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現代日本を独自の視点で考察する

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 一部の左派の中には世界的にSNS世代の若者の間でリベラルが流行っていて、SEALDsのデモが活発になっている日本もそれに続いているという考えがある。
 しかしそれは残念ながら思い込みである。世界の傾向は確かにそうだが、日本においては国会前のデモも、未来のための公共のような一部の学生参加者を除けば、後ろにいる人の大半はシニアだらけである。本邦リベラルの置かれた状況は実際にはとても悪いものだ。

 若者の間では自民党・安倍政権支持が一定数ある。これは事実だ。
 自分も平成生まれの20代の一人として、なぜこういう傾向があるのか。感覚としての小泉政権以来の若者のムードについてそれなりに分析していきたい。

若者はさほどネトウヨ化していない

ヘイトポメラニアン事件に切り込んだNO HATE TV


 左派の中にはこういう勘違いをする人もいる。若者はデジタルネイティブだからネトウヨ化して自民党シンパになっている。しかしこれももっともそうだが、先入観によるものだ。
 実際の若者はネトウヨ化はしていない。日本のネトウヨが台頭したのは、2002年の日韓ワールドカップ時期以降と言われているが、現在20代後半の我々であっても当時はまだ子どもだった。私はNAVER掲示板でネトウヨの存在を当時すでに知っていたが、同級生でそんな空間を見ている人は一人もいなかった記憶がある。

 若者は本当に右傾化しているのか」などのネトウヨ問題を分析する本などによれば、中心世代は30代〜40代ほどだそうだ。1970年以降に生まれたゆとり教育世代よりも上の人たちで、団塊ジュニアにあたる。いわゆるヤフコメの利用者や2チャンネラーの世代層とも重なる。2002年当時にティーンエージャーや20代だったなら、まあわかる。つまり実際には若者の右傾化というものは団塊ジュニアが若かった2000年代の過去形の出来事なのだ。「ニュース女子」に出てくるパネラーの女性陣もあの世代が多い。

 中には平成生まれ世代でヘイトに染まる層もいるが、それはニューカマー・ネトウヨというものだ。
 最近にはヘイトポメラニアン事件があったし、けもケット騒動もあった。サブカル関係の若者が、サブカルチャーを通じてネトウヨカルチャーの存在を知り、後追い的に在日特権デマなどに染まるパターンだ。それらはネトウヨ界での旬は15年前くらいにすぎた話題だが、当時は子どもすぎて知らなかったことを後から知り、リテラシーがないので鵜呑みしてしまうというパターンがある。
 私たち平成前半生れの場合よくああったのが、かつて少年誌に連載していた「さよなら絶望先生」という漫画があって、この漫画を通じて右傾化するもの。ナンセンス系の時事ゴシップを取り入れた漫画で、連載当時(2000年代全般)のネトウヨ全盛期にネット原住民空間でトレンドだった出来事がジョークとして採用されていて、それを通じて韓国叩きや左翼叩きに染まるパターンは私の同級生にもいた。

 ただし、今や若者層のサブカル人口も案外少ない。秋葉原ブームはもう10年以上前なので、どの世代にも一定数いる少数のサブカルに染まる人間のうち、さらに一部のヘイトに染まる人たちの特色でしかない。ヘイトスピーチデモにも若者世代の有名ネトウヨ弁士はいるが活動家全体の中ではわずかだ。

 繰り返すがネトウヨの中心人口は団塊ジュニアである。
 最近は定年退職で暇になった団塊世代が子や孫にパソコンを教わって、インターネットを通じて「真実」に目覚めたり、「そこまで言って委員会」やヘイト本を見ているうちにネトウヨ化する高齢ネトウヨ問題がある。懲戒請求騒動で謝罪した人は40代〜60代が大半だったそうだ。
 今はネトウヨ批判の文脈で若者を叩くよりは、元祖ネトウヨ世代を含めた中高年の右傾化のことを心配した方がいいだろう。

亜インテリとしての地方若者層の自民党支持

「高校生未来会議」にメッセージを寄せる安倍明恵首相夫人

 
 では若者層で自民党の有力な支持基盤となっているのはどこか。それは地方出身・在住者層ではないかと私は考えている。
 地方都市は歴史的に見て自民党支持ありきだ。農村票を支えたような階層は、今はマイルドヤンキー化していて、確かに安倍首相がEXILEとやたらコラボしたりヤンキーカルチャーと相性がいいのもあるが、それ以上に大きいのは、地方の亜インテリ層ではないかと考えている。

 たとえば高校生未来会議は、全国の名門校から選りすぎるの高校生を国会周辺に集めて政治談議をしたり、ドサ回り的に各地の地方で同様のイベントをやっているようだが、こういう取り組みに参加したり、支持する層は、自民党寄りのように思う。いわゆる意識高い系というやつだ。

 地方では地方特有の亜インテリ層のキャリア形成のパターンがある。「一高」に象徴される県内有名進学校を出て、上京して大学生になり、公務員になるというものだ。キャリア官僚になれれば立派だが、そうでなくてもUターンで地元の行政の担い手になるパターンは多い。
 こういう中央集権的で、均質で画一的に育った、いずれ地元で地位ある大人になるようなそこそこ優秀な人材が、自民党支持となっている。昔はこういう層こそ上京後は学生運動をしたんだろうが、地方出身者の今の若者にはそういう傾向は全くない。

 高校生未来会議に限らず、2000年代後半くらいから地方出身のエリート若者が1つ
の共通の取り組みをするようになっている。上京した先で学生団体を立ち上げたり、それを卒業後は発展的に一般社団法人などにし、いわゆる「意識高い系」の取り組みをするというものだ。
 彼らは首都圏出身者と違って、縁もゆかりもない東京の抱える都市問題はどうでもよく、地方は島国根性なので、国際問題に関心を持たない。普通東京出身で意識が高いと青年協力隊になったりフェアトレードの取り組みとかをするようなもんだが、地方出身者のそこそこエリートな若者は、上京後に自分の生まれ育った地方環境と東京の「文化資本の差」とかに気づかされて、地方振興の活動に目覚めたりする。いわゆる地方創生という安倍政権の政策と一致する。シェアハウスとか、コワーキングスペースとかが地方に増えだしたのも、この時期だ。

 以来、こういう回路ができている。
 地方出身者が何らかの社会活動を始める。その団体の取り組みとして地方の学校校長とか既得権益者とコネを作り、出前授業的なワークショップをやったりする。その取り組みに参加する高校生が、上京・大学進学後にメンバーとして受け入れられる。彼らもまた同じ取り組みを地方で行い、後継人材の発掘を行う・・・これを循環させていく。ニッポンのジレンマみたいな誰が見てるんだこんな番組はと思うようなコンテンツは、メディア環境の乏しい地方で「親が公務員でNHKしか見せてくれなかった」おりこうさんの高校生が見ていたりする。

 この手の一群の存在は、東京からは見えない。地方出身者の上位集団ローカルの現象だからだ。地方にいると、ヒエラルキー構造の高みとして存在感を持つ。地方のヒエラルキーを牛耳っているのは結局自民党である。農協、JC・・・その他もろもろ地方の既得権とあの手の意識高い系若者文化は必然的に結びつき合うわけで、結果的に自民党と若者のコラボが進むのだが、東京では若者層は一切政界そのものに興味がないので、東京圏に住んでいる多くの人たちは「ホントに若者が自民党を支持しているんだろうか・・・」と疑心暗鬼になるのだ。

SEALDsは都市文化だった

高校生の安倍政権退陣デモ。渋谷を中心に、大阪や仙台や名古屋などの大都市で活発化した

 ではSEALDs的な若者層はどこにいたのか。
 彼らは概して都市部の若者層だった。中心メンバーの奥田愛基氏こそ福岡県出身の地方出身者ではあるが、彼のキャラクターは意識高い系ではない。
 たとえばT-ns高校生主体のデモ(T-ns SOWL)もあったが、大学生と違って高校生は一人暮らしでもなければそう簡単に国内旅行はできないので、参加者は都心に日帰りできる郊外在住者だと思われる。制服の着崩し方や、茶髪や金髪、女子高校生なら化粧がうまい子が多かった当たり、都市部出身者が多い。地方だと髪を染めたり制服を乱すこと自体が罪とされていて、高校生未来会議に来るような「優等生」は制服屋のモデルみたいにしっかりしているものである。

 もし地方都市の出身在住者であればマイルドヤンキー化していたような層が、都市部では人口がそれなりにあって、基本的に体制や権力を好まず、自由志向で、こうした人たちの感覚としての政治の抑圧に対する反発・怒りがデモになったと私は考えている。
 地方の自民党支持の若者から見れば充実した都市文化に恵まれていて、学校も管理教育を強いないし親がNHK以外を見せないどころか幼いころから多メディア環境を謳歌していて贅沢なように見えてしまう。なので嫉妬をする。地方の自民党支持の若者による野党叩きや同世代目線のSEALDs叩きが横行するのはこれが理由だろう。

 特に都市部の若者は、民主党政権時代の高校無償化の恩恵を受けていたし、待機児童や子ども食堂と言った都市型の課題を当事者的立場で見て育ってきていたので、自民党的政策の恩恵もないため、リベラルなスタンスになる。基本的に東京の若者文化はいつの時代も欧米のカルチャーの後追いの面もあるので、向こうのリベラリズムに染まる層が一定数出てきて、ユースカルチャーとしてデモが浸透したりする。ただし地方の名士の子息のような「持つ側」ではないので、団体を立ち上げて既得権益者とコネを作ってマスコミに宣伝してもらうようなことはできない。大衆運動的な形で社会問題にコミットするしか方法はなくなる。

 SEALDsはファッショナブルで、街の音楽文化などとの親和性が高かったので、同世代であればノンポリ層にも広がりがあった。
 結局のところ、若者の自民党支持、リベラリズムは地方と都市の二極化によるもので、地方の影響力を持つ一部上位集団と影響力は乏しいが数は多い都市部の不特定多数の現象としてキッパリ割れているのではないか。







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