おぴにおん0号

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アメリカ発の金融不安は大変なことになってきた。各国の株価の暴落はとどまることを知らない。日経平均も12,000円割れして、私が所持する株もボロボロである。
評論家たちは、日本のバブル崩壊後の信用収縮に似てきたと言い出した。為替相場では米ドルも下がり続けているから、輸入物価の上昇と相まって、アメリカ経済にはダブルパンチだ。資源価格が高騰しているところが、日本のバブル崩壊の頃と異なる。インフレが昂進しているのに、金融資産の価値が下がるという状況はきつい。インフレと不況が同時に発生するスタグフレーションというやつか。アメリカのサブプライムローンは低所得者のためのものだから、庶民の生活は疲弊するだろう。

インフレに対処するためには、金融商品に投資するのがひとつの方法であると、ちょっと前に書いたが、短期的にはそれも危うくなった。資源価格の高騰は進行しているから、過剰流動性は消えていないだろうが。

ところで日本の場合、日銀総裁が決まらないことが日本売りに拍車をかけているという主張があるようだが、それはウソだろう。確かに中央銀行の総裁が決まらず、通貨政策が不安定になれば、金融市場は動揺する。機敏に政策決定できないという印象も与え、経済に悪影響をおよぼす可能性は否定しない。
だが、現在、通貨政策の選択肢は限られている。たとえ通貨政策が膠着するようなことがあっても影響は大きくない。国際的な金融不安に対処できる能力も、いまの日本や日銀にあるとは思えない。影響といえば、財務相・中央銀行総裁会議などの国際会議の場で、面子が立たないぐらいなものだろう。

日本のバブル崩壊に似ているといえば、当時、「あの膨大な資産はどこへ行ってしまったのか?」という問いかけがあった。ある評論家は「みんなで浮かれて飲み食いしてしまった」と表現した。贅沢な食事が象徴するように、あの頃の人々は、豪華な住居を建設し、高級車を乗り回し、高級ホテルに泊まり、高級ブランドを世界から輸入して自分たちのものにした。過剰消費に精を出し、放蕩の限りを尽くした・・・といえば大げさかもしれないが、自分たちで生み出せる富以上に消費してしまったことは間違いない。

バブル崩壊後は、そのツケを払わされる。その損失は国民全体で負うことになる。金融機関に対する政府の資本注入も、結局、その原資は国民資産である。単純に全額が税金によって賄われたという図式ではないし、注入された資本はその後ほとんど返却されたから国民資産の毀損は大きくなかったように見えるが、ゼロ金利政策や国債増発がともなっていたことを忘れてはならない。ゼロ金利政策は、国民の金融資産を目減りさせ、ストックを食いつぶすことになった。国債は、将来の税収入を担保に発行されるものであり、社会資本や福祉制度に必要とされる額以上の税負担を、国民に長期に強いることになった。
細かいことを言えば、金融機関は本来負担すべき税も免れてきた。その間社会資本を利用してきたにもかかわらず、応分の税負担をしてこなかった。それを補ってきたのも国民全体である。

こうして、後世に残されるべきストックは減り、膨大な借金が残された。たとえれば、放蕩オヤジのツケを払うために、息子たちは我慢と強いられるという感じだ。

アメリカ版バブル崩壊も、同じような図式になるのだろうか。
贅沢な暮らしを支えていたのはバブル経済に過ぎなかった。過剰なエネルギー消費、過剰な食糧消費、過剰な資材消費・・・そんな過剰な消費生活によって、世界の資産を蕩尽してしまった。(蕩尽は大げさか!)

軍需産業を潤す戦費も過剰消費のひとつだろう。(日本の場合の公共工事に当たる?)

そのツケをアメリカ国民は払い続けなければならない・・・本来はそうあるべきだが、そう簡単にいかないのが唯一の超大国となったアメリカの恐ろしさである。日本でのバブル崩壊では日本国民だけに我慢を強いたが、アメリカの場合はそうなるとは限らない。そのツケは世界が払わされることになるかもしれない。少なくともアメリカは、それを画策するはずである。基軸通貨の強みを生かす、巨大な経済規模で世界を恫喝する・・・世界の投資を呼び込むべく、さまざな策を練るに違いない。

短期的には我々はそれに甘んじるしかないだろう。経済はグローバル化し、アメリカ経済の恩恵を得ている新興国も少なくない。グローバル化が、一国の蕩尽のツケを世界で払わざるを得なくしている面もある。

だが、世界経済に占めるアメリカの比重は確実に減っていく。いつまでも超大国気取りでは、愛想をつかされる時期はそう遠くはないだろう。
個人的には、とりあえず米ドルを売り飛ばしておいて良かった。

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経済産業省の北畑事務次官が、デイトレーダーを評して「本当は競輪場や競馬場に行っていた人が手数料が下がったのでパソコンを使って証券市場に来た」と発言した。

そのとおりだ。思わず笑ってしまった。ある知人を思い出した。彼は、パチスロに日参しつつ、ネットで株売買をしている。
北畑次官は続けて、「最も堕落した株主の典型だ。バカで浮気で無責任だから、議決権を与える必要はない。買収防衛策の一助にもなる。配当で少し優遇すればよい」と、いささか「危ない表現」でこき下ろした。

この指摘もある程度正しい。デイトレーダーは経営に参画する意欲はない。売買利益を上げることが最大の目的である。業績や不祥事など株価に影響する情報をいち早く入手することに血道をあげているだけで、経営方針に賛否を寄せたり、自分の資産の未来を託す気などさらさらない。

でも、個人のデイトレーダーをここまで非難する必要はないだろう。確かに「バカで浮気で無責任」で、ほとんどギャンブルに近いノリで株売買をしているが、経営に悪影響を与えているとは思えない。大方は「バカ」を自覚しているから、議決権の行使に積極的ではない。弱小株主の無力感もある。「浮気」だが、予測のつかない値動きに翻弄されている。相場を形成する力はない。「無責任」だが、証券会社などが作り出す浮ついた情報に左右されて、損をこうむることも多い。

億単位の売買をする個人トレーダーもいるがごく一部だ。ほとんどの個人投資家は、デイトレーダーを気取っていても、万単位の損得に一喜一憂しているか弱い子羊に群れに過ぎない。
北畑次官の本音はむしろヘッジファンドにあるようだ。先の発言の前段で、こんな風にも言っている。
「株主は(経営)能力がないという意味ではバカ。すぐに売れるということで浮気者。無責任、有限責任で、配当を要求する強欲な方。スティール・パートナーズになると株主・経営者を脅す」。

いわゆるハゲタカファンドという奴だろう。巨大な資本力を使って大株主となり、経営に物申す。それでも経営陣がいうことを聞かなければ、発行株式の過半を抑え、経営権を奪う。その後は、所有株式を高値で引き取らせる。あるいは強硬なリストラを敢行して、不採算部門を切り離し、株価が上昇したところで売り抜ける。
「デイトレーダーは無議決権株でいい」とは、そうしたハゲタカファンドを念頭においての発言だろう。

つまり、一般のデイトレーダーはダシに使われているだけだ。娯楽に等しい、ギャンブルのようなノリの個人投資家を、堕落した株主と非難しつつ、外国のヘッジファンドも同じように堕落していると言いたいわけだ。

でも役人がそんなノリで仕事をしていていいのだろうか。日本の経営者を守るのだ! という気分が感じられるが、まるで高度成長期の産業復興政策をまだ引きずっているようだ。経済産業省は、消費者に目を向けた行政に脱皮しつつあるのではなかったか。
確かに、資本の使い方は、先に資本を蓄積した欧米諸国に一日の長がある。日本の企業が翻弄される部分があるのは確かだろう。だからといって反発するだけでよいのだろうか。日本だって資本の論理に従って、外国からの所得収入を増やしているではないか。日本の経営者だけは守りたいといった内向きの論理が世界に通用するとは思えない。
日本の産業を守ることは今でも国家の重要な仕事だが、大手企業はもうグローバル化の中で十分やっていけるだけの体力をつけている。政府には企業優遇策をねだるが、その実、しっかりと資本の論理で動いている。途上国ではあこぎな商売だってやっている。
行政も、そうした変化を十分自覚する必要がある。ヘッジファンドにつけ込まれる企業は、それなりの欠陥を抱えていると見たほうがよい。堕落した経営者がその欠陥の張本人の場合だってある。

たとえばサッポロなんて、ほんとに未来が描けない会社になってしまった。発泡酒や第三のビールで先陣を切り、一時的に業績が上向くが、二強が追随すればほどなく追い抜かれる。唯一エビスビールのブランド力だけが財産の会社である。経営改善の余地は大きい。

TBSだってそうだ。仕掛ける楽天はヘッジファンドではないが、他の民放と比べて明らかに経営力は落ちている。番組制作やアナウンサーの登用の仕方にそれが現れており、視聴率の低迷がそれを証明している。

とにかく、今回の事務次官の発言には、旧態依然とした意識が感じられる。それでは、真の国益を実現することはできないだろう。小さく得して、大きく損することになりかねない。まるで、バカなデイトレーダーのように。

日産の新ノートは、CMはユニークだが、スタイルがユニークではなくなってしまった。
折込広告に、マーチ、キューブと並んで写っていたが、一瞬「なぜここにフィットが?」なんて思ってしまった。

初代ノートは期待以上に売れたようだ。その原因は、ちょっと人と違うクルマを買いたいと思う人を刺激したからだろう。
あの顔はユニークだった。私に言わせればカメ顔だ。ヘッドライトが妙に離れて見えるから、人間の顔に見立てるとブサイクだ。でもそこが面白かった。大衆向けのクルマの中では存在感があった。没個性のトヨタ車にはないデザインであった。

マーチだってキューブだって個性が際立つ。その列に加えるなら、もっとユニークさを押し出してもよかったのではないだろうか。
前にも指摘したが、売れ行きがそれほど期待されていない新しいコンセプトカーは、デザイン面でも冒険があり、個性的になりやすい。その結果、斬新で優れたデザインのクルマが登場してくる。しかし一端、安定した販売が実現し、モデルチェンジ後もある程度の販売数を見込むことになると、途端におとなしいデザインになる。
新ノートも、この傾向が感じられる。フロントマスクはいかにも最近のクルマといった顔になった。万人受けのものにしたいという心理が入り込み、個性や存在感が薄くなってしまった。全体のフォルムはそのままのマイナーチェンジだから、余計個性のなくなったフロントが目立つ。

でもまぁ、これは私独自の感じ方かもしれない。日産の新車でいえば、デュアリスのフロントデザインもよく分からない。それなのにグットデザイン賞だ。デュアリスはリア方向から見たスタイルは悪くないが、フロントは、私の目から見るとマヌケだ。でもデュアリスはヨーロッパでも人気だという。カーデザイン先進国のヨーロッパで評価されているのだから、これが今どきのグットデザインなのか? それともデザイン以外の面で評価されているのか?
セレナも私がよいと思うRシリーズではない方が売れているようだし・・・。私の感性も時代から遅れ気味なのかもしれない。

でもそんなの関係ね〜。勝手なことを言わせてもらおう。

日産の新車といえばGT−Rだ。そのデザインにはビックリした。
スポーツカーの全体のフォルムは、空力などが重視されるので、ある程度パターン化される。個性を打ち出すとすれば、フロントマスクとリアの形状だ。GT−Rの大口を開けたようなグリルは斬新だ。バンパー部分もブラックで統一するとは! やられたという感じだ。
伝統の丸型リアランプを生かしたリアのデザインも正解だ。硬質な味わいがより洗練された感じですばらしい。

実はあまり期待していなかった。新GT−Rがでるとは聞いていたが、スカイラインのセダンやフェアレディZがおとなしいデザインだったので、その延長線だろうと想像していた。その分、衝撃的だった。
しかっめ面のようなヘッドライトも含め、フロントマスクが醸す自己主張は、スポーツカーとして申し分ない。

去年の新車といえばあと、ホンダのフィットがあった。これまた面白くないクルマになった。「無個性にしましたので、どうぞ皆さん買ってください」というクルマになってしまった。居住性を良くしたのは時代の流れかもしれないが、道具として使ってくださいと言わんばかりのスタイルでは味気ない。私からすればデザインの質は落ちた。
ベストセラーカーになることが期待されているからそうなってしまうのだろう。軽を除けば実質ベストセラーカーだった。カローラがトップといったってワゴン車を含めての数値である。1車種ではフィットの方が上回る。
そんなんだからモデルチェンジでも万人受けを狙うことになる。デザインもあまり冒険できない。日産ノートと同じだ。だから同じようなデザインになるのか。細かいことを言わなければ、どっちを買ってもいい感じだ。
でもニューフィットもグットデザイン賞らしい。わからん!

コンビニは大丈夫か?

先週、ダイビングショップのクリパに参加したが、集まった人数は去年と比べて大きく減った。理由はいくつかあろうが、経済的な理由もあるのではないだろうか。
去年の会費は男性で8000円。ゲーム大会、コスプレごっこ、景品配布など、飲食代以外にもコストがかかるからそんな値段になる。二次会などに参加すればたちまち万札が飛んでいく。

最近は食品や生活用品の値上げラッシュだ。原油価格高騰の影響が大きいが、鉱物資源や穀物の需要も世界で増大している。その結果、食品・雑貨が高くなっている。庶民を直撃する値上げなわけだが、給与水準の低い若者も被害者だろう。厳しい経済事情に陥っている若者は多いに違いない。

そこから唐突な連想が羽ばたく。コンビニは大丈夫か? である。
コンビニは若者の消費生活に組み込まれている。飲食類の調達はほとんどコンビニで済ませているのではないかと思えるぐらい、何かといえばコンビニだ。高齢者のコンビニ利用も増えていると聞くが、まだまだ若者の比重が高い。というより、独身者の利用が高いといった方が正確か。

しかし、節約しようと思ったらコンビニではない。スーパーの方が安い。最近のスーパーは深夜までやっている。店舗数はコンビニの方が圧倒的に多いし、都心にはスーパーがないから相変わらず利用せざるを得ないが、自宅付近では違うだろう。郊外の駅には必ずといっていいほどスーパーがある。終電まで開店している。

私も東京に住んでいた頃は、よくコンビニを利用した。深夜の帰宅で開いているのはコンビニだけだった。夏の夜、ビールが飲みたくなるとコンビニに向かった。
ところがスーパーが深夜12時まで開店するようになった。コンビニよりちょっと遠いが、利用する機会が増えた。

ダイビング仲間で親がコンビニを経営していた人がいるが、数年前廃業した。なぜかと聞くと、理由のひとつが、スーパーの深夜営業だった。今はまだ儲かっているが将来はわからない、と別の業種に衣替えした。

そういえば、私の住まいの近くでも、スーパーが深夜営業をやるようになって、コンビニが一軒廃業した。

コンビニの既存店売上げが伸びなくなって久しいが、それは飽和状態になっただけでなく、大規模店舗法の改正でスーパーが簡単に深夜営業できるようになった影響が大きいはずだ。
今後はそれに、生活防衛のためにスーパー利用が増えるという要素が加わるのではないだろうか。
イオングループのプライベートブランドなど、この時期に値下げである。コンビニとの価格差はますます大きくなる。コンビニ生活に慣れた若者も、さすがにスーパーに引き寄せられるのではないか。

セブンイレブンは値上げをしばらく見送るという記事を見たが、時間の問題だろう。もう食品メーカーの値上げ報道を見ても驚かなくなった。ちょっと前の新聞に、最近値上げされた食品一覧なんてのが載っていたが、いまやトピックスではなくなりつつある。メーカーは値上げしやすい環境が得られた。年明けは値上げが加速するだろう。

コンビニには様々な商品がある。定価販売の雑誌類に競争はないし、最大の売上げ品目は弁当類である。デザート類もオリジナル商品で攻勢をかけているように、なにも食品メーカーの商品だけに頼っているわけではない。
ローソンなどは、食品スーパーみたいな店舗も展開し、多様化戦略をとる。

しかし、オリジナル商品もこれからは値上げせざるを得ない。内容で勝負の弁当やデザートではあるが、安く上げようとする消費者は、確実にコンビニの定価販売から逃げていく。値上げラッシュの中、そうした人々は増えていく。

宅急便取次ぎなどサービス業としての役割も増えているから、急に淘汰されることはないだろうが、将来はあまり明るくない。それとも、スーパーに真似て自らのプライベートブランドを作ってしまう? そんな最後の手段はあるかもしれないが。

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民間の終身保険の例として、次のようなものが新聞に載っていた。

<35歳のAさんが60歳まで毎月2万1280円支払って、一生涯1千万円の死亡保障を確保する内容。総額支払い保険料は638万4千円。かりに60歳から5年間そのままにしておいて公的年金の支給が始まる65歳に解約すると、774万3千円受け取ることができます。支払う保険料の1.2倍です。・・・ しかし、2割増えるのは30年後のこと。貯金したとすれば1.08%程度の利回りです>(070714)

前にも書いたが、自分で運用した方がもっと高い利回りを得られるはずだ。今は低い金利もいずれは上がるはずだから、元本保証の預金でさえも、この利率を上回ることはほぼ確実だ。保険、保障などという言葉に惑わされると、結果的に大きなコストを負担させられることになる。
万が一の備えは必要だが、国家の社会保険制度は意外と手厚いわけで、それを考慮に入れて経済設計すべきだ。さもないと日々の生活を犠牲にすることになる。

ただ、今回ふと思ったのは、自分で運用するなどと力むと、ロクなことにならない人間もいるんだろうなぁ、ということ。大きなコストを払うことになっても、天引きされ、解約すると損をする(上の終身保険の例だと、振り込んだ保険料の3〜8割程度しか戻ってこないという)保険に入っていた方が結果的に良かったということになる人間もいるのではないか。

自分で運用する以上、より高利回りを求めたくなる。するとリスクのある金融商品に目がいく。計算高い人間は、他人の設け話に嫉妬しやすい。自分も設けることができるはずだと、安易に手を出すが、得てしてリスク管理の意識は薄い。所詮は他人の真似事だから、上昇相場では乗り遅れまいとあせり、下落相場では慌てふためいて売り急ぐ。結果的に損をする。
そんな人は、自分で運用するなんて考えずに、普通預金などで安全運用すべきだが、自由に引き出せる預金があると、どうしても世間の設け話に乗せられてリスク商品に手が出てしまう。そうした誘惑に負けてしまいがちな人には、一定額を毎月積み立てる式の、貯蓄性のある保険商品への加入は有効だろう。解約で損するとなれば抑制が働く。さもないと、ギャンブル好きが手持ち資金を全部使ってしまうように、すぐに引き出せる預金ではすべてをリスク商品につぎ込みかねない。

身近な例をみても、友人などが投資しているのをみて始めた人間のやることには一貫性がなく、成功しているようには見えない。損をすればいろいろと学習するもので、知識は増えていくが、判断の他人任せはいつまでたっても変わらない。ギャンブルと同じで、得をすることもあるが、損するときもあるの繰り返しで、運用しているようには見えない。リスクを分散するという考え方にもなかなかたどり着かない。

そんな人は、手持ち資金が少ない状態にしておいた方が安全だろう。世間的には効率の良くない終身保険も、そんな人には役に立つに違いない。


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