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http://www.sanspo.com/shakai/top/sha200612/sha2006121115.html
サンスポ2006年12月11日 更新
元ミス世田谷・樋内優子さんが来春の世田谷区議選に出馬!

(写真)世田谷区議選に向けて街頭でPRに努める樋内優子さん=今月5日朝、東京都世田谷区
ミス世田谷に選ばれた当時の樋内優子さん

 ミスから区議挑戦!! 平成12(2000)年に第24代のミス世田谷に選ばれた樋内(ひうち)優子さん(29)が、来春の東京・世田谷区議選に無所属で出馬することが10日、分かった。ミス日本の関東地区代表にも選ばれた美貌の持ち主だが、両親と3人だけの“組織”で派手さとは無縁の運動を始めた。元ミスから政界への転身は超異例。地方政治にさわやかな新風を巻き起こせるか−。





 「区政に初めて挑戦します。ゼロからのスタートです」「可能性は無限大ですッ!」

 出勤ラッシュの朝7時台。樋内さんは先月中旬から毎朝、区内の駅近くに立って自己アピールする運動を始めた。政治未経験とは思えぬ堂々たる演説ぶり。ミス世田谷の経験からか、「人前に出ることは特に抵抗ないです」という。

 来年4月の統一地方選で行われる世田谷区議選に出馬を目指しているのだ。「ミス世田谷として1年間活動したことが、政治を志したきっかけなんです」。

 「母親が勝手に応募した」ミス世田谷に選ばれて、大学を1年間休学して各種のイベントに参加し、区内全域を回った。3歳から区内に住む地元育ちだが、「改めて区のことを勉強して、いろいろな人たちとの出会いがあった。イベントの企画に携わり、税金の使われ方なども考えさせられた」と話す。

 平成14(2002)年には慶応大学法学部に学士入学し、主に政治学の勉強をしている。卒業後に政界への道を模索しようと考えていたが、今年10月に知人の無所属地方議員から声を掛けられて、急きょ出馬を決意した。

 「せっかくいただいたチャンスで一生に何回もないと思って。運命を感じました」

 “運動員”は、今は両親の2人だけ。本人が演説する横で名刺やチラシを道行く人に配り、ポスター張りのため自転車で区内を走る。ポスターの張り方やチラシ配りにふさわしい場所なども家族で研究しながらの運動で、「本人も両親も楽しみながらやってます」とニッコリ。

 「無所属でしがらみがないので、生活者の視点に立てる。特に犯罪対策や防災など地域の安全に寄与したい」。地元への思いをアツく語る樋内さん。「『ミス』というと何もしないような印象もあるでしょうけど、すべてを自分でやって自分の足で奮闘していることに誇りを持っています」。

 来年は統一地方選に夏の参院選と続く選挙イヤー。自民vs民主の闘いとは別に、若き新星候補として注目を浴びそうだ。

■樋内優子(ひうち・ゆうこ)
昭和52(1977)年12月、東京都生まれ。世田谷区で育ち、東京学芸大学在学中の平成12(2000)年に第24代ミス世田谷に選ばれた。14(2002)年にはミス日本の関東地区代表に。14(2002)年から慶応大学法学部に学士入学し、政治学科に在学中。趣味は和太鼓とウオーキング。

★平成3(1991)年ミス日本・佐野美和氏は八王子市議に

 ミスから議員に転身した例では、平成3(1991)年のミス日本で7年に八王子市議に当選した佐野美和氏(39)=写真=が有名。タレント活動もあってもともと知名度が高く、市議2期の後13(2001)年の都議選に出馬したが落選した。

♪ とりあえず最有力といわれるアメリカの三市長を並べてみたけど、3人とも有名(笑)。
石原に勝ち目なし。

Mayor of Los Angeles: Antonio R. Villaraigosa (born January 23, 1953 elected 2005)
http://www.lacity.org/mayor/

Mayor of San Francisco: Gavin Newsom (born October 10, 1967 elected 2003)
http://www.sfgov.org/site/mayor_index.asp

Mayor of Chicago: Richard M. Daley (born April 24, 1942 first elected 1989)
http://cityofchicago.org/

[論点]9.11小泉外交 近隣重視「見逃し三振」 田中明彦(寄稿) (読売 2006/01/09朝刊)

 2001年9月11日と05年9月11日という二つの9・11は、小泉外交にとって大きな岐路だった。今では思い出しにくいが、第1の9・11まで小泉外交は惨憺(さんたん)たるものだった。首相自身に確たる外交戦略があるようには見えなかったことに加え、首相の靖国参拝で近隣外交は全く展望がなくなり、田中真紀子外相と外務省高官との対立で、日常的外交すら機能不全に陥っていた。この局面を一変させたのが米国へのテロ攻撃であり、その後の小泉首相の鮮明な対米支持外交であった。

 東アジア外交の閉塞(へいそく)状態も9・11以後の世界の局面展開の中で、ある程度打破することが可能となった。この外交的ホームランの貯金が、その後の小泉外交をなんとか動かしてきたのである。しかし、05年にはこの貯金はほぼなくなりかけていた。国連安保理の常任理事国入りを目指した日本外交の停滞ぶりに、その状況が現れていた。

 この停滞を打破することができた一大チャンスは、昨年の9・11における自民党大勝であったと思う。ここで、小泉首相が靖国問題などで方針転換を示し、近隣外交重視を打ち出していれば、相当な局面転換が図れたのではないかと思う。総選挙の大勝を背景にした外交政策の転換であれば、外圧に屈したとの印象を与えず、近隣諸国に対して強い立場の首相として様々な首脳外交が行えたと思う。しかし、この一大チャンスを、小泉首相は「見逃し三振」してしまった。その後の靖国参拝で、今や対東アジア外交は、政権発足当時よりもさらに悪い閉塞状況に至った。

 こんなチャンスはめったに訪れない。靖国問題での方針転換は、日がたつごとに外国に屈したとのイメージを強めるから、ますます行えなくなっている。頼みの綱の対米関係も、ブッシュ政権内の対日理解者はますます減少し、日本を「問題視」する風潮は強まっている。外交的にほとんど期待できずに発足した新小泉政権は結局、中期に成し遂げた外交的成果を蕩尽(とうじん)し尽くして終わる可能性が高い。

 一体どうしたらよいのだろうか。短期的にはダメージコントロールしかないだろう。首脳外交がますます重要になりつつある時代に、近隣諸国と首脳外交ができなくなってしまった以上、それ以外の手段で事態の悪化を防ぐか、首脳外交のできる近隣以外の諸地域との関係をできるだけ良くしていくという方法しかないであろう。また、米軍再編問題の迅速な処理も首相が陣頭指揮で取り組むしかない。これが破綻(はたん)すれば、ついには対米関係も悪化する。

 より長期的には、外交戦略の根本的立て直しが必要である。抑止と防衛を根幹とする安全保障政策を揺るがしてはならないが、同盟国や周辺諸国における人の心に訴える政策体系とゲームプランをつくり出さなければならない。その際、靖国問題のように国際的な言論戦の中で、まず勝ち目のない消耗戦はこちらからは始めないという鉄則が大事である。歴史認識問題への対処についても費用対効果に着目した戦略性が必要である。人口が減少していく国家である日本の国益は、体力勝負の消耗戦などしていては守れないからである。

     ◇

 ◇たなか・あきひこ 東大大学院教授 専門は国際政治。51歳。
 
 写真=田中明彦氏

♪ ホームラン級の傑作。この記事を、小泉自民党ベッタリの読売論説委員こそ熟読すべきだ。

米連邦最高裁:オコナー判事辞任 後継人事、政界が注目 (毎日 2005/07/02)

 【ワシントン和田浩明】米連邦最高裁初の女性判事、サンドラ・オコナー判事(75)が1日、辞意を表明したことで、米国が大きく揺れている。「最後の調停者」としての最高裁の判断が、ブッシュ大統領が後任に誰を指名するかで大きく左右されるからだ。80歳と高齢で健康問題を抱えるレンキスト長官の去就にも注目が集まっており、来年の米議会中間選挙もにらんだ共和、民主両党のつばぜり合いが、早くも激化しつつある。

 現在の連邦最高裁はレンキスト長官を含む4人が保守派、4人がリベラル派。81年に就任した保守寄りの中道派であるオコナー判事の判断が、合議制で下される判決の方向性を決めた事例は少なくない。対テロ戦争や政教分離、妊娠中絶などをめぐり、国論の分裂が深まるにつれ、「イデオロギーでなく、是々非々で個々の事案を吟味する」と言われてきたオコナー判事には「最高裁初の女性判事」として以上の注目が集まっていた。

 ブッシュ大統領とゴア元副大統領の大接戦となった00年大統領選の混乱収拾では、ブッシュ大統領を当選に導く判断を下す一方、昨年、アフガンで敵戦闘員として拘束された米国人が米国内での裁判を求めた異議申し立てをめぐり、現政権の方針と反対に異議申し立てを容認する意見を示している。

 後任に名前があがっているのは、ゴンザレス司法長官や複数の連邦高裁判事、元テキサス州司法長官のジョン・コーニン上院議員ら。1日会見したブッシュ大統領は「米国民が誇れる、米憲法を忠実に解釈する人物」が今秋までに就任できるよう、承認を行う上院と協議して人選を行うと述べ、候補には言及しなかった。ただ、ブッシュ大統領は、保守派のスカリア最高裁判事を称賛、同性婚を許容する地方判事らを厳しく非難しており、保守派候補を選ぶとの観測も根強い。

 野党民主党のリード上院院内総務は「オコナー判事のような、自由と平等と公正を体現した人物が後任となるべきだ」と発言、保守派候補の指名をけん制した。共和党のスペクター上院法務委員長は指名承認について「オコナー判事の判断が主要判決を左右してきただけに、もめるだろう」との見通しを示した。


米最高裁初の女性判事引退  中道派のオコーナー氏 (共同 2005/07/02)

 【ワシントン1日共同】1981年に女性として初めて米連邦最高裁判事となった中道派のサンドラ・オコーナー氏(75)が1日、ブッシュ大統領に引退を伝えた。大統領は同日「卓越した業績を誇りに思う。見識があり良心的だった」と同氏を称賛。後任人事は発表せず、今後、司法省を中心に選定作業を進める考えを示した。

 オコーナー氏はアリゾナ州の判事などを務めた後、当時のレーガン大統領(共和党)が指名、約24年間、連邦最高裁判事を務めた。9人の同裁判事のうち保守寄りながら中道派に位置し、妊娠中絶、死刑制度などの是非をめぐる重要な裁判で鍵を握る存在だった。

 現在の判事の構成は保守派3人、リベラル派4人、中道2人で勢力がほぼ均衡。ブッシュ大統領は後任に保守派を指名するとみられ、司法の保守化が進みそうだ。

初の女性米連邦最高裁判所判事が引退 (TBS 2005/07/02)

 女性として初めてアメリカ連邦最高裁判所の判事となり、中絶問題などを巡って重要な鍵を握ってきたオコーナー判事が、1日、引退を発表しました。

 「オコーナー判事の知性と機知、さらに気品は、同僚の判事やアメリカ国民に尊敬されてきました」(ブッシュ大統領)

 オコーナー判事は、女性としてはじめて任命されたアメリカ連邦最高裁の判事です。9人の最高裁判事の中で保守派とリベラル派の間で票が割れる判決で、鍵を握ってきました。特に、中絶問題ではオコーナー判事は賛成に投票し、現在の中絶を認める法律が成立したことから、後任人事によっては、この決定が覆る可能性もあります。

 中絶に反対するブッシュ大統領は、後任に保守派を指名すると見られており、後任人事を巡って、共和党と民主党の間で対立が予想されています。(02日07:18)


米最高裁初の女性判事、オコーナー氏が引退表明
2005年 07月 2日 土曜日 11:21 JST
[ワシントン 1日 ロイター] 女性として初めて米連邦最高裁判事となった中道派のサンドラ・オコーナー氏は1日、引退を表明した。

 現在75歳の同氏は、24年間判事を務め、妊娠中絶などの問題の是非をめぐる裁判でかぎをにぎる存在だった。今後、後任選定をめぐり、政治的な衝突が予想される。

 最高裁判事は現在、保守派とリベラル派に分かれており、妊娠中絶、死刑制度、政教分離などの大きな議論となる社会的問題で意見が分かれている。同氏の引退で、保守・リベラル派間の力関係が変わる可能性がある。

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