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バス通勤をしながら自宅から徒歩も含めると1時間ほどかかる仕事場で働いていた時のこと。
通常より遅く仕事場を出たその日、帰宅のためにバスに乗った時刻は夜の7時を回っていました。 過疎地の交通機関。夜にそのバスを利用する人はほとんどなく、まだ降車バス停まで30分近くを残したところで、車内は運転士さんと私だけの空間になっていました。 すると50代と思しき運転士さんが「お客さん、どちらまで行かれますか」と問われます。「○○町中央です」と答えると、「どうせ乗って来る人もなかでしょうけん、前の席に来ならんですか」と。その言葉に応えて運転士さんの横の席へ。 更に運転士さんは「家はバス停の近くですか」と聞かれます。「△△商店です」というと、「じゃあ、H夫さんとM子さんの娘さんですか…」。「そうです」の答えに、運転士さんはとても懐かしげな声で、「この仕事に代わるまで、私は◇◇醸造所で働きよったとですよ。だから、よう○○商店にも商品を届けよりました」。 その後運転士さんは、両親が若かった頃の話や、○○商店で働いていた人たちの話をたくさんして下さいました。優しい表情と温かな声、癒される思いで30分の夜のバス内での会話を楽しみました。○○町中央のバス停に近づくと、運転士さんは、バス停ではなく、私の家のすぐ横にバスを止めて下さいました。 深くお礼を言ってバスを降りると、私はすぐに家に入って母にこの運転士さんのことを話しました。 母は「そうね…。□□しゃんよ。良か人だったもんね」 その後何度も乗った同じバス路線。同じ運転士さんに出会うことは二度とありませんでした。 今よりもう少し元気が残っていたひと月ほど前、庭の草取りをしていると、突然あの優しい時代の温かな空気が私を包みました。 人吉市の夕景(借り物ですが) |
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2016年06月19日
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