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「天皇自ら(東京大空襲)被災地を視察した。(関東)大震災に遭遇したから、同じ焼け野原の現場を見ておこうと考えたと思う。『戦はこれ以上続けられない』との考えを生み、その後の終戦の『聖断』へつながったと思えてならないのです」。養老孟司氏が日本人の脳に震災が与える影響について述べた記事の一節です(朝日新聞3/11)。 東日本大震災から5年、早朝から血圧が上がりました。 東京大空襲は3月10日、「聖断」とやらの玉音放送は8月15日。随分時間がかかったものです。お蔭で本土空襲は続き、沖縄では地上戦が激化、広島・長崎には原爆が投下されました。 昭和天皇は東京大空襲の被害を見聞しても「戦はこれ以上続けられない」などとは考えていません。より多くの市民が殺され、国土が破壊されないことには負けを認めなかった判断を「聖断」と評価する学者、それを批判もなく記事にする『朝日新聞』…(増満氏の文章はもう少し続きますが、略します)。 ただこの投書を読んで、10年ほど前に見た映画のことが浮かんできました。 それは『太陽』という、アレクサンドル・ソクーロフ監督のロシア・イタリア・フランス・スイス合作映画。イッセー尾形が主演、2006年に、日本では公開されています。 淡々と戦中の天皇の日常が描かれて行きました。戦争末期には、天皇らは宮城地下で生活していました。 そして迎えた終戦。「人間宣言」。天皇を侍従らは映画の中で「おかみ」と呼んでいました。 悲惨な戦闘が行われている地上を映しながらも、映像は非常に美しいものでした。綺麗なセピア色の情景を見ながら思ったのは、もしかすると余りに特殊な環境で生育し「現人神」の役を担わされた時代を経る天皇の眼に映る世の中に、色はなかったのではないかと。判断力もどれくらいのものが備わっていたのだろうかと。 私が子どもの頃から見ていた公の場での昭和天皇はいつも緊張感が漂っているように見えていました。 あのセピア色の映像を思う時、「関東大震災と東京大空襲は同じトーンの『現象』として天皇の胸に刻まれたのではないか」と私には思えました。 |

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