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この作品で初めて出会ったリリー・フランキーは、これまで味わった事のないような不思議な“テイスト”を感じさせる俳優でした。
私が感じたままにそれを言葉で表現すれば、「無味」「無臭」のひと。
そんな生々しさを感じさせない存在感故に、木村多江演じる妻の苦悩や葛藤はより鮮明になった気がしました。
2008年。監督・脚本・原作・編集:橋口亮輔、出演:木村多江、リリー・フランキー、倍賞美津子、寺島進、安藤玉恵
若い夫婦に授かった最初の子ども。その子の死を境に、妻の心は壊れ始めます。
その心の再生を優しい眼差しで支え、温かく見守る夫。
彼らの周り(ぐるり)の人々、兄夫婦や母と離別した父との関係も絡ませながら、映画はとても“カジュアル”な科白と共にゆっくりと進行していきます。
さりげない、日常会話がとても心地よく響きます。それは最初から最後まで一貫していました。
特に最初の“予定日”をめぐる白熱した「痴話喧嘩」はテンポ良くリアルな科白の連続。でもそのやり取りの中に彼女の潔癖性や思い込みの強さが既に顔を覗かせています。
心が壊れた妻はある時、夫に言います「私が死んだら泣く?」。
夫は父が自殺した時のことを思いながら「人は裏切ると言う事を知った」。
「母は泣いたけど、泣くのは自分を納得させたいだけ。自分は泣かなかった」。
「人の心の中はわからない」と。
子どもの頃の強烈な体験が、彼の感情を抑制されたものにし、“ゆるやかさ”を纏った大人にしたのだろうという思いが、その会話から伝わってきます。
彼の柔軟な優しさはこんな言葉にも表れます。
子どもを亡くしたことの辛さを口にする妻に「子どもの事は、思い出してあげればいいじゃん。忘れないであげればいいんだよ」。
苦悩からの出口を見出せない妻に彼は「みんなに嫌われてもいい。好きな人にたくさん好きになってもらえば、それでいいじゃない」と温かく語ります。
妻の「心の病」の発症を象徴するシーンの一つは、流しに散乱した洗いかけの白米でした。苦悶の日々を過ごした彼女が回復した事を示すのもまた「ご飯」。炊き立てのご飯の香りに彼女が充足感を感じる姿は、安堵の思いを広げました。いのちと「食」のつながりを感じさせてくれます。
ベランダに植えられたトマトを「生き物の味がする」と言って食べる彼女。治癒が納得できた瞬間でした。
心の病を乗り越えるきっかけになったのはお寺で過ごした日々があったから。完治ももうすぐと言う頃
穏やかな笑顔で住職と話す彼女。私がこの映画の中で、最も好きな場面でした。
「出会い」が人を変えるのだということ…彼女は「絵」をきっかけにして更に大きく変わって行きます。
彼女に仕事への情熱を呼び覚ますきっかけになる日本画の画集。その中に若冲の作品が出てきたのでびっくりしました。それは先日Dさんのブログで見たばかりでしたから。
彼女の再生を決定付ける重要な位置づけとして「登場」しています。
その後彼女が描くようになった日本画は色鮮やかで、繊細で、希望を感じさせるものでした。法廷画家としての夫が描く被告の内面がにじみ出たような、苦しみに満ちた絵とは対照的でした。
主役の二人がいい夫婦像を作り上げています。心を軽くしてくれる、とても優しい映画でした。(May 16th.2009)
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先月、福島県内の5、6か所で1日ずつ上映されたようで、観たかったのですがいずれも観れず、「縁が無い映画なのかな」と思っていました。
しかし、若冲の話にタイムリーで驚きました。あきらめずにぜひ観てみたいと思います。有難うございました。
2009/5/16(土) 午後 11:33 [ datechibu ]
この作品は、是非観たい映画のひとつです。観たい大きな動機は、木村さんのお芝居です。少し前にテレビドラマで彼女の演技を観ましたが、半端な演技力ではなく、アカデミー主演女優賞受賞がけっしてフロックではないと思いました。
2009/5/17(日) 午後 4:14 [ トンチー ]
小生も、2度の機会を設けてこの作品を(Dvdで)観たのですが、どうしても琴線に響いてこなかった故、拙ブログでは遂に記事にできなかった作品です。
意識的な "演出" を避け、「ある家庭の風景」・・・だけを淡々と撮り続けることにこだわった「誰も知らない(是枝裕和監督)」の方が、却って「時代/社会の空気」を織り込むことに成功していたような気もします。
本作の主演で、木村多江さんは 日本アカデミー賞の主演女優賞を受賞されました(他部門は『おくりびと』が総ナメでしたね)。全ての邦画公開作品を鑑賞した訳ではありませんが、小生も、その賞に値する好演だったように思います。リリー・フランキーさんの存在感も、少なからぬ印象を残してくれました。ただ「演技が光ってしまった」という意味で、演出としては(皮肉にも)失敗だったのではないだろうか?・・・不遜にも思ってしまいました。
「希望」を感じさせるような筋書き・・・を提示してくる映画が、単に好みに合わないだけかもしれません(苦笑)。大変失礼致しました。
2009/5/17(日) 午後 8:38
シーラカンスさんがこの作品を昨年度のベストワンにされるお気持ち、とっても良く分かります。あんなに会話が自然に“流れていく”映画は余りない気がします。本当に素晴らしい脚本でした。
苦悩する妻の全てを受けとめる夫。
主役の二人、見事な演技でした。
2009/5/17(日) 午後 8:42
datechibuさんが先日ブログで若冲の事を紹介しておられなければ、それ程深く印象に残らなかった場面かもしれません。ですから、datechibuさんにとても感謝したい気持ちになりました。こちらこそ有難うございました。
短いシーンですが、とても意味のある場面です。
2009/5/17(日) 午後 8:48
ブージャンさん、木村さんは本当にいい女優さんだと思いました。
二人の間で交わされる会話の自然な流れに引き込まれました。
素晴らしい脚本です。
2009/5/17(日) 午後 8:58
こんばんは。
今日も又、映画を見ないで見てしまったような気分になりました。(笑)
いい映画のようですね。
見てみたくなりますが、最近は絵ばかり描いていて時間が取れません。
もしかしたら、絵の製作過程が私にとっての映画なのかもしれません。何となくですが、そんなふうに思いました^^
2009/5/17(日) 午後 9:29
kikuさん、とっても味わいのあるコメントです。特に最後の行。
映画も絵画や文学、音楽などの芸術作品と同様、完成までに練り上げられていく過程は同じなのだと思います。
kikuさんのブログでは、時折その「過程」も味わう事が出来るので、余計に楽しませて頂いています。
2009/5/18(月) 午前 0:10
キハさん、ご覧になっていたのですね。
「記事に出来なかった」と言うお気持ち、理解できます。
私は二人の間で交わされる自然な言葉にとても居心地のよさを感じました。そう感じたのは、多分自分が既婚者だから。
ですから、娘に「どうだった?」と聞かれた時、「見てみたら」と言う気持ちにはなりませんでした。
木村さんの演技は素晴らしかったと思います。
それに対して、いつもほぼ同じ表情で、感情を少しも表に出さず、静かに、妻の全てを受けとめ包み込む夫。現実では考えにくい存在でした。
でも、彼が演じるとそれは納得できました。
「父親の自殺」が彼をそういう“こころ”の人にしたのだと解釈できました。
彼女が回復に向かっていく時の四季の風景や日本画、彼女の服装などなど、色々な色使いにもこころ惹かれるものがありました。
でも、勿論、決して『誰も知らない』を超えるものではありません。私はあんな凄い「衝撃的」な程の感動を受ける映画にはもしかするともう出会わないのではないかと思う位、あの作品は高く評価しています。私にとっては「別格」の映画です。
2009/5/18(月) 午前 0:53
丁寧なre-comment をいただき、ありがとうございます。
ある種の文学作品にも言えることでしょうが、「作品」が、人生のある年齢/ステージにいる読み手(観客)に、特に強く響く・・・ということがあって、『ぐるりのこと』という映画も、或いはそういう性質の作品なのかもしれません。小生が未婚者であるということも、映画の感じ取り方においては ハンデになってしまったのかもしれません。(勿論、これは言い訳ですね)
ただ、元来の性格傾向 や 幾つかの経緯から、次第に心を病んでいった主人公:翔子の心の"闇"、夫婦が抱えた"苦悩"というものが、どうも小生には十分に伝わってこなかったのです。観ている側をも「嫌な」気分に引きずり込むくらいの "徹底的な陰湿さ/暗さ" が、この作品には足りなかったような気がしなくもありません。もっとも、それを感じ取れなかったのも、小生の人生経験の浅薄さ/想像力の欠如・・・故かもしれません。
ただ全体としては、丁寧に練られた作品・・・という印象に変わりはありません。時間を空けて、また観ておきたい映画のひとつです。
2009/5/18(月) 午前 1:06
男性であるか女性であるかでも、受けとめ方に大きな差が出る事がありますよね。映画に対する感覚がとっても近いと思っていた男の方が、私が物凄い「愚作」と思った作品を絶賛されている記事を読み、これは「性」による乗り越えられない感性(鑑賞眼)の違いかなと思ったことがあります。
ですから、この作品がそれ程キハさんの心に響かなくても、何の不思議もない事です。
仰るような"徹底的な陰湿さ/暗さ"は、確かに私も欠けていたと思います。心の病を発症させる小さなきっかけや、彼女の性質・・・そういう材料を提示して、後は見る人が彼女の心の中を推しはかって下さい、と委ねた形のつくりでした。最後に明かされる父の離別の本当の訳(彼女の潔癖さは多分父譲りのもの)も、彼女の本質をより鮮明にしてくれるものです。
でも、私は心の病って(人それぞれだとは思いますが)、特に「あれがあって」「それがこう影響して」「こんなダメージを受けて」と言う具体的過程はないのではないかと思うのです。(続く)
2009/5/18(月) 午前 8:59
(キハさん)
きっかけはあるにせよ、少しずつ自分でもはっきり気付かないうちに心が弱っていき、いつの間にか正常な反応が出来なくなる・・・それが心の病なのではないかと。ですから、描き方としてはあれでよかったのではないかと私は思いました。
一つ足りないとすれば、恐らく一番大きな原因となったはずの子どもをなくした事によって出来た彼女の心の「空洞」、それを感じさせるシーンや言葉に、インパクトが少し足りない気がしました。
以前女性の臨床心理士のお話を聞いた時、まだ生まれて間もない幼子を亡くした時の感覚を「さっきまで動いて温もりのあった子どもが動かぬものになったと感じるのは“悲しみ”と言う言葉では表現できなかった。その子の上の子ども達が生きて動いていると言う事が、むしろ不思議な感覚として意識された・・・」と言うような言葉で語られた事があります。
それ程に混沌とした、体験した人にしか分からない想いなのだろうとその時は思いました。
そんな複雑で深い「想い」を感じさせるものが、この作品の中では描ききれていないように私には思えました。
2009/5/18(月) 午前 9:11
alfmomさん、こんばんは♪Shintaroです。
この作品、物凄いチームワークを感じました。
作品前半のリリーさん、多江さんのやり取り最高でしたよね。(笑)
リリーさんもご出演のみうらじゅんさん原作、色即ぜねれ−しょん楽しみです。
http://shikisoku.jp/indexp.html
2009/5/20(水) 午後 9:04 [ Shintaro ]
shintaroさん、あの前半の二人の会話は絶妙でした。
あの場面で、この映画は「いい作品に違いない」と確信がもてました。
「色即ぜねれ−しょん」。田口トモロヲさんが監督なのですね。ストーリーを読みましたが、とっても面白そう。
教えて下さって有難うございました。
2009/5/21(木) 午前 0:19
「壊れたものが修復される」って良いですよね。TB返しさせてもらいます。
2009/7/8(水) 午前 1:28
本当にそうですね。
いつ壊れるか分からない、もろい「人のこころ」。
妻の心の病をさりげなく支える夫。
修復されていく過程が、本当に美しいと思いました。
2009/7/8(水) 午後 1:04
トラックバックありがとうございました。木村多江もリリー・フランキーも自然体でよかったですね〈笑)。ちょっと日常が自然すぎて会話が聞きくらかったのが、難点でもあり利点でもあり・・〈笑)
2009/10/26(月) 午後 8:14
こちらこそお訪ね下さって有難うございます。
本当に2人ともうまかったですね。
でも2人の会話の軽快さを面白く聞けるのは、一緒に暮らすパートナーがいる者だけかもと思い、
「どうだった?」と聞いた娘には、特に勧めませんでした。
2009/10/26(月) 午後 11:26
二人の会話が、アドリブのようでもありました。「絵」を描くことによって、生きがいを見出すようにも感じました。米の散乱シーンは、それほど深いとは見逃しました(笑)。こういう小品で感動的な作品に出会うと、うれしくなります。TBお返しさせてください。
2010/1/13(水) 午前 6:41
こういう「言葉」がよく練られた作品はいいですね。
主役の二人は、脚本を見事に活かし切りました。
この作品は、男女、年齢、既婚か未婚かの違いで、
感じ方は様々なのでは・・・と思いました。
ご訪問頂き、有難うございます。TBも有難うございました。
2010/1/13(水) 午後 1:24