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itj 07

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 SSの見るからに空力を意識したであろうデザインは
なるほど、1900をベースにしたB・A・T(Berlina Aerodinamica Technica)の作者
当時のベルトーネのチーフ・デザイナー、フランコ・スカリオーネの作品でありました。
 
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 アルファロメオは好調な販売だったジュリエッタシリーズの強力版
ジュリエッタ・スプリント・ベローチェをレースで走らせていましたが
さらなる戦闘力UPを目指して
まだカロッツェリア時代のコンセプトが色濃く残る時代
「速いボディ」のレーシング・カーを計画してベルトーネに発注
それがジュリエッタSS(スプリント・スペチアーレ)でした。
 
 量産を意識してスチールボディのままではありながら
2座とするなど軽量化、翼断面の空力ボディを纏って
このままSSがレースに投入されるはずだったのですが・・・ 

 
 1956年のミッレミリアに出場したブリオーロ
彼の駆るジュリエッタ・スプリント・ベローチェ(以下SV)
これがアクシデントで大破してしまいした。
 
 ブリオーロはSVを修復するためザガートに持ち込みました。
どうせ修復するなら、と軽量なアルミボディ、空力に優れたデザインにしてしまえ、と。
 
 これがSVZと後に呼ばれることになるモデルの最初です。
これが速かったので、じゃ我も我もで少しづつカタチが進化しながら
17台ほどがザガートで作られたようです。
 
 これで焦ったのが当のアルファロメオ
これじゃ重いSSでは勝てません、メーカーがプライベートの改造車に負けるわけにはいきません。
で、ザガートにレーシングカーの製作を依頼、誕生したのがSZ(スプリント・ザガート)
これまでの製作の経験を生かした戦闘力のあるレーシングカーになりました。
 
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 成績は悪くはありませんでしたが、量産性が低く
アルファロメオの当初の思惑とは違ったことになってはしまいましたが。
 

 
 ではSSは、というと
その洗練された優雅なデザインはショーでとても評判が良かった。
ですからスポーツ・スペシャリティーカーとしてデビューしました。
 
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 レーシングフィールドのSZが次第に時代遅れになっていき
「カムの理論」を採用してコーダ・トロンカのSZ2になり
とうとう量産シャシーでは勝負にならなくなって
1600のジュリアエンジンを搭載する頃には鋼管フレームのTZになりましたが
 
 SSは1963年には1600エンジンを積んでジュリアSSとして
ジュリエッタ時代(1366台)よりも多い1400台が生産されました。
 
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 もしブリアーニがクラッシュしなかったら
ひょっとしたらSZは生まれておらず、SSは戦うクルマになっていたのかも・・・。

閉じる コメント(4)

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そうなったらSSに乗って、マスク被っていなかったかも?
そう考えると「縁深い」話ですよねー

2014/5/25(日) 午前 7:17 ますけん 返信する

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ますけんさん、どこで繋がったり途切れたり、わからんもんですね〜。とりあえず感謝しておきます。

2014/5/25(日) 午後 1:35 [ アルサロ ] 返信する

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なるほどね〜レース事故がきっかけでSZが生まれたんですね〜。

2014/5/28(水) 午後 11:19 ziikoda 返信する

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ZIIKODAさん、結果論ですが「けがの功名」になったと言っていいと思いますね

2014/5/28(水) 午後 11:26 [ アルサロ ] 返信する

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