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〜Liquid Type〜
〜ボクの水遊び〜 『政治とお金、私とお水』

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先日、「三平バス」について投稿致しましたが、その際…

てぃこまさんから、あきたこまちが話題に上がり、
花咲か兄さんから、八郎潟干拓の話題まで発展しました。

今でこそ八郎潟はブラックバス釣りで有名な湖ですが、
地元に住んでながら、いまいち知らない八郎潟について
大好きな妻と、勉強してきました。
目指すは「大潟村 干拓博物館」です。

向かう途中の男鹿市の寒風山です。↓(頂上は回転式の展望台)
イメージ 1

男鹿市から大潟村(潟上市)に入り、トータル1時間で到着。
イメージ 2
早速入って見学です。


八郎潟は琵琶湖に次ぐ2番目に大きな湖だったそうですが、
水深が浅い地形を活かし、干拓事業が始まったそうです。
(簡単に始まったと書きましたが、そこで生活する漁民を説得するまでもかなりの時間を費やしたそうです)

1825年(文政8年)  八郎潟疎水計画樹立
1872年(明治5年)  八郎潟干拓と築港を立案
1901年(明治34年) 県議会が八郎潟干拓の建議書を知事に提出
1913年(大正3年)  八郎潟東岸を十数年かけ干拓
1923年(大正12年) 初の国営干拓構想まとまるも、関東大震災のため実現されず
1940年(昭和15年) 「八郎潟利用開発同盟会」発足 干拓実現を強調
1941年(昭和16年) 「八郎潟干拓計画」作成されるも、戦争のため実現されず
1948年(昭和23年) 「八郎潟干拓国営事業計画」作成
1952年(昭和27年) オランダからヤンセン教授来日
1957年(昭和32年) 八郎潟干拓計画書完成 干拓工事着手

八郎潟を干拓する思想から着手までに、132年要したことが分かりました@@。

そして…

干拓前

イメージ 3



















































干拓後

イメージ 4



















































現在

イメージ 5

















































人間業じゃないですよね…。

干拓時の様子です↓
イメージ 6

干拓後は、北海道〜沖縄から入植者を受け入れ始めますが、
入植者は訓練施設に入り、修了しないといけなかったそうです。
修了証書の見本も展示してありました。

初代あきたこまちのパッケージ↓
イメージ 9




博物館を出た後、男鹿市の寒風山へ登り、現在の八郎潟を撮影してきました。
イメージ 7

イメージ 8

かなり勉強になりました。
学生時代も何気無くバス釣りに通い、
何気無く只管に遠くまで続く堤防上を竿を持って歩いてましたが、
当時の想像も絶する苦労があってこその、米所 秋田なんだなと切に思いました。

  • 八郎潟って昔からバス釣りで有名ですよね。こんな歴史があったとは知りませんでした。うちも時々あきたこまちを食べますが、日本の主食であるお米をこれからも大切にしないといけませんね。

    [ cry*ng*fly*an ]

    2006/10/1(日) 午後 7:19

  • Cry Flyさん、コメありがとうです^^。昔から結構身近にあるんですけど、教科書程度の知識しかなかったんですよね…。今回はかなり勉強になりました!お米は、ありがたいですね^^。

    〜Liquid Type〜

    2006/10/1(日) 午後 10:07

  • へぇ〜の連発です!この長い年月が歴史の重みをひしひしと感じ入りますね。そこで生活した漁民の方の決断には勇気があったかと思います。八郎を見ながら通り過ぎたことありますが、日本地図で見るとかなり広大ですよね。

    Bandit Club マイヤー

    2006/10/2(月) 午前 0:02

  • 勉強になりました。お米はやはり大切にしなくてはいけませんね。

    □JOE□

    2006/10/2(月) 午後 2:09

  • 計画は明治より前の時代とはびっくり。八郎潟・琵琶湖はいつか訪れて釣りしてみたいです。

    NABE

    2006/10/2(月) 午後 4:17

  • はじめまして。検索から参りました。私も先日博物館に行ってまいりました。とてもいい博物館でした。大潟村に行くならぜひ立ち寄って欲しいところですね。まことに勝手ながらトラックバックさせてください!

    [ pop**o_i*g ]

    2006/10/3(火) 午後 10:30

  • ヤマメさん、コメ連発ありがとうです^^。確かに漁民の方々の決断は、凄いと思います。生活がかかってますからね…。たまには八郎潟でバス釣り、のんびりいいかもです。

    〜Liquid Type〜

    2006/10/4(水) 午後 7:11

  • JOEさん、返信遅れてごめんなさい!わたしも物凄く勉強なりました。その土地土地には、色んな歴史がありますね。その上で私達のいまがあること、噛み占めて生きたいです。

    〜Liquid Type〜

    2006/10/4(水) 午後 7:12

  • NABEさん、コメ連発ありがとうです^^。当時は壮大な計画でしたでしょうから、時間が掛かったんでしょうね。八郎潟、遊びに来てくださいよぉ!

    〜Liquid Type〜

    2006/10/4(水) 午後 7:14

  • geokonteaさん、トラバありがとうでした!この博物館は勉強なりましたね^^。皆さんにも是非行ってもらいたいです!

    〜Liquid Type〜

    2006/10/4(水) 午後 7:18

  • 東部承水路に掛かってる2つの長い橋も、一部が跳ね橋になってるのは、大型の浚渫船が通れる様にしてた名残だとか。ちなみにオランダでは湖岸のリップラップ(波消しの護岸岩)を動かしたり持ち出したりするとタイホ!なんだそうです。八郎潟じゃみんな好き勝手に動かしてますけどww

    [ ばでぃお ]

    2006/10/5(木) 午前 11:29

  • バーディさん、連続コメありがとうです^^。あれ、跳ね橋になってるんでしたっけ…?なるほどなるほど、まだまだ勉強が足りないようです…。オランダのリップラップも、へぇ〜!

    〜Liquid Type〜

    2006/10/5(木) 午前 11:58

  • 顔アイコン

    八郎潟って、まだバス釣れてるんでしょうか?

    [ アンちゃんどぇす ]

    2006/10/5(木) 午後 0:33

  • アンちゃんさん、コメありがとうです!まだバス釣れてるみたいです^^。地元は駆除の方向みたい?ですが、現実問題厳しいですよね…。

    〜Liquid Type〜

    2006/10/5(木) 午後 1:11

  • 顔アイコン

    旨さの、原点に感動です、労いの言葉が見当たりません・・・

    [ 放浪紳士 ]

    2006/10/7(土) 午前 6:08

  • それにしてもパズルをはめたみたいに上手くやるもんですね。偉大な仕事です。海とも直接繋がってるんですね!知らなかった。我が家でもあきたこまち様には良くお世話になってます。

    iso*o*

    2006/10/7(土) 午前 7:45

  • Power Plusさん、こめありがとうです!この歴史があって、いまの秋田があります。国を挙げてのプロジェクト、本当に頭が下がります。

    〜Liquid Type〜

    2006/10/7(土) 午前 9:56

  • 花鳥風月さん、コメありがとうです。八郎潟は海と繋がっていて、5000年も前では湾として存在していたようです。干拓時、湖底から鯨の骨も見つかったそうですよ!

    〜Liquid Type〜

    2006/10/7(土) 午前 9:58

  • 凄い歴史なんですね。。。地もティですが、大変な苦労の数々については、ほとんど知りませんでした。。勉強になりました。こんな大変な歴史と米作り、、だったのに、今はまた別の意味で大変な農業事情に見舞われてますね。。。

    ままだびょん

    2008/2/17(日) 午後 11:30

  • ままだびょんさん、こんな昔の記事にコメありがとうです^^!

    私もこの博物館へ行くまで、八郎潟の歴史を知りませんでした。
    こんなに田んぼ作って米作って…いまじゃ減反政策…。
    矛盾してますよね…。

    機会があれば是非行ってみてください!面白いですよ^^。

    〜Liquid Type〜

    2008/2/17(日) 午後 11:42

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