|
吉川英治原作から第一作の「宮本武蔵(1961)」以来コンビの鈴木尚之、内田吐夢が共同で脚色、内田吐夢が監督した「宮本武蔵」シリーズの完結篇。
大晦日の門司港への旅。その時見た巌流島が心から離れず、映画で武蔵と小次郎の対戦を見たいという気持ちになりました。「飢餓海峡」の内田吐夢監督作品。期待を持って鑑賞しました。 1965年。監督:内田吐夢、脚色:鈴木尚之、内田吐夢、原作:吉川英治、撮影:吉田貞次、音楽:小杉太一郎。出演:萬屋錦之介、入江若葉、木村功、浪花千栄子、丘さとみ、金子吉延、河原崎長一郎、千田是也、中村是好、田村高廣、里見浩太朗、内田朝雄、北竜二、三國連太郎、高倉健、片岡千恵蔵。 一乗寺下り松で吉岡一門を葬った武蔵。彼の剣豪ぶりが広く伝播しつつあった中、彼は修行の旅に出ます。そこで出会った父を亡くしたばかりの童子・伊織。武蔵は伊織の逞しさに心打たれ、共同生活を始め、農作業に従事し、米作を成し遂げます。 その後二人は江戸へ。そこで立ち寄った研師の店で武蔵は小次郎の愛刀を見ます。 その頃、小次郎は細川藩家の指南役に就いていました。一方、宿で旅装を解いた武蔵と伊織。くつろいだ日々を過ごしていましたが、将軍家指南役北条安房守に請われて屋敷へ。将軍指南役へ推挙すべく閣老会議が開かれますが、武蔵が年端もゆかぬ吉岡源三郎を一乗松で斬ったことを理由に却下。 数日後小次郎からの果たし状を武蔵は受け取ります。決闘の場所は豊前小倉。武蔵は巌流島に向かいます。 定刻より遅れて到着した武蔵。それが常とう手段と知る小次郎は落ち着いたそぶりを見せますが、心には激しい苛立ちが籠っているのは表情に表れています。 待ちに待った武蔵がようやく到着。二人の気合は最高潮に。小次郎は刀を抜いた際、鞘を後ろに投げ捨てます。 それを見た武蔵はあの名台詞「小次郎破れたり」と叫びます。そして二人が同時に振り下ろす一撃…。 殺陣も見事で、迫力をよく捉えた作品でした。しかし、私はどうしても余計な「背景」が描かれ過ぎている気がして、そのことで豪華なキャスト乍ら、登場人物をきちんとした輪郭を持った存在として明確に認識することが上手くできませんでした。また、2人がどうやって剣の道を究めて行ったかが今一歩描き足りない気がしました。 お通もそれ程魅力的ではありませんでしたし、その母の気持ちも完全には把握しきれませんでした。 映画を通して最後まで馴染めなかったのは、小次郎の配役が高倉健であったこと。この作品後の彼のイメージが影響しているとは思いますが、「高倉健は死なない人」であり、更に「繊細で寡黙な人」だという小次郎像を勝手に抱いていましたので、高倉健は最後まで私の中で小次郎にはなり切れなかったのです。 武蔵の養子で決闘に立ち会った目撃者・宮本伊織が、武蔵の死後9年目に建立した顕彰碑「小倉碑文」によると、「岩流(小次郎)」は「三尺の白刃」を手にして決闘に挑み、武蔵は「木刀の一撃」でこれを倒したとある。このときの武蔵の必殺の一撃は「電光猶ほ遅きが如し」と表現されている。また碑文には「両雄同時に相会し」とあり、武蔵は遅刻していない。
関係者がすべて死んだ後に書かれた『二天記』では、「岩流」は「佐々木小次郎」という名になっており、この決闘で刃長3尺余(約1メートル)の野太刀「備前長船長光」、通称「物干し竿」を使用、武蔵は櫂を削った2尺5寸と1尺8寸の木刀2本を使い、これを破ったとある。
決闘に立ち会った宮本伊織の碑文によると、巖流島の決闘で小次郎は即死しているが、決闘の60年後に豊前国の細川家小倉藩家老、門司城代の沼田延元の家人が1672年に記した文書『沼田家記』によると、決闘で武蔵は小次郎を殺すに及ばず、敗北した小次郎はしばらく後に息を吹き返し、その後武蔵の弟子らに殺されたとある。これは宮本伊織の碑文と矛盾している。
|

- >
- エンターテインメント
- >
- 映画
- >
- 映画レビュー



私も歴史には興味があって多少本も読みました。この決闘は謎だらけで、異説も多いようです。ある説では、武蔵は時間通りに来た。小次郎は死んでいなかった。細川藩に殺された。細川藩は事情で武蔵に殺させた。などです。武蔵がその後細川藩に仕官し、禄まで与えられいますので、あながち嘘ではない気がします。つまり細川藩によって小次郎は抹殺され、その始末役が武蔵だったと・・巌流島と言う全くの密室殺人だったことも考えられます。こんな話はファンにとっては夢のない話ですが、ついつい書いてしまいました。申し訳ありません。私は裏話が好きで、他にも聖徳太子はいなかった、赤穂浪士の吉良は名君だった、孝明天皇暗殺されたなどが興味あります。歴史は常に勝者が作るもの。敗者は貶められていますね。
2016/1/10(日) 午前 6:58 [ できごと・つぶやき ]
> できごと・つぶやきさん
「歴史は常に勝者が作るもの。敗者は貶められていますね」…私も年末の福岡の旅で
それを感じました。決斗に関する裏話は、丁寧に書いて下さって有難うございます。
「伝説」「通説」と事実は異なるのだろうと私も思っていました。
武蔵はその後、熊本で後半生を過ごしています。
もっと武蔵・小次郎のことを学んでみたく成りました。
2016/1/10(日) 午前 7:03
懐かしい映画です、親に連れられほとんどの映画観ていました。小次郎はもっと年配者だったとか、ハリウッドは特にそうですが売るため、洗脳するため(広瀬さんによると)映画作成しているので。
映画館で「マイフェアレディ」祝50周年記念上映しています。雨月物語のような不思議な「アンジェリカの微笑み」の上映映画館で。
2016/1/10(日) 午前 8:05
そうですね。
歴史は勝者が作る。
厩戸皇子はいなかった。
蘇我氏はそこまで悪者にせねばならないのか?
なら、天智天皇は何をした?
ほんとに君がかいかしたのか?
なぜ、天武天皇は、追われて挽回したの?
なぜ、藤原氏は、現代まで巧みに生き抜いた?
そのドロドロは?
北条政子の真意は?
秀吉は?
田沼、柳沢?
坂本暗殺?
すっ飛んで、アベ坊っちゃまって?
2016/1/10(日) 午前 8:26 [ baldman ]
あ、ゴメンナサイ。
武蔵 小次郎でした。
いろんな説がありますよね。
小次郎は、かなりの年寄りだったらしいね。にしても、二人共歴史に名を残し、伝説を作ったことに間違いないね。
映画はやはり、違和感を感じたんですか?
小次郎の高倉健かあ、、
観たいような おかしいような?
健さんファンやから。
2016/1/10(日) 午前 8:31 [ baldman ]
大分昔に見ていますので、詳細を忘れています。
大河ドラマの「武蔵」も見ています。海老蔵と松岡昌宏だったと覚えています。木の櫂を使い遅れてじらした作戦勝ちで、一瞬で決まったような気がします。
2016/1/10(日) 午後 4:00
本作は五部作通して観ないと背景が判りづらい所はありますね。
あとお通を演じた入江若葉は本シリーズがデビュー作で、女優としてはまだ未熟な感じがしました。そういう作品的欠点はありますが、中村錦之助の武蔵は当たり役、他の武蔵役者の追従を許さない感じがします。
2016/1/10(日) 午後 4:50 [ uzimusi58 ]
こんばんは。
宮本武蔵5部作の一番の駄作です。できれば「一乗寺の血斗」か番外編の「真剣勝負」を
ご覧になればよかったと思います。すみませんがこの2本をレビューしていますので
TBさせてくださいね。
2016/1/10(日) 午後 7:20 [ hisa24 ]
> hitomiさん
小次郎はもっと年配者だったのですね。
イメージでは武蔵より若い青年だと思っていました。wikipediaでは
没したのは27歳と書かれていました。
雨月物語のような不思議な「アンジェリカの微笑み」…そう言う映画があるのですね。
初めて聞くタイトルです。「雨月物語」は大好きな映画です。
2016/1/11(月) 午前 0:41
> bald manさん
歴史は勝者の視点で書かれていることを改めて思った福岡の旅。
baldmanさんもよく歴史を学ばれているのですね。
私も日本史はとても好きな教科でしたが、深く考えることなく
パズルを当てはめていくような勉強の仕方でしたので、歴史の背景を「なぜ」という気持ちで
問いながら見ていく事は全くありませんでした。
これから学び直しの必要がありそうです。
健さんの小次郎。カッコ良かったですが、私には違和感が…。
2016/1/11(月) 午前 0:45
> ギャラさんさん
以前にご覧になっていたのですね。
これが完結篇とのことですの、一部から見ていれば感想は全く違ったものになっていた気がします。
wikipediaによれば、小次郎は即死だったよう。
剣による戦いではなかった所も「ん…、そうだったのか」という印象でした。
2016/1/11(月) 午前 0:48
> uzimusi58さん
コメント有難うございます。
私はこれが5部作の完結編とは知らずに見てしまいました。
通して見ていれば、気持ちは全く違ったと思います。
入江若葉が、本作でデビューしたことは、鑑賞後に検索して知りました。
そう言う未熟さゆえに、本当の魅力を発揮できなかったのかもしれません。
萬屋錦之介の武蔵は、風貌と言い、演技と言い、その存在感は、ムサシそのものに思えました。
2016/1/11(月) 午前 0:52
> hisa24さん
5部作であることは知らずに鑑賞。
福岡の旅で知った、巌流島の決斗に関する様々な事がありましたので、
是非映画を見たいと思って、「完結編」とは知らずにレンタルしました。
経過が4編に亘って描かれていた訳ですから、それを見ずに鑑賞すれば
物足りなさがあったのは当然だったかもしれません。
他の編も見ておられるのですね。TB,有難うございます。
2016/1/11(月) 午前 0:56
wikipediaでは没したのは27歳と,
佐々木小次郎の項では「決闘時の年齢は、宮本武蔵が20代で佐々木小次郎が60歳近くだったといわれている。」よくわかりませんね、生まれた年がわかりません。
若い方が映画として見栄えいいですね。
武蔵と言えば錦之助でした。当時のスターは過労死のように早世が多く残念でした。
内田監督と錦之助コンビを羨ましく思ったらしい橋蔵は大島監督と「天草四郎」撮りましたが惨敗、当時映画館で観て画面が凄く暗くて子供だったしよくわかりませんでした。後年観たらもう少し印象は良かったです。
「アメリカンスパイナー」録画を観ていて、ちょっと辛くなり宝塚のショーの録画観ています。
昨年末の福島みずほさんとお連れ合いの講演会に行けなかったので昨日、彼女の講演会に行ってきました。その後、福島さんは繁華街で西さんたちと街宣してくれました。
2016/1/11(月) 午前 11:01
「アンジェリカの微笑み」は106歳で亡くなるまで現役最高齢監督であった巨匠マノエル・ド・オリヴェイラ監督の幻 の傑作と言うことで小さな映画館で観ました、男性客が多かったのは絶世の美女の話だからか、ちょっと驚きました。私の好きな窓の映像が多く映像が美しいです。
日本では高齢まで新藤監督が活躍されましたね。
2016/1/11(月) 午前 11:05
> hitomiさん
色々な謎があるので、歴史は事実の確認が難しくもあり、そこが魅力でもあります。
「若い方が映画として見栄えいいですね」。…そう言う「配慮」もあったのかもしれません。
錦之介さん。晩年は闘病の印象が強いです。良い役者さんでした。
「天草四郎」の映画、大島監督・橋蔵コンビで作られていたのですね。
「アメリカンスナイパー」は劇場で見て考えさせられました。
書いた記事に頂きたコメントで、自分がアメリカン視点で見ていたことに気付かされました。
福島さんの講演、聞けて良かったですね。
一緒に街宣もされたのですね。
「アンジェリカの微笑み」は、そんなに高齢の監督さんが撮られていたのですね。
素晴らしい意欲です!
2016/1/11(月) 午後 0:35