って何?2

国民的ヒット曲がなくなった、と言われて久しい。
世代を問わず親しまれる曲、世代を越えてヒットする曲は確かに今はない。
若者が聞く音楽と、年配者が好む音楽は明らかに違う。

年配者がポピュラーミュージックの進化についていけなくなった側面もある。
演歌を好む人が16ビートに乗れるわけがない。

エネルギーの発露のような若者向け音楽にも当然近づき難い。
パンクロックなどうるさいだけだ。

でも決定的な原因は、聞きなじんだ曲の違いだろう
好むメロディが世代間で大きくずれている。

ポピュラーソングそのものが少なかった時代には、どの世代も耳にする曲は同じだった。
当然、ヒット曲はみんなのもの。

70年代に多様化するが、センスのいいヒット曲は、まだどの世代にも新鮮だった。
好みのジャンルが分かれてくるが、全世代を魅了するヒット曲はあった。

ところが、大衆受けする曲調も種が尽きて、様々な趣向を凝らすようになってくると、簡素な楽曲しかなじめない人たちがヒット曲に無関心になる。
というか、音楽は気楽に聴くものだから、過剰な刺激はいらないということだ。

親しみを感じる曲調が固定化するという要素もある。
多くの大人たちは、多感な頃に聞いた音楽が自分にとって一番の大切な音楽であって、それ以上の音楽体験を求めない。
生活が忙しくて、新しい音楽的刺激を受け入れる余裕はない、というところか。

音楽好きの大人たちも、パターン化されたポピュラーソングから離れていく。
大衆受けする曲調に聞き飽きてくるからだ。

最も自由であっていいはずのポピュラーソングなのに約束事が多すぎる、と嘆く関係者もいるぐらいである。
でもパターンに沿って創作しないとヒットしないのだからしょうがない。

だから年とともに、聞き続けるほどに、新鮮なポピュラーソングはなくなっていく。

一方、聞き飽きてない若者がヒット曲を支えることになる。
当然、若者受けする楽曲提供となる。また、若者受けする外見の歌手ばかりとなる。

大人たちはますますヒット曲から離れていく。そもそも音楽に金を使わないからヒット戦略の対象ではない。
こうして“国民的ヒット曲”が死語になった。

昔の曲を知らない若者向けだから焼き直しの曲で十分なわけだが、作曲家たちは、クリエーターというプライドからすこしでも工夫を凝らそうとする。
しかし懲りすぎるとヒットしない。
苦肉の策がパロディだったりする。

まぁ、この辺でやめとくか。音楽は生活の中の香辛料みたいなものだ。
普通の人にとっては気楽に付き合えばいいのだから、分析してみてもしょうがないかもね。

明日、最近の日本のミュージックシーンを振り返って終わりにしよう。
<続く>

ヒット曲って何?

「メロディは70年代に枯渇した」、と言われたことがあった。
大衆受けするメロディラインには限りがあり、それ以降のヒット曲はすでに発表されているメロディの焼き直しに過ぎないという意味である。

6〜70年代は世界中の若者を熱狂させる楽曲がたくさん生まれた。
ビートルズなどのビックアーチストは世界中にその名が知られ、商業的にもかなりの成功を収める。

平和と豊かさの中で、大衆も娯楽に金を使う余裕ができ、音楽産業も隆盛した。
提供される大衆向け楽曲も飛躍的に増えた。
その結果、新鮮なメロディラインはなくなってしまった?

枯渇したかどうかは別にして、その後のヒット曲はメロディ以外の要素に力を入れるようになる。
まず、レゲエやラテンといった別ジャンルのリズムを取り入れて新鮮味を出そうとした。
確かにポリスは新鮮だった。

アレンジも高度になってくる。コード進行が複雑になり、テンションも多用するようになる。
壮麗なオーケストレーションを織り交ぜるのなど、重厚なアレンジで聞かせる楽曲も増えてくる。
インパクトのあるリフ、聞かせる間奏で売れたと思われる曲も多い。

視覚に訴える、という手法も多用されるようになる。
凝ったPVを作って人々の注目を浴びれることも大きなヒット戦略となる。
M.ジャクソンのダンスパフォーマンスは鮮烈だった。

そしてラップの登場である。
メロディは極力排除。リズムに合わせた、叩きつけるような言葉だけが楽曲の生命であるような曲が生まれる。

こうした経過を経て今のポピュラーシーンはどうなったか。
なぜか、ゆり戻しのように、メロディ重視の素朴な楽曲がヒットするようになる。
アメリカでもカントリー調のスローな曲がヒットチャートに現れる。

プログレッシヴロックというのがあった。
ジャズやクラシックの要素も取り入れた高度な演奏と、組曲のような長大な楽曲が持てはやされた。
しかし、そうした要素に感応するのは一部の層でしかなかった。
ロックバンドといえども、メロディアスなバラード曲をヒットさせなければ長続きしない。

ポピュラーミュージックはやっぱりメロディが命。
多くの人々の琴線に触れるメロディラインを提供できなければヒットしない。
いろいろな味付けしても、聞きなじんだメロディに戻るしかないのだろう。

いろいろなムーブメントが現れるが、結局はみんなが求めているのは心地よいメロディ、歌いやすい歌なわけで、味付けは特殊であればあるほど飽きられやすいと言える。
一過性のムーブメントで終わらず、ジャンルとして確立するものもあるが。

エルトン・ジョンの言葉を思い出す。
創作活動に行き詰ったジョン・レノンへのアドバイスだったらしいから、大昔の話だが。
「僕の家には数台のジュークボックスがあって、50年代以降のヒット曲がいつでも聴けるようになっている」

これはヒット曲作りのヒントである。
みんなが聞きなじんだ曲調をベースにすることが、ポピュラーミュージック創作のコツであるということだ。
それにちょっとだけ加工を施したり、新たな要素を加えて、聞く者に刺激を与える。
大きく飛躍したメロディにすると刺激が強すぎて違和感となる。

メロディラインを少しだけ予想を裏切る展開にする。
その微妙なさじ加減が快感か不快の分かれ目。

そうした加工方法が出尽くしてしまったからといって、新奇な曲調はやはり大衆受けしない。
ブリグリの奥田も「どの曲にも一箇所は、胸がキュンとなるメロディを入れるようにしている」と言った。
彼はまた、単純なコードに徹して曲を作る。

でも聞きなじんだメロディを単純に並べると盗作になりかねない。
そうならないために楽曲は重層化していく。

AメロBメロだけでは飽き足らず、サビの次にD、Eメロさえ出てくるのが当たり前になる。
メロディーに限りがあるなら、その組み合わせで勝負! といったところか。

Aメロだけ取り上げても、4小節の中に2つ以上のメロディを入れる、といった感じだ。
それぐらい懲らないと盗作まがいになってしまうのだろう。

しかし聞く方は、複雑で覚えるのに苦労する。
みんなでワイワイ歌える曲が本来のポップスなのに!
そこで出てきたのが、長年ポップスに親しんできた人には、単純でありきたりの曲に聞こえてしまうオレンジレンジなどだ。

でもしょうがない。
聞きなじんできたポップスのベースが違うのだから。
<続く>

オレンジレンジが快調だ。
昨夏の『ロコローション』からの好調が続く。
音楽関係者はこんなに続くとは思ってなかったはずだ。

そんな予想を裏切り、途切れることないヒット曲。
そんな中で飛び出したのが“盗作”という悪評だ。ちょっと前の話だが。

確かに『ロコモーション』のパロディは安易で、冷やかしたい気持ちも分かる。
その後の楽曲も今風のセンスに欠け、ヴォーカリストとしての力量も疑問。
なのにドラマ主題歌に採用されたりして、人気を不動のものにしつつある。

モンパチじゃないが、その後下降線をたどってくれれば、溜飲も下がるというものだ。
そうならないことに、プロを自覚する音楽関係者はメラメラと嫉妬心を燃やす。

松任谷由実が“VSOP”と揶揄されたことがある。全盛期の話だが。
ベリー・スペシャル・ワン・パターンということらしい。
これも代わり映えのしない楽曲で、毎年のようにミリオンセラーになることへの嫉妬だった。

どんな曲がヒットするかは予測がつかない。水物である。
だから可能性に賭けるように、次々と歌手をデビューさせる。

売れっ子プロデューサーを引き入れ、多額の宣伝費をかけた大型デビューもある。
ヒット曲を作ることはある程度できる。しかし、費用に見合った売れ方をしなければお払い箱らしい。

流行を取り入れたつもりでも必ずしもヒットせず、精力を傾けた楽曲が評価されるとは限らない。
そんな業界で、“よいこの歌”程度の楽曲がヒットすることに、関係者は我慢できない。

じゃぁ、ヒット曲ってなんなの?
<続く・・・といっても21日まで休みます。久しぶりにダイビングしてきます>

PS.でも素人は気楽だな。盗作かどうか気にしないで勝手に作れる。
私の曲は何に似てるのかな。よかったら聞いてみてください。インストのBGMです。

http://www.geocities.jp/mattac0621/index.html

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