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地震が子どもたちの心に残した爪痕の大きさを思います。
私たち大人は色々な怖ろしい体験を経てきたことで、今回の地震の怖さも、その一つとして
薄く記憶に残すだけですが、生れて初めてあれ程の恐怖を味わった子どもたちにとっては、 その思いが消えないのは当然だと思います。 また、避難所でのプライバシーのない生活、閉塞した空間での暮らしは、 心の平穏と心身の自由な動きを奪っていく事でしょう。 一日も早い、新たな住まいでの、家族だけでの生活の開始が望まれます。
<熊本地震>子供の心、深い傷…乱暴な言葉、赤ちゃん返りも毎日新聞 5月21日(土) 「おい、クソジジイ」。熊本県益城町の避難所の小学生の口から、次々ときつい言葉が飛び出す。園児は赤ちゃん返りし、いつまでたっても泣きやまない。震度7の激震を2度経験した子供たち。避難所で約5時間一緒に過ごし、深い心の傷を見つめた。【福岡賢正】 避難所には約20人の子供がいた。中3女子生徒に背負われた小4女児が、私(記者)に延々と攻撃的な言葉をぶつける。「おい、クソジジイ。お前、えらそうだな。えらそうに、このオッサン」。小3男児も体が触れただけなのに「おい、足蹴るなよな。コラ」と突っかかる。 児童虐待の取材をした際に接した被虐待児が里親などに示す「試し行動」とそっくりだ。心に深い傷を負って不安や恐怖を抱え込んだ子が、大人がどこまで許容するのかを試す無意識の行動だ。 「ごめんごめん、痛かったやろ」と言いつつ、あまり相手にせず、女子生徒に知人について書かれた新聞記事を見せていると、「ジイサン、ジイサン、オジサン、オジイサン。コラ、俺にも見せろ」と小3男児がわめく。 近くに座る高1女子生徒の膝の上に幼稚園年中の男児がいた。和やかだったが、年中男児は何かを要求し、女子生徒に断られると、地面に突っ伏して泣き出した。10分たっても泣きやまない。典型的な赤ちゃん返りだ。 年中男児が怒ってぶちまけた遊び道具を私が片付けようとすると、中1の男子が「いいよ。自分で片付けさせる」と止める。この男子生徒に「この1カ月、どうだった」と尋ねる。「まっ、いろいろ大変ですよね。でも俺は大人だから。友達と電話で『お前、生きとる?』みたいな。余裕余裕。楽勝楽勝」。懸命に背伸びしているように見える。 攻撃的な言動の2人の小学生について、それぞれの母親に話を聞くと、「みんなと一緒だと偉そうにしてるけど、夜になると怖がって。絶対1人になれないし、トイレも1人じゃ行けない」と口をそろえる。 2人の母親のうち1人は、自宅が片付き、避難所を出られるのだが、ここで過ごす。子供が自宅を怖がるからだ。もう1人は最近家に帰ったが、昼間は避難所にいる。「夜はあの子、毛布かぶって縮こまって寝てます」 2人の夫は一方が単身赴任中、もう一方が4月16日の本震の翌日から休みなしだ。2人は「生活するのに稼いでもらわんといかんから」と笑った。 ◇周りは余裕持って トラウマを負った子のケアに詳しい井上登生医師(発達行動小児科学)の話 心に恐怖を抱えると、自分を勇気づけるため攻撃的な言動をよく取るし、赤ちゃん返りや逆に頑張りすぎる子も。周りの大人が余裕を持って、大丈夫だよというメッセージを送り続ければ、時間はかかるが次第に症状は治まっていく。 |
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あくまで能力の及ぶ限り子供を公正に導く責務を全うするという前提あっての話です。
一方他人を面罵したり人前で叱責するという行動は最悪のタブーです。そういう事を平気で行う人間はなっていない、軽蔑に値するとみなされます。怒る時は出来るだけ言葉柔らかに、一対一もしくは目立たない所でというのが了解事項です。ちなみに当地では慇懃無礼という言葉はありません。慇懃なのはいい事なので無礼になりようがないのです。
私もすっかりそういった文化や社会に馴染んでいますので、今回熊本の子供の言動が異常に見えたのでしょう。でも根本の価値観が違っている以上、日本社会における子育てと当地の躾を比較してみても始まらないのだと思い至りました。
alfmom さんが甘いとは思いません。結局社会の優先順位の問題なのだと思います。どういう社会、文化を良しとするかは完全に個人の好みです。日本式を好きな人、アメリカ式を好きな人等々自分の好みを他人に押し付けさえしなければ色々いていいでしょう。たまたま私は昔から粗暴な言動は苦手なので、日本より当地の文化の方が合っているというだけです。
以上、何度も失礼致しました
2016/5/25(水) 午前 11:33 [ Farida ]
> Schwangerschaftさん
「縦社会の強烈な締め付けを、子供心に感じて、その不満を壮年の大人にぶつけずに、弱い老人にぶつけているのではないか」…ホームレスの方々への暴力は、そうなのだろうと思います。
札束さんの中学校の頃の記憶は、私が仕事場で経験した同様のことを思い出させました。
また、書かれたコメントを読みながら、自分の育った環境のことを思っていました。
親戚も含めた大家族の中で育った私の周りには大勢の大人がいました。
大人たちの暮らしから色々なことを学びましたが、「躾けられた」ことはなかった気がして来たのです。大人の言葉遣いや人への対応、身のこなしから、自然と身について行った処し方。穏やかな注意はありましたが。
最後に書いて下さったこと、納得できます。
2016/5/25(水) 午後 10:15
> Faridaさん
何度もコメント頂いたことで、伝えようとされたことがようやく理解できました。
「子供が他人に対して礼儀をわきまえない振る舞いをする時には絶対に叱るのは、逆にそれ以外の部分では十分に愛情を与えている自信の現れ」…そう言う社会の中で育った子どもたちには、熊本の被災地の子どもたちが示した言動が表れることはないのではないかと言う気がして来ました。
「いくつになっても目上や親、尊敬する人には手にキスしたり敬意を表する文化」…日本にはそう言う文化は育っていません。大人たちの愛情を受け、他者を尊敬することの大切さを大人から学んだ子どもたちは、ずっとその思いを持ち続けて育って行くのだと思います。
ムスリムの方々が大事に育んで来られた文化、
大切なことを教えて頂きました。
2016/5/25(水) 午後 10:38
Alf.momさん、こんにちは♪
ここ最近、仕事量の増加に伴う体調の急激な悪化により、
コメントできず、すみませんでした。
Farida さんの深い洞察に基づくご指摘も、さすがに鋭く“核心”を突いていて、
僕には十分、頷けますし、それに対するAlf.momさんのお返事にも、
納得できるシンパシーや、子どもたちへの優しい眼差しを感じます。
だからこそ、“子ども心のキャパシティー”を遥かに超える事態が生じた時、
子どもの変調を、大人がどう受け止め、ケアして行けばよいのかは、
とても難しい問題だと思います。
お二人のやり取りの中に、「答え」のヒントが散りばめられており、
僕には高度過ぎて(笑)、お二方の「和」を取る卑怯な中庸の意見に
なってしまうことをご容赦ください。
まず思うのは、Farida さんのご指摘の通り、「子どもだから」、「お年寄りだから」、
「病人だから」、「天皇だから」などと、ある存在への“全的肯定”を前提にして
何かが語られること自体に、違和感を感じます。
2016/5/26(木) 午後 1:45 [ 木枯 ]
同じ体験をしても、自らの感情を自制して、周囲に迷惑を掛けないよう
心を配ることのできる、記事にはされない優しい子どもたちも、
沢山いるでしょうし、「赤ちゃん返り」は致し方ないにしても、
経験豊富な大人たちに、口汚い“罵声”をダイレクトに剥き出すことは、
たとえ震災下におかれた子どもたちであれ、常軌を逸していると思います。
むしろ、罵声を露わにしてしまう子どもたちへの、
震災のない「穏やかな日常」における“親の育て方”に、
疑問を向けるべきだと思います。
このことは、“反射的な罵声”に十分、関わることだと思いますので。
そして、強烈なストレスを抱えているのは、大人たちも同じであり、
その上、無邪気に感情を発露できず、むしろ、毅然とした礼儀ある態度を
示さねばならぬ大人たちの方が、掛かるストレスとしては、
子どもたちのそれを遥かに凌駕するものであり、であるならば、
まずもって「ケア」されるべきは、「生まじめで誠実な大人たちの心」のように思うのです。
(次、ラストです 苦笑)
2016/5/26(木) 午後 1:56 [ 木枯 ]
愛も良識も備えた大人たちの痛み荒んだ心が“余裕”を取り戻した時、
初めて、子どもの心を含む「熊本の蘇生」の兆しが芽生えるような気がします。
雑把に言えば、災害以前に、それぞれの国が志す「社会の在り方」に帰結し、
「平時の社会」に沈殿している荒みやひずみが、“想定外”の事態において、
露骨に現れてしまうのでしょう。
ただ、最も“配慮”されなければならないのは、被災の「当事者」ではない、
「絶対安全圏にいる第三者」の軽率な言動であり、個人的には“意見”する
よりも、一言も発せず、自らの身体を張って、どんな形であれ、
被災地の方々へ、何らかの具体的な支援を行うことだと思っています。
そして、老若男女や病人、健常者を問わず、
どんな人間にも、他者による安易な介入を許さぬ、
それぞれなりの、最も尊重されるべき意地やプライドがあることも…
2016/5/26(木) 午後 2:03 [ 木枯 ]
> 木枯さん
丁寧にコメントして下さって有難うございます。
Faridaさんから最初にコメント頂いた時は、仰りたいことを本当には理解できていませんでした。
私の無理解の為に何度もFaridaさんにはコメント頂き、本当に申し訳なかったのですが、最後のコメントで漸く、伝えようとされたことを受けとめることができました。
簡単に言えば「文化の違い」ですが、生き方、暮らし方の揺るがない根本を考えることができました。
「好みの問題」とも言えるかもしれませんが、歴史や環境を背景に育まれる「文化」の重みを考えさせて頂けました。
そしてムスリムの方々の世界では、熊本の子どもたちに起こったようなことは起り得ないのだと思い至りました。Faridaさんの「違和感」は当然なのだと理解できました。
罵声を露わにしてしまう子どもたちの、震災のない「穏やかな日常」における状態…
震災後に大人への対応に変化のない子どもたちもいる訳ですから、そこにすでに違いがあるのかもしれません。
2016/5/26(木) 午後 5:25
「愛も良識も備えた大人たちの痛み荒んだ心が“余裕”を取り戻した時、初めて、子どもの心を含む『熊本の蘇生』の兆しが芽生えるような気がします。」…恐らくそうなのだと思います。
酷く被災された大人たちも、たくさんのストレスを抱えておられます。最も気にされているのは子どものことでしょう。丁寧に対応されたくても限界があります。
大人に対しても子どもに対しても「絶対安全圏にいる第三者」の軽率な言動が
更なる加害を被災者に対して及ぼさないことを願います。
2016/5/26(木) 午後 5:26
次の記事で
赤ちゃんから成人まで手当たり次第にレイプされ続けてきた沖縄、あまりに酷くて…今の日本は自ら原発で汚染が続き政治もこれも絶望的、今日隣の市に車を走らせていると「サミットだから車で出かけるのは自粛しろ」と言うような看板が目に入りました。前々からサミットのために伊勢志摩の方はどんなに大変かと思います。
尾張の宗春を「すべては民のために」とあそこまで言ってくれてくれてうれしいです。あの時代にさえ舞君屋家臣はいたのに、暗澹たる気持ちです。
私も谷口緑猫さん、新聞で読むまで知りませんでした。彼女は39歳の若さで亡くなりお母様が個展されています。
2016/5/26(木) 午後 6:16
> hitomiさん
沖縄の屈辱と抑圧に対して、自分が如何に無知であったかを
前ページの資料を見て思い知りました。
沖縄の方々の苦しみを現首相は本当に思いやったことがあるのかと思います。
昨日の首脳会談後の声明も、実に味気ないものでした。
サミットも、結局は百害あって一利なしなのではという気がしています。
谷口さんの絵、素敵ですね…。女性画家だったのですね。しかもそんなに若くして亡くなられて…。
色々な作品を観てみたくなりました。
2016/5/26(木) 午後 6:21
すいません「舞君屋家臣」は「名君や家臣」です。
「サミットも、結局は百害あって一利なしなのではという気がしています。」同感です。
2016/5/26(木) 午後 6:34
> hitomiさん
「宗春は名古屋では名君でしたが将軍吉宗の政策には逆らう悪役?に近い
尾張の殿様」
…徳川宗春のことも全く知りませんでした。「すべては民のために」
そういう「政治」を行っていた方がおられたのですね。
「全ては自分と仲間の為に」「民は道具」…こんな政治家が君臨する日本。
何と不幸な国だと思います。
2016/5/26(木) 午後 7:20
『福翁自伝』の一節「子供の活動を妨げず」
躾け方は温和と活発とを旨として、大抵のところまでは子供の自由に任せる。例えば(中略)子供の身体の活発を祈れば室内の装飾などはとても手を及ばぬことを覚悟して、障子唐紙を破り諸道具に疵つけてもまず見のがしにして、たいていな乱暴には大きな声をして叱ることはない。酷く剛情を張るようなことがあれば、父母の顔色をむつかしくして睨むぐらいが頂上で、如何なる場合にも手を下して打ったことは一度もない。(中略)親が実子に向っても嫁に接しても、また兄姉が弟妹に対しても名を呼び捨てにせず、(中略)一家の中はまるで朋友のようで(中略)ソレデモ私方の孫子に限って別段にわがままでもなし、長少戯れながら長者の真面目に言うことは良く聞いて逆らうものもいないから、余り厳重にせぬ方が利益かと思われる」
2016/5/27(金) 午後 5:09
タチの悪いガキには閉口するがそれよりも遥かに悪質な暴言を吐く大人には黙ってガキには体罰を加えたらその馬鹿なガキは「矛盾」を肌で感じ取るであろう。遅かれ早かれ。
それはともかく、コメを読んでいて、ちょっと見逃せない箇所にひっかかりました。
「災害以前に、それぞれの国が志す「社会の在り方」に帰結し、
「平時の社会」に沈殿している荒みやひずみが、“想定外”の事態において、
露骨に現れてしまうのでしょう。
ただ、最も“配慮”されなければならないのは、被災の「当事者」ではない、
「絶対安全圏にいる第三者」の軽率な言動であり、個人的には“意見”する
よりも、一言も発せず、自らの身体を張って、どんな形であれ、
被災地の方々へ、何らかの具体的な支援を行うことだと思っています」
2016/5/27(金) 午後 5:23
「日本国民には、みずからの生命財産の安全保障に関して、みずから税金を払って維持する政府と役人に、多くを期待しない習慣がある。また同時に共同体の成員相互の無償の扶助を当然とみなす価値観もある。政府ののろまさに対して激怒し、権利を強く主張するということがない。
他方、無償の奉仕者(いわゆる「ボランティア」)に対しては、限りなく依存する傾向もある。ということは、奉仕の義務をもつ役人と、義務をもたない「ボランティア」とを、鋭く区別しない、ということであろう。おそらくそのことから、危険に臨んでの国民の力も出てくると同時に、日常における危機対策の無力も出てくる
日常における危機対策の最大のものは、国民の生命財産の安全保障のために現実的な政府をつくることである。現実的な政策とは、いうまでもなく、安全を脅かす多くの要因のおこり得る確率の大きさに順って、対策に投じる資源・人員・予算を配分する政策にほかならない。」1995年!!!!神戸の地震・加藤周一
2016/5/27(金) 午後 5:28
「だから加藤は晩年、阪神大震災のボランティアに尽力する若者らに警鐘を鳴らした〜「被災地では多くのボランティアの青年が善意から奉仕している。問題は、市民の生命や財産を守る義務を負う行政が、若者の善意に依存していることだ。おまけに国家や自治体は、若者に奉仕を強要し始めているではないか」
同席した精神科医の野田正彰は、加藤が戦時中の学徒動員に似た危うさを、ボランティアに見たと考える。
「戦争体験者としての視線から、国家の動きに無自覚なボランティアの若者を心配していた」という。
2009年8月25日朝日新聞掲載「居酒屋のムッシュ」より
2016/5/27(金) 午後 5:40
やはり徳川宗春は尾張以外では無名なのですね。久留米藩から養子と言う話は立ち消えになり、兄がなくなり尾張藩主になりました。死刑廃止論者
名古屋城下では、東照宮祭・尾張祇園祭(若宮祭・三之丸天王祭)・1ヶ月半にも及ぶ盆踊り等の祭りを奨励した。また、女性や子供が夜でも歩ける町にするために、提灯を城下に数多く置いた。継友時代に廃れていた御下屋敷(名古屋城下、藩主の隠居所)を建て直し、そのお披露目の際に城下の女性と子供を呼んで踊りの大会を丸2日間行わせ、その際に奉行以上の重職たちにも閲覧させている[注釈 8]。藩士に城下の芝居などの見物も許可した。藩士の芝居見物など他では論外でした。
芝居好きで今も芸所と言われるのは宗春の影響です。
時には白い牛に乗って町に出たり、民衆が喜ぶ服装を工夫した。名古屋城下郊外に芝居小屋や遊郭等の遊興施設を許可するなど規制緩和政策は、商人たちに受け入れられ、名古屋の町は賑わっていった。
2016/5/27(金) 午後 6:17
心中しようとした者を、野ざらしの刑にはしたが、結果的には夫婦として普通に生活することを許可した(闇森心中事件:当時の幕府の令では「心中未遂の場合は非人あるいは死罪」)。岐阜への巡視では奴振りをさせ、知多への巡視では徒歩で移動するなど、当時としては斬新な行動,
をいくつも行なっている。こうしたことで、当時としては珍しく、生存中の大名が浄瑠璃や歌舞伎の題材となった。
死刑も行わなかった。長々すいません。
2016/5/27(金) 午後 6:19
『福翁自伝』から引用して下さった部分。私が育った大家族での環境と共通するものがあります。
祖父母は自分の子どもたち(私の両親や叔父叔母)を「ちゃん」付けで呼んでおり、また子どもたちも同様に呼び合っていました。そんな中で育ちましたので、私も叔父叔母をちゃん付で呼び、今もその名残があります。
災害対策に関して。「日常における危機対策の最大のものは、国民の生命財産の安全保障のために現実的な政府をつくること」…その通りだと思います。
今回の熊本地震に際して最も思ったのは、これまでの阪神や東日本大震災の教訓がどれ程生かされたのかということでした。
ボランティアの方々の、断らねばならない程多くの来熊には心から感謝したいと思いましたが、あの「熱」は一体…と考える時もありました。
「戦争体験者としての視線から、国家の動きに無自覚なボランティアの若者を心配していた」という精神科医の野田正彰の思いも理解できます。
2016/5/28(土) 午前 6:45
> hitomiさん
徳川宗春のことは、自分から学ぼうとしない限り、知らないままで終わってしまう歴史上の人物かもしれません。
色々教えて下さって、有難うございます。
本当に民の幸せを願い、芸術や芸能、文化を大切にされた方なのですね。
また、斬り捨て御免の時代に、死刑廃止の立場をとる。本当に名君だったのですね。
いつかどこかで宗春に関わる記事に出合うことがあるかもしれません。
記憶しておきたいと思います。
2016/5/28(土) 午前 7:25