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昨日の不良な体調をやや抱えたままではありましたが、息子が街まで車で送ってやると言うので、くまもと九条
の会の方々が行っておられるスタンディングに参加して来ました。風雨が激しく、地震後ということもあり、参加者は少ないのではと思って行ったのですが、20人ほどの人たちが集っていました。
憲法記念日を、何も行動しないままで終わらせたくなくて、
九条の会の方々と気持ちを静かにアピールして来ました。 9条「変えない」が増 安保法影響か 朝日新聞世論調査憲法記念日を前に朝日新聞社が実施した憲法や政治についての全国世論調査(郵送)によると、憲法を「変える必要はない」が昨年3月の調査の48%から55%に増え、「変える必要がある」は昨年の43%から37%に減った。憲法9条についても「変えない方がよい」が昨年の調査の63%から68%に増え、「変える方がよい」は27%(昨年の調査は29%)だった。憲法9条については、第2次安倍政権が発足した後の2013年3月以降の推移をみると、「変えない」の増加が目立つ。今回は男女ともに「変えない」が昨年より増え、20代以外のすべての年代で「変えない」が増加した。「変えない」と答えた人に理由を一つ選んでもらうと、「戦争を放棄し、戦力を持たないとうたっている」52%▽「今のままでも自衛隊が活動できる」35%▽「変えると東アジア情勢が不安定になる」11%の順だった。このうち「戦争を放棄し……」と答えた人は13年3月の調査では回答者全体の25%だったが、今回は35%まで増えた。 「主権者はわたしたち」〜戦争させない〜
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「憲法と民主主義の論じ方」長谷部恭男・杉田敦著、「日本国憲法の誕生」古閑彰一著、
「『日本国憲法』まっとうに議論するために」樋口陽一著 記事タイトルは「『押しつけ』で困るのは誰か?」。以下まとめです。
―--「現在の私たちにとって、理想の憲法とは何か」という問題を問い続けることの大切さ
ただし、「政治問題としての憲法改正」への向き合い方は、「理想の憲法」を自由に語ることとは別の形にならざるを得ない。日本国憲法の改正を発議できるのは、衆参両院の総議員の2/3以上の賛成を獲得できる政治勢力に限られる。そのため、政府与党が実際に提案している憲法改正案の当否を、現在の政治状況との関係で考えることが必要となる。 ―――『憲法と民主主義の論じ方』は、安保関連法の制定に反対する運動においてキーパーソンとなった憲法学者(長谷部)と政治学者(杉田)の対談 内外の思想家の議論や各国の政治制度・政治運用を踏まえて、議会選挙の機能やデモ・集会の意義、低成長時代の政治の役割などなどが縦横無尽に語られる。冷静な理論派のイメージの長谷部が、「おかしいと思った時は行動に訴える責務があります」と論じているのは、彼の危機意識の何よりの表れであろう。 ―――改憲問題を考える際に重要なのは、憲法の「出自」ではなく、改正した場合の「効果・機能」 「日本国憲法は占領軍に押し付けられた憲法だから改正すべき」という議論(押し付け憲法論)の説得力は乏しいと考える。日本国憲法の制定過程は、「押し付け憲法論」者が期待するほど単純ではないからである。この事は古閑彰一『日本国憲法の誕生』を一読すれば了解できる。 ―――国民の多くは平和と民主主義の「新憲法」を歓喜して迎えた それは天皇制の温存を最優先事項として「外交敗北」を重ねた当時の権力者とは対照的であった。古閑は様々なエピソードに触れつつ、その歴史的事実を確認していく。その論述からは「日本国憲法を押し付けられて困っているのは誰か」という、現在の政治状況に直結する問題も読み取ることが可能である。 そもそも「個人の尊重を究極の価値として、諸個人の人権を保障するために権力を制約する」という考え方、すなわち「立憲主義」という政治構想自体が、「日本には日本のやり方がある」と信じたい人々にとっては、我慢ならない「押し付け」なのかもしれない。 自民党草案が憲法13条の「個人の尊重」という文言を「人の尊重」に変更したり、憲法の保障する基本的人権は、「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」であると宣言する97条を削除したりしているのも、そのためであろう。 ―――1970年代から「個人の尊厳」を核心とする「立憲主義」を擁護してきた樋口陽一の著作「『日本国憲法』を全うに議論するために」は、憲法論議の前提となるべき基本問題を語った作品。 樋口は、主権主体としての個人は、「憲法そのものに対してすら異論を唱える、思想と良心の自由を主張できる存在です」と述べている。 本書に示されているのは、現政権下で進められつつある憲法改正の対極にある、堅固な思想である。 愛敬浩二・名古屋大教授(憲法学)引用以上 昨日も、体調不良の孫娘の世話に、往復3時間の娘の家へ。帰宅すると、震災ストレスの為か、激しくダウン。 しかし、今日はそれが嘘のように復活。昨日帰宅途中で出会ったくまもと九条の会の方とお互いの無事を知ってほっとした話をする中、「明日(5/3)、スタンディングはやりますよ」と言われていましたので、午後にはこのままの体調であれば出かけようと思っています。 |
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隣家の娘さんご家族は西原村で被災。自宅が全壊したために今実家に身を寄せておられます。
また、息子さんのお連れ合いの益城町の実家も全壊。
震災後は、しばらくお隣でお孫さんを預かっておられました。 義援金が、被災された多くの方々の少しでも力になってくれる事を願っています。
お見せしたくない写真ですが…
安倍総理の連れ合いの昭恵夫人がフェイスブックに昨朝投稿した写真のうちの一枚。
飛行機に乗る前から、飲酒?もしくは朝まで?
昭恵夫人の説明は「これからヨーロッパ外遊に出発します。」
飲む方も飲む方なら、FBに載せる方も載せる方。
正にnice couple〜♪。
「熊本の被災地のことが頭をよぎることがありますか?」
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「豪への潜水艦輸出、誤解を恐れずに言えば失敗してよかったと思う。武器輸出を解禁し、名前を防衛装備移転と変えてまだ一年。武器や原発を、自動車等に代わって輸出産業の中心にしようとしているのは間違っている」。素晴らしい発言です。 出演していた松本人志や指原莉乃、東野幸治らは彼を「アベサン」と呼んでいました。フレンドリーな雰囲気を作るためにそう呼ばせていたのでしょうか。しかし、彼はどこぞのオジサンではなく、首相として出演していたはず。であれば、首相と呼ばせるべきだったと思いました。 「ワイドナショー」は、特定の人しか見ない番組、しかも質問するのは所謂「芸人」と言われる特別な職業の人たち(評論家古市憲寿も含まれてはいましたが)。そんな人たちに首相が語りかけることに何の意味があるのか。 誰も否定する人間のいない、ヨイショしてくれる人間しかいない場でしか、語れないのか、と彼を見ていて心底情けなくなりました。彼が「説明」責任を果たすべき場所は、国会。野党の反論にきちんと答えながら、芸人だけではなく、一般庶民、政治家、学者、弁護士、ジャーナリスト…様々な人々に届くような答弁をして議論を深め、納得のいく「結論」を導くのが彼の仕事。それを彼は今まで果たしたことがあったでしょうか。 砂川浩慶・立教大教授(メディア論)は「選挙期間中、首相は一概にテレビに出てはならない、ということではない」とした上で「テレビ局側は政治家が聞かれたくない本音を引き出すメディアとしての役割を果たせたかどうか。それができなければ、テレビは単なるPR機関になってしまう」と指摘しています。 放送法の第4条二には「政治的に公平であること。」と書かれています。 民放局のバラエティ番組に出演して首相としての考えを喋る。昨年放送の日テレ「ミヤネ屋」でも、一人出演して、何の批判も受けないままで言いたいことだけを喋って去った首相。自身のPR番組にしたとしか言えない出演。 フジと日テレのこ対応は、政治的に公平な姿勢と言えるのでしょうか。 |

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倒壊を免れている飯田丸五階櫓の姿は、痛々しくて直視するのも憚られるほどでした。 少しでも強い余震が来れば崩落間違いなし、だと思っていました。
ところが、千回を超える余震に、飯田丸は耐え続けているのです。
「頑張っている姿」は勇気を与えてくれます。 正に「奇跡」。応急処置ができるのであれば、是非、支えを足して、安定を確保してほしいです。
1週間 耐えるシンボル 熊本城、1本足が支える櫓 毎日新聞4/21地震により、石垣が崩落した飯田丸五階櫓 熊本地震で大きな被害が出た熊本市のシンボル、熊本城。立ち入り禁止区域の一部が20日、報道陣に公開された。本丸の一つ、飯田丸(いいだまる)は南西側の五階櫓(やぐら)の石垣が大きく崩落して床下の一部がむき出しになっている。
長塀▽北十八間櫓▽東十八間櫓▽五間櫓▽不開(あかずの)門−−など計13の国の重要文化財も被害が出た。1960年に再建された天守閣も傾いている。(引用以上)
「民進党が外遊取りやめを強く申し入れ、丸川珠代環境相はシブシブ取りやめたが、林経産相は“強行”した。原発がある九州で地震が頻発しているのに、原発を担当する経産相と環境相が外遊を計画すること自体、危機意識の低さを表しています」(永田町関係者) |


