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母親の還暦を、結婚している長男・長女・次女の家族たちと共に祝ったその夜、財界の重鎮だった父親が急逝します。将来を見据えて、次男昌二郎(佐分利信)は満州に渡り、新たな出発をすることを決意。老いた母親と、まとまりかけていた縁談が破談になった三女・節子(高峰三枝子)が残されます。 思いがけない借金を抱えていた父親。そのために豪邸を手放すことになった残された家族。母と三女は長男夫婦の家に身を寄せますが、二人は自分たちが「厄介者」であることを長男の妻の冷たい仕打ちから受けとめます。 次に次女の家に身を寄せた二人でしたが、そこでも次女の息子のことで問題が発生。二人は結局、もう使われていない古い別荘で暮らすことに決めます。自分も職をもって、母との生活を支えようとした末娘でしたが、所謂「良家の子女が働くことは世間体に関わる」と姉から叱責を受けます。 兄はそんな母と妹にある決断を促します…。 当時の観客のほとんどが「一般庶民」だったはず。この「ブルジョワ」の家族内で起こる物語がなぜそんなにヒットしたのか、私にはやや不思議な感覚が残りました。 家族の、出来上がった「生活」「単位」の中に言わば「異分子」が加わることは、これほど生活のバランスやリズムを崩すものなのだと思いました。「家族であること」…難しいですね。 登場するどの家庭にも「お手伝いさん」がいます。完全に「奥さま」の「命令」に服従である彼女ら。何の反発も疑問も呈することができない関係。こういう時代だったのかと、複雑な気持ちになりました。 お布団を包む上掛けを洗い、綿を入れる作業を母と三女がしていましたが、私も同じ作業をする母を子どもの頃手伝った記憶があります。懐かしい場面でした。 家紋が何度も映像の中に映し出された意味は何だったのだろうと思いました。 電話がダイヤル式であったのにも少し驚きました。 最終的には息子の提案に穏やかな表情で従う母親。その決断が哀しくもあり、その潔さが唯一の救いでもありました。 |

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中々と小津の代表作であるのに見た人が少ないであろう作品ですね。
私は松竹ビデオで見たのですが状態が悪すぎて・・・
TBします。
2016/2/26(金) 午後 10:58 [ ひろちゃん2001 ]
知らない映画でした。
今、小津監督の『東京物語』を観終わってPCを立ち上げたところです、偶然!、やはり似た内容ですね。
2016/2/26(金) 午後 11:06
> ひろちゃん2001さん
私はyoutubeで見たのですが、
途中、何事が起ったのだろうと思う程に酷い音声のときがありました。
長男の妻、長女、次女はみんなキンキン・イライラしているのに、
母と末娘は決してそれに文句を言うことは決してありませんでした。
次男の想いは実に優しいものでした。
2016/2/26(金) 午後 11:44
> じゃむとまるこさん
同じような内容の小津作品を観ていましたね。
東京物語はこの作品をさらに洗練させたものだと思います。
戦前、当時の庶民はこういう映画を見ていたのだと思いました。
2016/2/26(金) 午後 11:47
ちゃんとした家庭で教育を受けた、健全な親子がここにはあります。奥ゆかしくて、他人を罵ったり、謗ったりしない人々。高峰がほんとうに可愛いお嬢さんぶり。おかあさんも実にいい。一級品のホームドラマです。こんな人々、今では絶滅しましたかね?
婚約者の桑野通子がきれいでした。
2016/2/27(土) 午前 7:15
戦前は、一般家庭にもお手伝いさんはいました。今でいう使用人というより行儀見習いと言った方がいいかもしれません。
やはり、長男が親を扶養するのが、常識の時代ですからそれにからめた批判を主題にしたのでしょう。わたしも「東京物語」の下地になった作品だと思いました。
TBさせてください。
2016/2/27(土) 午前 7:18
> 瀧野川日録さん
本当に綺麗な親子でした。
ののしり合って当然の場面でも、そう言う状態には決してなりませんでした。
そうですね、こういう人たちは絶滅にひんしているのかもしれません。
婚約者の桑野通子、私もとても綺麗だと思いました。
2016/2/27(土) 午前 7:21
なんか遠い昔のって感じやけど、今も上流さんはこんな感覚やろうね。
対世間と内面プライド、没落意識の維持危うさ、棄て去る選択、冷酷冷静と計算と思えるところからの脆いほころび、、
これは、上流だからやなく、人間の露わな姿なんやろね。
実と嘘も混じる。
2016/2/27(土) 午前 7:23 [ baldman ]
> ギャラさんさん
言葉は強烈すぎるかもしれませんが、名前ではなく呼び鈴で呼ばれたりして
私には、お手伝いさんは「奴隷」のように見えました。
ここまで冷酷に描かなくても…の思いがありました。
「青空娘」でのお手伝いさんミヤコ蝶々とは大違いでした。
そうですね、行儀見習いの意味もあったのかもしれません。
「長男が親を扶養するのが、常識の時代ですからそれにからめた批判を主題に」
…それもあったのかもしれません。
「東京物語」を彷彿させた作品でした。
2016/2/27(土) 午前 7:29
> bald manさん
別世界を感じさせました。
でも母と三女、そして少々荒っぽい面もあるけれど次男
彼らの心はとても純粋で清らかでした。
>対世間と内面プライド、没落意識の維持危うさ、棄て去る選択、冷酷冷静と計算と思えるところからの脆いほころび…そう言うものも感じさせつつ
それでも凛とした佇まいを感じさせる作品ではありました。
2016/2/27(土) 午前 7:32
こんにちは。
結構好きな映画です。戦後に同じ題材で撮れば善悪をこれほどはっきりとはさせなかった
でしょうね。もう少し深みのある作品になったと思います。戦争が小津を変えたのかも
しれません。もうこの時代から女性を視野においた作品を撮っていたのですね。
2016/2/27(土) 午前 9:26 [ hisa24 ]
この映画、そして東京物語・・・小津監督は戦争もそうですが、「日本的な家庭」の崩壊を誰よりも先に予感していたのですね〜・・・いや・・・日本の破局かな?
2016/2/27(土) 午前 9:29 [ aki**iall*an2*04 ]
> hisa24さん
ご覧になっていたのですね。
そうですね、余り深みは感じられませんでした。
でも女性たちの想いは、どれも理解できました。
「東京物語」はこのテーマが素晴らしく洗練されて
今にも通じるメッセージがしっとり心にしみて行きました。
2016/2/27(土) 午後 6:36
> aki**iall*an2*04さん
日本の家族の崩壊を、哀しみを漂わせながら描いています。
でも、小津監督も、ここまで悲惨な形の日本になるとは
予想されていなかったかもしれません。
2016/2/27(土) 午後 6:39
無声映画の会で、小津作品をたくさんみて、すっかりファンになりました。
老後の問題、家庭の抱える問題に突き当たりながらも、人を罵ったり、非難したりせず、品よく健気に潔く生きる母と娘の姿が彷彿され、心に残りました。
2016/2/28(日) 午前 9:32
> mimiさん
画面作りがとてが端正で、言葉が美しく、登場人物の立ち居振る舞いも
洗練されています。
台詞と動きに一定の「小津文法」を常に感じています。
ユーモアの中にあるペーソス、中でもブログバナーに使っている「お早よう」
の兄弟が展開させていく物語は大好きでした。(小津作品の中ではやや異色かも)
本作の「人を罵ったり、非難したりせず、品よく健気に潔く生きる母と娘の姿」
哀しい「選択」だけれど、とても美しい二人でした。
2016/2/28(日) 午前 10:57
「家族の、出来上がった「生活」「単位」の中に言わば「異分子」が加わることは、生活のバランスやリズムを崩すもの」、なるほどですね。東京物語も「異分子」に反発したんですね、難しいものです。TBさせてくださいね。
2016/2/29(月) 午後 9:50
> shi_rakansuさん
実の親子であるのに、「自分の」家庭を持つとこうも冷淡になってしまうのだなと思いました。
東京物語を見た時の気持ちと重なって行きました。
母も三女も、最後まで愚痴をこぼさず、清く生きて行こうとしていました。
2016/3/1(火) 午前 6:18