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その見事にバランスを取って生息する生きものたち(魚介類やサンゴ、海藻たち)を見ていると、これまで政府が強行してきた政策の「暴力性」を感じずにはいられませんでした。 その後監督は沖縄戦を生き抜いた85歳のおばあを訪ねて当時の話を聞き始めます。 話を聞くうちにその過酷さを知る程に涙がこぼれ、その後に続く沖縄のこれまでのそして今も続く国策への「抵抗」の姿を見る中、終幕まで涙は流れ続けました。 これ程に涙をこぼした映画は、これが初めてでした。三上監督自身が沖縄出身であるだけに、より明確にテーマが届いたからなのだと思いました。ナレーションのcocco、音楽の小室等も、映画が「伝えようとする」力を強く引き出してくれました。 沖縄に暮らす人々の思いと願いを伝えつつ、映画は過去と現在の闘争の歴史と現状を温かな視線で描き出してくれました。以下、私の断片的な感想です。 おばあが語った過酷な沖縄戦。母と弟と逃げ込んだ濠を米軍は火炎放射器で攻撃。その後手りゅう弾を投げ込んで住民の殺害を図る。その状況下、大やけどをしながら10代の「おばあ」は生き抜きます。母とはぐれて彷徨い、出会ったのは、病院の重篤患者病室。隣の患者から瀕死の病人は毒殺されると聞いたおばあは、母を連れて逃走。身を隠しながら母親をかばいつつ逃げ延び、その後働き手として家族を支えながら、90歳を超える母の天寿を全うさせます。 その際、三人きょうだいの末っ子の女の子が言うのです。「笑顔でいたら(警官らは)何もしないから、自分は笑顔でいる。笑う門には福来る、と言うでしょ」。この前向きな思い、全てに理解が広がる希望を抱く姿勢、感動的な場面でした。 沖縄の人々の温かな人同士の繋がり、憎み合わない穏やかな「闘争」。それは決して「本土」では見られない形だと思いました。 「本作で三上監督(『標的の村』『海に座る〜へのこ600日間の闘い〜』)が描くのは激しい対立だけではない。基地と折り合って生きざるを得なかった地域の人々の思いと来し方。苦難の歴史の中でも大切に育まれた豊かな文化や暮らし。厳しい闘争の最中でも絶えることのない歌とユーモア。いくさに翻弄され続けた70年間に終止符を打ちたいという沖縄の切なる願いを今、世界に問う。 タイトルの「戦場ぬ止み」は、辺野古ゲート前のフェンスに掲げられた琉歌の一節に由来します。 今年しむ月や 戦場ぬ止み 沖縄ぬ思い 世界に語ら くとぅし ちぢ いくさば とぅどぅ うちなー うむ しけ かた (今年の11月の県知事選挙は、私たちのこの闘いに終止符を打つ時だ!その決意を日本中に、世界中に語ろうじゃないか) |
ドキュメンタリー
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Alf.momさん、こんばんは♪
「戦場ぬ止み」(いくさばぬとぅどぅみ)という言葉は、「いい加減に戦争は止めんね」というニュアンスの言葉なのですね。
個人的な好みで恐縮ですが、ナレーションのCoccoさんのファンでして、いかにも沖縄人らしい裏表のない大らかで深い愛に満ちた歌手だと思っていますので、それだけでも観てみたい映画の一つです。
Alf.momさんが記事で書かれておられる内容から察するに、「鎌仲ひとみ監督」の撮影手法と似ている雰囲気を感じました。
ただ「半か丁か」、「善か悪か」式の単調な対立だけを煽るのではなく、たとえ「道理や正義」はこちら側にあるとしても、「敵には敵の言い分ややまれぬ事情」があり、メッセージの一方向への誘導にならないよう、できるだけ事物の核心を相対化した上で、「あなたは何を感じ、あなたならどうしますか?」という当事者意識をやんわりと刺激してくるような映画の作りです。
2015/8/6(木) 午後 9:38 [ 木枯 ]
全体としては、敵が「暴力性」を剥き出しにすればするほど、こちら側(おばあや三上監督)はより静かに、時には微笑みさえ浮かべながら、「確固とした抵抗の意志」を微塵も崩さないという姿勢の継続が、「敵」の心へ変容をもたらす最良の方法であることを心得られているような印象を受けました。
2015/8/6(木) 午後 9:41 [ 木枯 ]
すてきなおばあですね。あってみたいと思います。沖縄は薩摩の侵略からずっと虐げられ、差別され、時の権力者の犠牲になってきました。しかしいつも明るい笑顔と信念で助け合って乗り越えれ来たのではと思います。圧倒的県民の総意、願いを、たった2割程度の支持しかない国家が米国の手先となって、暴力的に踏みにじっています。大義はどちらにあるのか明白です。日本で一番熱く、そして変わらない信念を持ち、笑顔で戦う沖縄。我々の希望、理想ですね。
2015/8/7(金) 午前 6:10 [ できごと・つぶやき ]
> 木枯さん、
いつも丁寧にコメント頂き、有難うございます。
Coccoさんのファンなのですね。本当に独特の雰囲気の方。沖縄の風土そのものだという気がします。
沖縄の海、風を感じさせる方です。
>「鎌仲ひとみ監督」の撮影手法と似ている…私も同じことを思いました。
「メッセージの一方向への誘導にならないよう、できるだけ事物の核心を相対化した上で、『あなたは何を感じ、あなたならどうしますか?』という当事者意識をやんわりと刺激してくるような映画の作り」…的確にまとめて下さった通りだと思います。
ただ、少しの違いは、三上監督は「当事者」の思いで撮っておられるという事だと思います。
登場される方々への、より温かな眼差しを感じます。
怒りと抗議の気持ちを持ちながらも、様々な場面で歌い踊る姿を見せてくれる沖縄の方々、
沖縄の長い歴史の中で生まれた「穏やかな」愛ある「対峙」の姿勢の素晴らしさにも
心打たれました。
2015/8/7(金) 午後 0:20
> できごと・つぶやきさん、
本当に素晴らしいドキュメンタリーだと思いました。
何故沖縄だけにこんな負担が戦中も戦後も押し付けられるのか、
それを思うだけで、涙がこぼれました。
おばあの心意気、素晴らしかったです。
「圧倒的県民の総意、願いを、たった2割程度の支持しかない国家が米国の手先となって、
暴力的に踏みにじっています」。
本当の民意が政権を倒す力となるために、私もできることをやって行かねばと思います。
>日本で一番熱く、そして変わらない信念を持ち、笑顔で戦う沖縄。我々の希望、理想
…全く同感です!
2015/8/7(金) 午後 0:26
素晴らしいドキュメンタリ-のご紹介ありがとうございます!ご高齢なのに頭が下がります。
「笑顔でいたら(警官らは)何もしないから、自分は笑顔でいる。笑う門には福来る、と言うでしょ」泣けてきます。目取真 俊さんもカヌーになって対決されてるとか。
渡辺えりさんがあのNHKのトーク番組で辺野古に行ったと話されてました。
「何故沖縄だけにこんな負担が戦中も戦後も押し付けられるのか」本当にそうです。薩摩藩による蹉跌地獄から。
「圧倒的県民の総意、願いを、たった2割程度の支持しかない国家が米国の手先となって、暴力的に踏みにじっています」この通りです。恥ずべきことを平然と、許しがたい政府です。
旅行から体調崩してるのにリハビリ、フィットネス、気功をやりすぎ昨日の大学病院定期健診では長時間待ってる間に発熱し始めました。血液検査では炎症が出ていると、10月には嫌なCT検査予約させられました。いつも止めようかと迷う検査です。
2015/8/7(金) 午後 2:39
> hitomiさん、
体調不良な中、長い文章を読んで下さって有難うございました。
「おばあ」は工事車両の前に寝そべって、米軍敷地内には入れないという抗議の姿勢も見せられていました。
でも、どの抗議メンバーの表情にも、場面によっては、憂いや怒り以上に穏やかな表情が浮かぶのです。
沖縄の人々の温かな人間性が思われました。
小学生の娘さんの「笑う門には福来る」、いいですよね…
私も泣けてきました。
目取真さんもカヌーでの抗議活動をされています。記事にしたことがあります。
ただ、この映画には登場されていませんでした。
どこまでが必要な検査なのか、検査による被曝は…
色々考えることが私もあります。でも、考えた上で私は今の治療を選択しました。
2015/8/7(金) 午後 6:07
ナイショさん、有難うございます。
本当にいいドキュメンタリーでした。
FBでご紹介下さるとのこと、よろしくお願いします。
>沖縄の現状、沖縄の歴史を知れば知るほど沖縄の人たちの悲惨な歴史に胸が痛みます
…私も映画の間中、そう言う気持ちでした。
沖縄の方々だけが、何故こんなに長く闘いつづけなければならないのかと。
怒りを共有し、喜びが訪れた時はみんなで歌い踊る…「闘う」人たちの心はひとつであり、
温かさに満ちていました。
この闘いにできるだけ早く終止符が打たれることを、心から願っています。
2015/8/7(金) 午後 11:34
塚本監督の舞台挨拶に行かれるんですね、ぜひUPお願いします。東京(中日)新聞の「キネマの伝言」シリーズに監督の野火の一場面の素晴らしい表情が載っていました。UPしたいと写真撮りましたが上手く出来ません。
毎日良い記事が一杯で昔のスカスカの中日から大変身です、東京新聞の人気が高いわけです。
気功が終わると12時で食事しなければならず家に帰る途中にある鶴舞公園のカフェに行きました。その時はやっと行けて嬉しかったです。夫が退職し友人とランチも出来ない、一日中うっとうしいことです。
翌日も整形の診察などあり疲れがたまっていきました。いつもありがとうございます。
2015/8/8(土) 午前 8:15
> hitomiさん
「野火」は重苦しい場面もたくさんあると思いますので、覚悟して見に行きます。
監督の長年の思いがこもった作品、しっかり見届けてきます。
舞台あいさつで語られる言葉も期待しています。
今の時期だからこそ、見るべき作品だと思っています。
中日新聞を購読されるようになって、良かったですね。
東京新聞と共にとても信頼しています。
>夫が退職し友人とランチも出来ない、一日中うっとうしい…お気持ちお察しいたします。
2015/8/8(土) 午前 8:28
犬の供出は昔ドラマで知りました。兵隊の毛皮になったり。
馬も供出されて軍馬に。兵隊より大事にされたそうですが軍馬も勿論悲惨。図書館でその本見かけたけど借り出し出来ませんでした。鶴舞中央図書館は借り出し出来ないのがあり又探してみたいです。今は図書館に行くのも辛く借りても前のようには読めません。
2015/8/8(土) 午後 1:08
日本獣医師会
http://nichiju.lin.gr.jp/mag/05811/06_10.htm
といろいろ調べていくうちに「病馬廠付獣医」の資料に行きついた.その記録からハルマヘラ島における多くの軍馬の悲惨な歴史的事実と当時の陸軍獣医官の苦悩の日々を知るに至った.
昭和19年5月彼らの部隊(第32師団病馬廠)の南方転進に従って,中国大陸から1,300頭あまりもの軍馬が同島に向けて輸送された.しかし,5艘の輸送船に分けて搭載されたもののルソン島沖とメナド北方海上において敵潜水艦の魚雷が命中し2艘が轟沈し,実際上陸できたのは800頭であった.
ところが,いざ馬を揚陸させてみると,ジャングルに被われた陸路のない火山島で軍馬の働く場がまったくなかった.馬は最初から無用の長物でただちに師団の大きなお荷物となった.何とか交渉の末,6月末には300頭をフィリピンのセブ島と西隣のセレベス島に送り返しているが,その後米軍に制空制海権を奪われ,以来港へ寄る船は激減し島は次第に孤立化してしまった.したがって送り返されるはずの約500頭の馬は厄介者として島に取り残されてしまったのである
2015/8/8(土) 午後 1:25
ナイショさん、
過去のこと、丁寧に伝えて下さって有難うございます。
お母様のことは以前も話して下さっていました。
お父様は優しい方だったのですね。
お連れ合いとの様々な事、よく耐えて支えて来られましたね。
ナイショさんがご病気になられたのは、そう言う様々な苦難が影響しているのかもしれません。
「人間、実際に暮さないと分からないものですね」
私もそう思います。
あの世があるのなら、そこでは心穏やかに大好きな先に逝った犬たちと幸せに暮らしたいと
私は思っています。
2015/8/8(土) 午後 6:31
> hitomiさん、
犬の供出のこと、ご存知だったのですね。
そこまで追い詰められながら、何故戦争はやめられなかったのだろうと思います。
政府に追随した国民も、本当に妄信的になっていたのですね。
政府の人心コントロールは本当に巧妙でした。
馬のことも知りませんでした。
詳しく教えて下さって、有難うございます。
馬たちも悲惨な運命をたどったのですね…
2015/8/8(土) 午後 6:37
スクリーンで、観ました。alf.momさんが記事にされた通り、沢山の印象的なシーンがありました。刺身を差し入れるシーンで、沖縄の人達の大きさと複雑さを感じました。
本土に住む自分たちは、傍観していては加害者と同じなんだな・・と、感じました。現在進行形で続いていることを、忘れてはいけないですね。
2016/4/11(月) 午前 1:30 [ datechibu ]
> datechibuさん
的確に思いを表現して下さって有難うございました。
「傍観していては加害者と同じなんだな」「現在進行形で続いている」
…これは東日本大震災、そして福島原発事故の被災者の方々に対しても
持ち続けなければならない思いです。
2016/4/11(月) 午前 8:48