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2年前のことです。ボクは50歳、つまり人生の半ばを過ぎていて、そのときかなり深刻な悩みを抱えていました。それは、一般の方には些細なことに聞こえるかもしれませんが、とりあえず海洋学者であるボクにとっては一生のキャリアを揺るがしかねないものでした・・・。
もうお分かりだと思います。その通り。ボクは50歳になるまで、一度もダイビングをしたことがなかったのです。島育ちですから、素潜りはできます。小学生の頃は毎日海に出かけ、サザエやウニをおやつにしていました。しかしながら、ウェットスーツに身をかため、アクアラング背負った、あのひたすらかっこいいファッションは一度も経験したことがなかったのです。
理由はとても単純です。ボクの専門分野は深海堆積学であり、サンプルは3000メートルとか5000メートルから引き上げます。だから、とても潜れる深さではないのです。と言っても、海洋学者のほとんどは、もともとはジャック・クストーにあこがれてその門をたたいたのであって、魚に囲まれて、海の中を自由に泳ぎまわる姿に対する憧憬を、常に持ち続けているものなのです。そしてボクも、いつかは必ず実現するぞと言う意気込みだけは持ちながら、気付いたら50歳になっていたのでした。
そこで、おそるおそる、「ダイビングを始めたいのだけれど、いい場所を紹介してくれる人はいないかなあ。」と、ちょっと小声で、でも、数名には聞こえるくらいの声で、ある会議の最中に発言してみました。すると、その中の二人が敏感に反応したのです。そしてその二人は、ほぼ同時に「だったら、座間味ですよ!」と、目を輝かせて答えたのです。その会議とは、海洋学とは全く関係のない人たちの集まりだったのですが、10名くらいの中の、何と2名がダイビングを趣味としていたのでした。ダイビングって、そんなに『普通の趣味なんだ』ってそのとき知らされました。
もうこれはやるしかない。そう心に決めて、ダイビングショップと民宿の名前を聞き出し、早速予約をとりました。数日後には教本が送られてきて、到着までに勉強してきてくださいという指示を受けたのに、その本を読み終えたのは、飛行機が那覇空港に着陸した、ちょうどその時でした。いや、到着までにちゃんと読み終えていたのだから、胸を張ってもいいですよね。
那覇から座間味島までがちょっとした楽しみでした。定員が数名の小型飛行機に乗ることになっていたのです。あと数ヶ月で廃止になるという航空路線のゲートに向かうと、なんとそこだけ、階段を下った地面と同じ高さの部屋でした。そして、上階のクリーンな雰囲気とは異なって、そこはまるでいなかのバス停のような、冷房もあんまり効いていない不思議な空間だったのです。不思議なことはまだ続きます。『馬場さ〜ん』と呼び出され、立ち上がると、「ここで体重を量りましょうね〜」という、あの沖縄的な言い回しに導かれました。ボクは体重計に乗ったのです。「はっは〜!小型機だから、機体のバランスを取るために必要なんだ。」というのはすぐに分かりましたが、この演出にボクはかなり嬉しくなって、自分が50歳であることをすっかり忘れ、まるで初めて飛行機に乗る子供のように浮かれているのでした。
操縦席も含めて10席のその飛行機は、いわゆる「全席窓側」で、プロペラが手の届きそうなところで回っています。まるで小学生のときに何度か組み立てた、ゴムを動力とする模型飛行機のように、ふらふらと機体は上昇しました。機長がオシボリを後部座席に回してくれます。ビニール袋に入った紙オシボリは、凍り付いていて、はがすとバリッと音をたてました。そういえば、機内には冷房が入っていません。その代わり、前の座席のポケットには、うちわがさりげなく刺さっています。せっかくです、取り出して扇いで見みますが、あまり役には立ちません。機外持ち出し禁止みたいなことが書かれています。
窓の外を見ると、眼下は一面のコバルトブルーです。たった20分ほどの飛行なのですが、島の周りには、おそらくダイバーを運んできたと思われる船が何隻も泊まっていて、ボクの期待はどんどん高まっていきます。あのボートの下では、きっとダイバーたちが、珊瑚に群がる魚たちを、水中眼鏡越しに見ているのです。きらきら光る海を下に見ながら、やがて機体は、降下します。目の前に一つの島が現れ、その真ん中にまっすぐに伸びた滑走路が迫ってきて、小さな飛行機は5名の乗客と共に着陸しました。
そこが慶良間空港です。座間味島までは、村営のタクシーで慶留間(げるま)島を越えて阿嘉(あか)島にわたり、そこからさらに小型の船で20分くらいかかりました。乗換えとか渡船の時間などを考えると、那覇からの高速船の方がずっと便利なので、飛行機に乗る人も少なく、航路も廃止される運命にあったのだと思います。
座間味の集落がだんだんと近づき、港に入ると、大きな鯨のオブジェが目に入ってきました。ボクはこれから3日間をここで過ごし、憧れのダイバーとなって帰るのです。もう、気持ちは『イルカのように自由に海中を泳ぎまわっている自分』にまで高まっています。
しかし、ボクは、ここで重大な過ちを犯していたことが後になって分かりました。それは、ダイバーはイルカのようには泳がないということと、座間味島には、ダイビングより、もっとずっとすばらしい、さまざまな人たちとの出会いが待っていたということでした。
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