“わが谷は緑なりき”〜私の映画ノート

原発のない、戦争のない世界に。そして「縮小社会」に向かう覚悟を。

日本映画

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河内山宗俊

山中貞夫監督の作品で現存する作品で未見だった本作を漸く鑑賞することができました。
まだ15歳の原節子が可憐な演技を見せています。こんなに若い時からこの世界にいたのですね…
あの独特の声、台詞まわしはその後の作品の中の彼女の「原型」を見る思いでした。

以前見た山中監督の、『丹下左膳余話 百萬両の壺』『人情紙風船』は、どちらも見事な作品。脚本と役者の演技が完璧でした。
本作は、多くの作品の原版が失われてしまった山中監督作品の中で、現存するわずか3作品のうちのひとつ。
「天才」と称された山中監督は、南京攻略戦に従軍して、赤痢に感染、28歳で生涯を閉じます。(1938年)
どれ程映画制作に夢を抱いておられたことか。如何に戦争が有為な若者の人生を断ち切って行ったかを山中作品を観る度に思います。亡くなる2年前、26歳の時の作品です。


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1936年。監督・原作:山中貞雄、脚本:三村伸太郎、撮影:町井春美、音楽:白木義信。出演:河原崎長十郎、中村翫右衛門、市川扇升、山岸しづ江、坂東調右衛門、市川莚司(加東大介)、瀬川菊之丞、中村門三、原節子。

舞台は江戸。夜店で甘酒を売っているお浪(原節子)は、奔放な広太郎という弟との二人暮らし。滅多に家に戻らない弟を、姉はとても心配しています。

その弟がある晩、侍の小柄を盗んで売り払ってしまったのです。事情を知った侍はお浪のところにやって来ると、「小柄を返さぬと御奉行所に訴え出るぞ!」。お浪は必死になって弟を探すうち、甘酒屋に立ち寄ってくれた河内山宗俊にも弟の行方を尋ねてみます。しかし、やはり行方は不明。

以前、将棋バクチでいかさまをして店主から50両を巻き上げた宗俊は、店主から相当な恨みを買っています。
夜店の一切を取り仕切る親分の手下として働く浪人・市之丞を連れて仕返しに来た店主でしたが、止めに入ったお浪が怪我をしたことで、宗俊と市之丞の間の「戦意」は喪失。

その後、また騒ぎを起こしてしまった広太郎は、更に姉を苦境に陥れます。
それを助けるべく命がけで姉弟の救出に協力する河内山宗俊と市之丞。そして迎える壮絶なラスト…



山中作品には独特のユーモアとペーソスが漂っています。 本作にもそれがありました。江戸で貧しく暮らす人々の普通の日々の中にある喜びと哀しみが情緒豊かに描かれて行きます。
お浪・広太郎姉弟を守ろとする、宗俊と
市之丞の優しさに、胸が詰まる思いでした。

山中作品には、その後の人生を予想していたのではないかと思えるような、「儚いいのち」を感じさせるものがあります。

15歳には見えない程の大人の魅力も醸し出していた原節子。彼女あってのこの作品だと思いました。

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河内山宗春は江戸出身で、11代将軍徳川家斉治世下の江戸城に出仕した表坊主(若年寄支配下に属した同朋衆の一つ。将軍・大名などの世話、食事の用意などの城内の雑用を司る役割で僧形となる)。その後、博徒や素行の悪い御家人たちと徒党を組んで、その親分格と目されるようになったという。1823年捕縛後、獄死した。
それをモデルとして講談・歌舞伎などで創作上の人物として演じられる。その際の表記は「宗俊」。

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山中監督は、若くで亡くなられたんですね。驚きました。チャンスがあれば山中作品見てみたいですね。
晩年の中村翫右衛門はよく知っています。先ほど亡くなられた梅之助の父親で、梅雀の祖父にあたるお方ですね。一方、河原崎長十郎は、長男が亡き長一郎で、その弟たちも役者でしたから、こちらも役者一家でしたね。
若き日の長十郎と翫右衛門と原節子に、ぜひ会ってみたいと思いました。

2016/2/4(木) 午前 0:53 tosboe51

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「丹下左膳・・」「人情紙風船」と本作品は、大好きな作品です。
無頼漢二人が、純真な小娘の為に命をかける話ですが、いろいろと話を進める過程が段々と面白くなるよう構成されています。
山中貞雄というひとは、若くして亡くなってしまったのが残念です。

2016/2/4(木) 午前 8:50 ギャラさん

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江戸時代!

暮らしたことはありませんが(笑)、なんとなく気になる時代です。

今の時代の映画はCGもあるし何でも作ることが出来るようです。
が、昔の映画のほうが豊かに感じるのはなぜでしょうね。

2016/2/4(木) 午前 8:52 楽描亭林住庵

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> tosboe51さん
遅くにコメント有難うございます。
中村翫右衛門、いい表情をしています。「人情紙風船」でもいい味を出していました。
画像検索した時に、中村梅之助の写真も並んでいたのは、親子だからなのですね。
知りませんでした。
政治的な活動もされて、苦難の時代もあった方なのですね。
河原崎長十郎のことは知っていました。

山中監督は、28歳で戦病死。とても残念です。

2016/2/4(木) 午前 10:51 alf's mom

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> ギャラさんさん
私も、その二作品、とても好きです。
どちらも本当にいい時代劇です。

本作も情に訴えかける、本当に優しくて悲しい映画でした。
山中監督作品が僅か3本しか現存していないのがとても残念です。

2016/2/4(木) 午前 10:54 alf's mom

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> 楽描亭林住庵さん
私も江戸時代、気になります。
あの乱世から治世の時代へ。それが約250年も続いたのですから、凄いことです。
ただ、斬り合いだけはごめんですが。

その時代は庶民がいっぱいいて、そこにいま程の格差はなく、繋がり合い、いたわり合って暮らしていたからこそ生まれた、暮らしと心の「ゆたかさ」があったのでしょうね。

2016/2/4(木) 午前 10:58 alf's mom

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こんばんは。
「丹下左膳」「人情紙風船」に比べるとちょっと地味ですがいい映画でした。家や路地などが
よかったです。この監督の作品は不思議とユーモアがあるんですよね。現在、残っている
映画は3本だけですが脚本がいくつか残っていますね。

2016/2/4(木) 午後 9:05 [ hisa24 ]

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> hisa24さん
確かに「丹下左膳」「人情紙風船」に比べるとやや地味だったと思います。
でも、原節子が出演したお蔭で、ぐっと映画が引き締まった気がします。
本当に可憐。誰でも助けずにはいられなくなるでしょう。

突然、気持ちが接近する宗俊と市之丞。その描き方がとても面白かったです。
脚本はいくつか残っているのですね。
「優秀な」監督に、映画化してもらいたい気もしますが、山中監督のような完成度の高い作品には成らないでしょうね。

2016/2/4(木) 午後 9:15 alf's mom

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『人情紙風船』良かったですよね、もう随分前に観たので詳しく覚えていませんが。
28歳で戦病死とは、あまりにもお気の毒です。こんなにお若かったのに傑作を作られて。
本作も観たと思います。親たちが前進座贔屓していたので私も舞台観ています。従来の歌舞伎に抵抗して劇団作った精神にも惹かれます。
梅之助さんの舞台は法然を観たのが最後、好きでした。
最近では京都女子大を作った九条武子の舞台も観ました。

2016/2/5(金) 午後 5:59 hitomi

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> hitomiさん
『人情紙風船』、ご覧になっていたのですね。
私は数年前に見ました。私も大好きな映画です。切なくてたまらない映画でした。
それでも、映画の中にはユーモアも含まれて。
本当に情感あふれるいい時代劇を作る監督さんでした。
その素晴らしい才能を戦争が奪ってしまったことが残念でなりません。

本作も舞台劇で見ておられたのですね。良い芸術作品を子どもさんにも見せられていたご両親、
今のhitomiさんの感性を育てて下さっていたのですね。

「従来の歌舞伎に抵抗して劇団作った精神」。
検索するまで、そのことは知りませんでした。

2016/2/5(金) 午後 6:22 alf's mom

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原節子、15歳とても可憐でした。山中貞夫作品も3本しか映画が残っていないのが、ほんと残念でしかたありません。3本ともセンスのいい映画でした。TBさせてくださいね。

2016/2/9(火) 午後 11:00 シーラカンス

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> shi_rakansuさん
本当に素晴らしいセンスを持たれた監督でした。
「人情紙風船」は大好きな映画です。「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」もとても楽しめた映画でした。
本作の原節子、とっても可愛かったです。いい映画でした。
こういう映画に出合わせて下さった方々に心から感謝しています。TB、有難うございます。

2016/2/10(水) 午後 6:09 alf's mom

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